第13話 「迸る想い」
アトラスは広がる空に漠然とした不安を感じてはいたが、アーティーの言葉を信じていたから、あまり深く考えようとはしなかった。それが良いことなのか、それとも悪いことなのかは兎も角。
だが、いつかそんな日が来ることは、予想されて然るべきだった。
マウロと遺跡の記録をした翌日の明け方、再び光の矢が降って来た。
それはいつもよりもなお一層、濃い白色の空が広がる朝だった。
激震と轟音とに驚かされてイアとアトラスは飛び起きた。窓の外で騒ぐ隣人のおかげで、二人にも状況はすぐに把握できた。
把握できたが、アトラスには理解が出来なかった。
「でも、アーティーはもう、攻撃はないって……」
「あの場限りの話だったのかもね」
それであれば、アーティーが嘘を吐いたことにはならないとアトラスは理解したが、いまひとつ納得はいかなかった。
表では避難を呼びかける声が響いている。
「何故?」は今考えるべきことではない。今考えるべきなのは、「どうするか?」だ。
それで言えばイアの行動は早かった。アトラスの手を取って、避難しようと促す。
「でも、あの光の矢はアーティーを狙ってっる、って……」
アトラスはアーティーからそう聞かされていた。事実、あの光の矢は全て山に――――恐らくは遺跡に落ちていて、今だって村には一本たりとも落ちて来てはいない。
アトラスの中で何かが繋がりかけていた。
「青空が消えてしまったってことは……また光の矢が降って来たってことは、あのタマゴがまたやって来てる、ってことで……」
「アトラス、今は外に逃げないと!」
イアの声を押し潰すようにして、再び矢が降る。より山の奥へと落ちたのだろう、揺れは先程よりも小さく感じられた。
外の声を聞く限りでは、アーティーはまだ姿を現していないようだ。徐々に”天蓋の大神”への期待と祈りが高まっていた。
「アーティーが、飛ばない……?」
自分の呟きをきっかけに、アトラスは閃いた。アーティーが何を考えているのか、分かった気がした。次の瞬間には駆けだそうとしていたが、イアに掴まれたままの腕では半歩しか動けなかった。
「離してよ、イア。僕、行かなきゃ!」
「どこに行こうって言うの、アトラス?」
イアの手に更に力が籠められる。イアの必死に引き留めようとする想いが伝わってきたが、それでもアトラスはきっぱりと言った。
「アーティーを助けに!」
「助けるって、あなた何もできなかったって、自分で言ってたじゃないの!」
「違うんだ!」
アトラスは力任せにイアの手を振り払った。
確かに、あの日のアトラスには何もできなかった。今だってたとえ行ったところで、戦いの手伝いができる訳でもない。
でも今はきっと、求められている物が違う。
「多分、アーティーはこのまま死ぬつもりなんだ。そんなの、絶対にダメだ!」
そう叫んだ時にはアトラスはもう、窓枠を蹴って飛び出していた。
山道を駆けてゆくうちに、アトラスの中でアーティーを助けたいという気持ちは徐々にアーティーに文句を言ってやりたいという気持ちにすり替わっていった。最早怒りに近い感情と言っても良かった。
雑木林を抜けたところで、この日4度目の光の矢がアトラスの目の前に落ちた。
アーティーはまだ姿を現してはいない。その理由は知れなくとも、このまま矢が降り続けたらどうなるかはアトラスにも分かる。
昨日記録を取ったばかりの禁域の扉周辺はまた、酷い有様になっていた。2枚目の扉も無残に破れ、崩れた土砂で半ば埋もれていた。アトラスは一瞬の躊躇いもなく、その破れ目から中へと滑り込む。
あの日、イアと歩いた薄暗い通路をアトラスは息を切らせて駆けてゆく。
橋の架かったあの広大な部屋に、果たしてアーティーは、いた。最後に別れたあの日から何一つ動いていないかのようだった。壁に背中を預けて腰を下ろしているアーティーは、橋の先から見れば見下ろすような形になる。
顔も上げずにアーティーが、驚きの声を上げる。
「アトラス、どうしてここに来たのです?」
「どうしても何もあるか!アーティーこそ、外があんな大変なことになっているのに、何こんな所で蹲ってるんだよ!」
広い部屋の中、アトラスの声が反響する。切らしていた息がようやく落ち着きを取り戻してきたところで、アーティーは静かに言った。
「アトラス。ここは危険です。退避して下さい」
「アーティーはどうするのさ?このままここでじっとしているつもりなの?」
「……私がいなくなれば、じきに攻撃は止むでしょう」
「だからっ!いなくなればとか、なんでそんなことを言うのさ!?アーティーはあんなに強いのに、何で戦わないの?今日は前みたいに村を守ってくれないの?」
アーティーを狙って攻撃が続くというのなら、生きている限り戦い続けなければならない。それは確かに難儀な話かもしれない。しかも親しい人たちを亡くして、一人で戦い続けることにどれほどの意味があるのか、定かではない。それでも、戦う力があるのに端から諦めてしまっているアーティーに対して、アトラスはまたもや憤りを感じてしまうのだった。




