第16話 「今後のこと」
次第に大地が迫り、眼下に村の家々が認められるまでになってくると、アトラスは安心すると同時に一抹の不安を覚えるのだった。
「あいつらは、またやって来るんだよね?」
「えぇ。まず、間違いなく」
その問い掛けに、アーティーはすぐさま答えた。何を根拠にそれだけ確信を持って言えるのか知らないが、思い返せばアーティーとあの銀のタマゴとの因縁は、アトラスはまだそこまで詳しく聞いたわけではない。
空を侵すタマゴと、それを取り除こうとした者、そしてその遺志を継ぐ者。ひょっとしなくても、親の仇くらいの因縁は、あってもおかしくはない。ただ、それは今はまだ想像に過ぎなかった。
「ただ、状況は大きく変わりました。今後に備えて、幾つかしておかなければならないことがあります」
「備える?」
「はい。アトラスが一緒に戦ってくれるというのなら、貴方にきちんと伝えておかなければならないことがあります。それに、今は村も大変でしょう」
目を向ければ、裏の雑木林は半分ほど吹き飛んでいて、前回よりも激しい攻撃だったことは一目瞭然だった。この調子で被害が拡大すれば、村が巻き込まれるのはそう遠い未来の話ではないだろう。その懸念からか、村では村人同士で何やら言い争っているように見えた。
「これからその中に帰るアトラスはもっと大変でしょうが」
アーティーに言われてアトラスは、自分が村が騒然としている最中に抜け出してきていることを思い出した。先日の大人たちのしつこい追及が脳裏をかすめて、イアが何とか上手く誤魔化してくれてくれないものかと、アトラスは心の中で祈るのだった。
空襲が止んだというのに、村は今なお騒然としていた。
「だから言ったんだ!きっとまたすぐに次が来るに決まっている!」
「巨神が護ってくれるって言っても、あのボロボロになった空を見たのか?あれが落ちて来たら――――」
不安に駆られて喚き立てる村人の数は、アトラスが思っていたよりも多かった。しかし、村がパニック状態になっていたおかげで逆に、アトラスが抜け出したことは大事になっていないようだった。人目を避けてこっそりと家に戻る。飛び出してきた窓から部屋の中を覗くと、イアはベッドに俯せになって枕を抱き締め、そこに顔を埋めていた。窓枠を乗り越えて部屋の中に降り立ったアトラスの足音に、イアが跳ね起きる。
「……た、ただいま」
口元を歪めてわなわなと肩を震わすイアに、アトラスはたじろいだ。何も言わず、半分伏せられた顔で目も合わさず、しかしその視線がアトラスの胸を突き刺した。
「その……心配かけて、ごめん」
どうにかこうにかアトラスが言葉を絞り出す。
「……分かってるの?」
「うっ……」
イアの短い問いに、アトラスは言葉を詰まらせた。イアがどれだけ心配したかなど、アトラスには分からない。今になって考えれば、あの空襲の最中、一番危険であろうその爆心地に自ら向かって行くなど、自殺行為でしかない。
「…………ごめん……」
アトラスがもう一度その言葉を繰り返すと、イアの肩から力が抜けていくのが見て取れた。
「もう、危ないことはしないでね?」
「ん」
ようやく顔を上げたイアだったが、今度はアトラスの方が顔を合わせられない。後ろめたさに捕らわれたままの曖昧な返事だったが、イアはそれで納得したようだった。どこかぎこちない笑顔を浮かべて、ベッドの上で居住まいを正すとイアは、何でもない風に言ってみせた。
「お母さんたちには、上手いこと言ってあるから。早く行って叱られてきなさい」
イアからの無言の圧力で十分絞られた気がしていたアトラスだったが、本番はこれからだった。だがそれもイアという心強い共犯者がいるなら、どうにか乗り越えられそうだ。
「何て言って誤魔化したの?」
「森で見かけた珍しい狐を気にしていた、って」
その返答にアトラスは小さく吹き出した。確かにアーティーの兜の飾り尾は橙色で適度な太さがあって、狐のしっぽを連想させなくもない。あんな大きくて青い狐は、珍しいどころかきっと他にはいないだろう。
これから叱られに行くというのに、何だか顔がにやけてしまう。緩んだ顔を引き締めるのにアトラスは随分と苦労する羽目になってしまった。
