第15話 「想いを力に」
「何でやられるままでいるんだよ?!アーティーなら、あのタマゴを全部やっつけることだってできるんだろ?」
「あれは勝手に増える物です。全部を倒すのは無理ですよ」
「そんなのやってみなくちゃ分かんないだろ?僕に出来ることなら、何でも手伝うよ。だから――――」
話の通じないアーティーに、アトラスの憤りは募るばかりだ。そうこうしているうちにも、また一段と激しい揺れが遺跡を襲った。
「私のことはもういいんです。さぁ、3番のエレベーターなら、まだ地上に出られます。急いで脱出を」
「いいなんて、そんなわけあるか!」
脱出を促すアーティーに、アトラスは怒鳴った。
「アーティーはこんな所に引き籠っているから、外がどんなことになっているのか、知らないんだ!」
「外の状況は把握しているつもりですが」
「見て来たわけじゃないんだろ?あれを見ていたら何か思うんじゃないのか!?」
アトラスの詰問にアーティーが押し黙る。
「あの空は……あの日僕たちの上に広がった青い空は、また真っ白に埋め尽くされてしまっているんだぞ?ハンナさんのことは、僕はよく知らないけど、アーティーのお母さんは青い空を望んだんじゃなかったの?アーティーはひと時それが見られたら、それでもう、満足だって言うの?このままここで死んじゃったら、完全にあのタマゴに負けたってことじゃないか!」
ふてくされて蹲る子供を叱り飛ばす様なアトラスの怒声が、広い室内に反響した。
「実は、」
アーティーが重々しく口を開く。
「実はもう、そんなに戦えるだけのエネルギーは残ってないのです」
「エネルギーって?」
「アトラスだってお腹が空いたら、何もできはしないでしょう」
その例えはアトラスにも分かり易かった。笑ってしまいそうになるほど馬鹿馬鹿しくて、でも、確かに同意できる話だった。同時に、アーティーが食事している様を想像して、本当に吹き出してしまう。
アーティーがゆっくりと立ち上がる。立ってしまうと今度は、アーティーがアトラスのことを見下ろす形になる。
「アトラス。あなたを巻き込んでしまうことは私の本意ではありません」
「僕に出来ることなら手伝うって、そう言ってるじゃないか」
「危険ですし、何よりこれは私の戦いですから、あなたにとってなんのメリットもありません」
言葉だけ追えば、推奨できないと言っている風にしか聞こえないが、その裏に一つの決意が芽生えつつあるのが、アトラスにも感じ取れた。
「そんなことないさ。青い空はイアの記憶を辿る手掛かりになるかもしれない」
首を振ってそれに応える。アトラスにだって、理由はあるのだ。
アーティーが一歩前に進み出たことで、あの黒い塊がアトラスのすぐ目の前に来ていた。
「アトラスが私の胸の内に居てくれれば、きっと戦い抜くことが出来ます。アトラス――――一緒に戦ってくれますか?」
悩むまでもない話だった。
「もちろんさ!」
黒い塊に触れたアトラスは、再び奇怪な空間へと誘われた。
今回は何やらたくさんの文字や記号、それに図形の描かれた光壁が既に用意されていた。
「射出リフトは全て破壊されています。基地は放棄し、天井を破って外に出ます」
アーティーの言っていることの全てが理解できたわけではないが、アトラスは頷く。ただ、アーティーの戦おうとする意志だけはアトラスにも伝わった。
篭手から取り出された棒が、槍となる。
「行こう、アーティー。青い空を取り戻しに!」
アトラスの声に応えるように、槍は急速に輝きを増した。アーティーが高く掲げた槍の触れたその先から、天井が爆ぜ、土砂が崩れ落ちてくる。しかしそれらは槍を避ける様に、或いは槍に触れる前に自分から引き割かれる様にして、アーティーの周囲に降り注ぐ。
「アトラス。少し目を閉じていて下さい」
「うん、こう?」
アーティーに言われるまま、目を瞑る。すると瞼越しにもはっきりと分かる程、赤く、力強く、光が走る。
「うわ、わぁーっ!?」
「進路クリア。発進します」
