第三話 騒音霊3
岩木の霊体が、大きく口を開けて咆哮をあげた。真琴が沢田を庇い、前に立つ。苦しげなその顔を見て、竹丸はそっと真琴の片耳を手でふさいだ。
真琴は音に敏感で、彼女の耳は怖気立つような轟音を聞いているだろう。その負担を減らしてやりたかった。
岩木の上半身がふくれあがる。
竹丸は真琴の手を握り、左目に力をこめて岩木を見た。
士郎が祓串で岩木を制する。
「冷静に。何があったか、話しなさい」
士郎が岩木に命じた。一瞬の鎮圧である。何度見ても士郎のその力には、竹丸は息を呑む。岩木の体は、生きている人間と同じような姿に変化した。
「俺はその女に殺されたんだっ! 突き落とされたんだよ!」
岩木が怒鳴る。竹丸はそれを調査で察していた。スラックスのポケットからスマホを出して、YouTubeアプリを開く。
「岩丸」こと岩木の最後の投稿動画を再生する。
映し出されたのは夜の屋上。手ブレがひどく、音声もくぐもっている。
―――緊急で動画回してまーす。
―――ここで五年前に女が自殺したんだって、マンションの管理人から聞いたんだよ。ヤベェよ俺、事故物件に住んでた。
―――おーい、幽霊! 出てこいよー!
岩木は大声で言いながら、柵の方へ向かう。
カメラがマンションの下に向けられた。
「ここで、足音が聞こえる」
真琴が指摘して、動画を一時停止した。
イヤホンをつけて大音量にして、ようやく聴こえるその音を、聴覚が鋭い真琴は聞き逃さなかった。
岩木の後ろで、タタッと軽い足音が動画に録音されていた。
動画を再開する。うわっと岩木の驚いた声が聞こえて、画面は暗転する。風を切るような音のあとに、転落する岩木の断末魔が聞こえた。ここで動画は終わっている。
岩木が撮影に使ったスマホは茂みの中に落ちており、回収された。岩木の弟が動画を発見して、「兄の最期」としてアップロードした。
「自殺した女の霊を撮影しに行ったYouTuberが転落死」として、再生数は千を越えて今でも伸び続けている。
「俺は背中を押されて、殺された! あいつ、おとなしそうな顔して俺を騙しやがって…………」
「だって、うるさかったから!」
沢田が叫ぶ。
「うるさかったんだよ…………だから、だからどうにかしなきゃいけないのに。何度も何度も注意しましたよねぇ…………それを聞かなかったくせに!」
声が爆発する。
岩木は一瞬、怯んだが、「だからって殺すことねーだろ!」と言い返す。
「そうです。殺してはいけませんでしたね。どうしようもなく悩んでいらっしゃったことはわかります。けれど、人は人を殺してはなりません」
士郎が沢田の前に立ち、諭した。
沢田が涙をこぼす。
「わかってます…………わかってますよ…………人一人殺して、普通に暮らせません」
沢田が嗚咽する。
「自首しましょう、沢田さん。一緒に警察へ行きましょう」
真琴が優しく声をかける。沢田は子供のように泣きじゃくりながら頷いた。
「沢田さんはあなたを殺した罪で苦しんでいるようです。あなたはここで、成仏してください。『祓え』の儀式を行います」
「急に成仏してくださいと言われてもな。俺はやり残したことだらけだ。チャンネル登録者数一万人、達成できてねぇし。ただの騒音で殺されたなんて、浮かばれねーな」
岩木が腕を組み、舌打ちをする。
「ただの騒音で、ここまで人を追い詰めねぇよ。あんたの動画見たけど、くそでかい声でゲーム実況してりゃあ、うるさいって苦情くるだろ。犬だってチャンネル登録者数を稼ぐために飼ったのが丸見えだ。だから病気になっていることにも気づけなかった」
竹丸の腕の中で、犬は「寂しかった」と無念を吐き出して消えた。
「なんだよ、そんなに騒いでなかったし、犬は可愛がってた」
なおも認めない岩木を、竹丸は眉間を寄せて紫の目で威圧する。
「祓いの儀を行います」
士郎が沢田の前に立ち、祓い串を左右に振る。
真琴と竹丸はその間に立ち、紫眼で岩木を見つめた。
「祓いたまえ、清めたまえ」
士郎の澄んだ声が祝詞を奏じる。
「ちくしょう、俺の人生、ここで終わりか…………」
岩木が肩を落として膝から崩れる。体が半透明になり、最後にひと光りして霊体は消えた。
屋上に日射しが戻ってきた。
「沢田さん。行きましょう」
真琴が言った。
「はい」
沢田は泣き止んで、憑き物が落ちたように、諦観の表情をしていた。
※
「なんでも屋虎猫本舗」の業務種目に「怪奇現象の解決」がある。小さな心霊から大きな呪物処理まで、依頼を請け負っている。
民俗学者で虎猫本舗の社長、大野鉄平は学生時代に竹丸たちと知り合った。
大学卒業後、就職に迷っていた竹丸を虎猫本舗の社員にした。ストーカー被害者の内密の引越し手伝いから曰く付き物件の解体手伝い、そして除霊と、彼はよく働いてくれている。
彼らの持つ霊能力は世のために役に立つ。
―――いや、金になるし面白い。
山の神社の神主である物部士郎は「祓い」を金銭で行うことを渋るかと思ったが、「彷徨う霊を慰霊したい」と応じてくれた。
岡崎真琴は「士郎がそう言うならば」と、イラストレーターの仕事の合間に依頼を受けてくれた。
今回は依頼主が殺人で逮捕されるという、まさかの展開だった。
事前に依頼料をもらっていてよかったと鉄平は思う。
殺人の動機は騒音トラブルだった。
「最初から、感じていたの。沢田さんは怪奇現象でなく、何かトラブルを抱えているって」
真琴が言った。長い前髪で隠された右目のレザーのアイパッチに、セオリーのパンツスーツ。ミステリアスな美女は、人情の機微の察しが良い。
「動画をよく見てわかった。転落にしては、落ちる前の動作がおかしかった」
竹丸が言った。彼は依頼報告書を書き終えて、水出しのアイスコーヒーのグラスを真琴と士郎に渡す。
「最後まで被害者は自分の非を認めなかったから、ちょっと無理やりの祓いになっちゃったかな」
残念そうに士郎が言った。白い着物に紫色の袴姿の士郎は、出会った時と変わらぬ儚い美しさのままだ。
「それは仕方ないよ」
「そうですよ、士郎さんのやったことは間違いなかった」
真琴と竹丸がすぐさま、庇う言葉をかける。
そういう所は変わっていない、と鉄平は笑った。
「ま、今回もご苦労さん。依頼料送るで」
鉄平は三人にPayPayで送金する。
「次もよろしゅう頼むわ」
怪奇現象解決は、儲からない。
しかし、面白い。
紫色の片目で霊を除霊する竹丸と真琴、呪術師の家系の呪いで不老不死であり、「祓い」の力を持つ士郎。
この三人を集めるだけで、面白い。