村長の招集で、午後からは村の住民が全員集う話し合いの場が設けられた。朝の騒乱を収める為に、少しでも時間を置いて冷静になるようにとの取り計らいだったが、効果のほどはさしてなかった。初めのうちは理性的に互いの意見を述べることが出来たが、それがお互いの不安や不満をぶつけ合うようになるまで、たいして時間を要すものではなかった。
危険を肌で感じ、村を離れようとする人間は多かった。それを認めてしまえば村の存続が困難になる。しかし、それを止める為に安全であると保障できるものは何一つない。反対派としては、謎の巨人の存在や、他所でも同じかもしれないとか、受け入れ先があるのかといった拠り所のない抗弁しかできず、かなり分が悪かった。
イアとアトラスも場の隅っこに加わっていた。しかし、再び混沌としてきた最早話し合いとは呼べないような場では、まだ一人前とみなされない彼らに意見を求められるような流れはなかった。仮に発言の機会があったとしても、アーティーのことを言えない以上、当たり障りのないことしか言えない。
アトラスとしては、また次の攻撃がまず間違いなくあるということはアーティーから聞かされていて、確実だと思っている。その反面、アーティーの力でそれを凌げるだろうとも信じている。そもそも村を離れることはアーティーと離れることにも等しく、その選択肢はアトラスにはあり得なかった。
いよいよ話が煮詰まってきたところで、
「ちょっといいですか?」
と、遠慮がちな声が上げられた。小さく挙手していたのは、話し合いの輪から少し外れたところで成り行きを見守っていたマウロだった。その場で唯一村の住民ではない、部外者のマウロだが、教会の人間の意見とあれば蔑ろには出来ない。ざわめきが水を打ったように静まり返る中、マウロは腰を上げた。
「先日の件と合わせて、皆さんが不安に思う気持ちは私にもよく分かります。先程、今朝の一件について教会に報告を飛ばしたのですが――――」
勿体付けるように切られた言葉に、その場が小さくざわめく。
「その中で、差し出がましいとは思いつつ、教会に援助を申請しました。きっと司祭様も皆さんの心の平穏を取り戻したいとお考えになる筈です」
一瞬の静寂を割って、歓声が湧き上がった。鳴らされる拍手に頭を下げながら、マウロはそれを手で制する。
「街への移住が受け入れられるよう、働きかけてはいますが、実際にどうなるかはまだ分かりませんよ。それと、恐らく遺跡調査の為に後日調査隊が来ることになると思います。村に残られる方には調査隊への協力をお願いすることもあるかと思いますが、どうかよろしくお願いします」
最後に深く頭を下げてマウロが腰を下ろす。その際に一瞬、アトラスと目を合わせて、にっと微笑むのだった。
マウロの発言の後は、随分と雰囲気が変わっていった。誰もが皆、暗闇の中で光を見付けたかのように、一様に前向きに語り出すようになっていた。
教会の理解と援助が得られるのならば、移住に関わる困難はおおよそ排せられるだろう。そして村の方でも、調査隊が入るとなれば、人が増えて仕事も増える。単純に言って、村が潤うことが予想できるし、調査隊の規模によっては更なる発展さえ、十分あり得る。
「あの光の矢は、天罰だ!」と喚き散らしていた男が、今は「教会の調査隊が来るのであれば、もう天の心配はないのでは?」と、見事に手の平を返す有様だったが、誰もそれを責めたりはしない。
村を去るにせよ、留まるにせよ、どちらを向いても未来は明るいのだ。
【筆者より】
ここ最近は隔週の公開になってしまい、「アトラス」を楽しみにされている皆さんには申し訳ありません。
本日の予告で少し触れましたが、先月自分の作品を振り返ったところ、拙作の一話あたりの文量が思っていたほどもないという事実が明らかになり、「もっと読み応えのある作品を」ということで、現在は「最低でも1話三千文字」を掲げて取り組んでいます。本作も例外ではなく、今後は不意に五千文字とか、これまでの倍の長さのお話が出てくるかもしれません。駄文が更に進化して冗長な駄文になるだけかもしれませんが、前向きに受け止めて、今後も応援して頂ければ幸いです。




