第四話 白磁憑き1
うらさみしい。私の死が真っ白であったことを、誰か思い出して欲しい。白昼のことであった。白磁であった。私には何の罪もなかった。誰か、私の不幸を思い出してほしい。
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「毎日、暑いですね。熱中症、気をつけていますか?」
竹丸は明るく、電話の向こうにいる老人に声をかける。
「息子の負担になりたくないが、一人暮らしで心もとない。死んでいないか確認のため、三日に一度連絡して欲しい」という依頼だ。
『暑くてかなわんが、元気にしとるよ。水分補給もエアコンの温度設定も、気をつけとるよ。あんたどうかね? こう暑いと外仕事は大変だろう』
八十歳の里中達三さんの声は今日も闊達で安心する。逆に心配されてしまった。
「そうなんですよー。この前は迷い猫探しで汗だくになりましたよ。結婚式代行出席の仕事が恋しいです」
『あんたは仕事選ばんから偉いねぇ。ところで、社長さんから聞いたんだが。あんたんとこ、気味の悪いことの依頼も受けてるそうで…………相談があるんだがね』
「はい、お受けしますよ。些細なことでも大丈夫です。なんだか変だなぁってことの相談、受け付けてますんで」
竹丸は机のメモを手にした。
『そりゃ助かる。あんたんとこ、さすが万屋、働くねぇ。うちの息子の義母が先日、亡くなってね。まだ七十八とお若いのに…………それでね、義母さんの遺品を整理して、孫娘が遺品をもらってきてから、変なことが続いてるってぇ話で』
「それはご愁傷様でした。遺品、ですか。どんな物ですか?」
『桐の箱に入った、白磁の湯呑みだそうだ。ちゃんと箱にしまってあったから、値打ちもんだろうと持ち帰ったそうなんだがね。それから妙な物音がしたり、悪夢を見るそうだ』
なるほど、と竹丸は白磁の湯呑みを想像する。物に憑いたものか。
里中はまた孫娘に連絡しておくと言い、電話を切った。その夕方に孫の里中美知から依頼の連絡があり、翌日の昼に事務所に行くということで話がついた。
竹丸は真琴と士郎に連絡をして、来てもらうことになった。
自分の「紫」の左目だけでは祓えないと予感した。
怪奇現象の依頼が入ると、向こうからやってくるものの気配がすでに感じられる。
―――さみしい。
竹丸が察知したのは、とても古い時代から続く、寂しいという感情だった。
「どうも、依頼した里中美知です。例のやつ、持ってきました」
事務所を訪れた美知は淡い色の金髪で、つけまつげが濃いギャルメイク、口ピアス、アニメのキャラクターがプリントされたグレーのTシャツにレザーのショートパンツ。キラキラしたストーンがついている爪は長い。
竹丸たちはそれぞれ名乗った。
鉄平が冷たいお茶をテーブルに並べる。
「よろしくお願いします。例のアレが、コレなんですけど」
美知がアナスイの小さな紙バッグから正方形の桐の箱を取り出した。
箱が開けられて、白磁の湯呑みが竹丸の前に置かれる。
真っ白で丸い形の、装飾のないシンプルな湯呑みだ。
「なんか渋くていいなぁ、こういう価値ありそうな食器っていいかもって貰ったんですけど。なんかこれ家に置いてから、カタカタ音がして」
美知が二の腕をさする。
「あと、怖い夢を見るようになったんです。こっちがなんか強烈で、着物着たおばさんが苦しんでて、息が苦しくなって目が覚めます。ほんと死ぬかなってぐらい、苦しくなって…………で、寝不足でクマできて最悪」
美知がため息をつく。
それは大変でしたね、と士郎が労う。
真琴はじっと白磁の湯呑みを見つめている。
「物音と、悪夢。それが今起きている現象ですね。では、拝見します」
竹丸はアイパッチをとって、白磁の湯呑みを手にする。
霊感が強い人間にしか、竹丸と真琴の目は紫には見えない。白濁した目に見えるそうだ。
手にしてみると重さがある。厚みのある丸い湯呑みで、丈夫で割れなさそうだ。
湯呑みの底に、女の顔が浮かび上がった。
小さな黒目と丸い顔、眉を寄せた表情は薄幸という印象を与える。ぱくぱくと口を動かし、何か話したがっている。
これは真琴の方の分野だ。
「真琴さん、お願いします」
竹丸は慎重に湯呑みを真琴に渡した。
彼女はすでに眼帯をとっている。前髪をかきあげて紫色の目で、真琴は湯呑みの中をじっと見る。
竹丸はその紫眼輝く横顔に見とれた。
「…………亡くなったおばあさんのお母さんじゃない。前の奥さん。寂しいって言ってる。若くして不幸な亡くなり方をしていて………うん、そうね………何十年も前に亡くなった人だから、霊体がぼやけているわ」
「どういうことですか? おばあさんの遺品ではないと?」
竹丸は首をかしげる。
「亡くなったおばあさんの母親。美知さんからしたら、ひいおばあさんやね。辰三爺さんから聞いてんけど、ひいおばあさん、後家さんやったそうや」
鉄平が言った。いつの間に聞き出したのだろう。
「後家さんってなんですか?」
美知が問う。
「後家さんってのは、前に妻がいた男性の再婚相手や。その湯呑みは、前妻さんの物ということやね」
鉄平が言った。
「うん、そうね。そこまでは伝わってくるんだけど…………」
真琴が首を傾げて湯呑みを両手で持ち、底も眺める。
次は士郎が湯呑みを手にする。
「美知さん、これを一晩、預かってもいいですか? もう少し詳しいことが分かれば、お清めできます。せっかく遺品にもらった物ですし、大切にしたいです」
士郎が言うと、美知は頷いた。
「お任せします。私もなんかそれ、怖いけど妙に気に入ってて。悪夢さえ見なくなれば、持ってたいなって。ていうか」
美知がにこりと真琴に微笑みかける。
「おねーさん、めっちゃ美人ですよね。レザーのアイパッチ、似合い過ぎなんですけど! うちのコンカフェに来てほしいー。あと、やっぱその目隠してるの、霊能力で?」
美知の早口に、真琴は困惑した笑顔を浮かべた。