言うが早いか、アーティーは飛び上がっていた。ぽっかりと口を開けた天井を抜けて、そのまま空へと舞い昇る。
何日か振りの空に胸を弾ませる前に、アトラスには指摘しなければならないことがあった。
「……全然元気じゃないか……」
「確かに元気ですが……」
一度言いにくそうにして切った言葉を雲に突っ込んだところでアーティーは繋いだ。
「今はアトラス、あなたがそこにいてくれるから、戦えるのです」
こそばゆい気持ちを振り切るように、アーティーは雲の海を抜けた。
雲の波間には案の定、あの銀のタマゴが蠢いていた。それも前回よりも圧倒的に数が多い。
「よくもこれだけ集まって来たものです。ですが、」
アーティーが振り向きざまに、近くにいたタマゴを槍で貫く。
「決して負けはしません」
それは自分自身に言い聞かせたのか、それとも、アトラスに誓ったのか。
言葉と共にアーティーが空を駆ける。突かれ、或いは薙ぎ払われて銀のタマゴは端から順に白雲の海に沈んでゆく。
光の矢が一斉にアーティーを囲んでも、空を自在に駆け巡るアーティーにはかすりもしない。
「アーティーは、あんな弓矢とか投擲武器は持っていないの?」
タマゴはあまりにも広範囲に広がっている。遠距離の敵に対して、わざわざ接近しなくても済む攻撃手段があれば、もっと戦いは楽になるだろうとアトラスは思ったのだが、しかしもしもそんな物があったなら、初めから使っていただろう。
「ああいった類いの兵器は、効率が悪いのです」
確かに大地を揺るがす光の矢でも、当たらなければ意味がないし、放った後の隙が大き過ぎるから、銀のタマゴはあっけなくその数を減らしているのだ。
神話の一つに、死の魔法を操る邪悪な神の話があったが、それと同じだ。恐ろしい邪神に対して果敢な剣士は、臆することなく踏み込んでゆく。結果、邪神が魔法を唱え切る前に剣士は邪神を斬り倒すことができた――――勇敢に突き進むことで道は切り開かれるという、そんな感じの話で、邪神のあっけない最期がどうにも腑に落ちず、いまいちその話は好きになれなかったアトラスだが、今ならそれも理解できた。例えどんなに強力な武器があっても、それがただ単にあるだけだったり、やみくもに振り回しているだけでは戦いにすらならないのだ。
「そもそも、扱っている武器も、その原理も違うのです」
槍を繰る手を休めることもなく、アーティーが言葉を口にする。
「一見、同じ赤い光に見えるかもしれませんが、根本的に異なるのです。ですから、例えばこの槍を手から放すと……」
そう言ってアーティーが槍を上へ放り投げる。槍はアーティーの手を離れると瞬く間に輝きを失っていった。槍を追いかけて飛び上がったアーティーの足元を光の矢が通り過ぎる。アーティーが槍を掴むと、再び赤い光に包まれた。
言われてよく見れば、あの光の矢とアーティーの槍では光り方が違う。槍を包む光は、光の矢よりも色濃く、くっきりしているように見える。
「それしか武器が無くて、不便じゃないの?」
「問題ありません」
そう答えたアーティーの背後で、また一つタマゴが爆ぜる。もう空に浮かぶタマゴは数えるほどしか残っていないというのに、ここまでタマゴを叩き落すペースは全く乱れていない。
結局、アーティーは息を切らせる素振りもなく、全てのタマゴを叩き割った。
「作戦完遂。帰投します」
今回の戦闘も、アトラスはただただ見ているだけでしかなかった。
降下する最中、自分が何の役にも立てていないことに胸が締められて、アトラスはつい、ぼやいてしまった。
「僕がここいる必要って、あったの?」
「大いにあります」
アーティーは真面目に答えた。
「私の原動力は搭乗者の”願い”なのですから」
アトラスにはその意味が分からない。訳が分からずに戸惑うアトラスに、アーティーは続けた。
「アトラスがそこに居て、何かを願うから、私は動けるのです。今回はいろんな想いが交錯していましたが、「青い空を取り戻す」、あれはとても澄んだ、それでいて力強い、いい想いでした」
分からないままアトラスは、アーティーの言葉にただただ照れるのだった。




