泰代の「聖痕」の告白
女子部の放課後、保健室は、リノリウムの床から這い上がってくるような特有の静寂に満たされていた。
薬品と、白いシーツの匂いが、西日に温められて濃く澱んでいた。
間宮泰代は、スツールの背に長く白い手足を預け、太宰の『女生徒』を閉じるでもなく指先で弄んでいた。
その佇まいは、周囲の喧騒から完全に切り離された透明な膜のなかにいる。
「……ねえ、乃雅ちゃん」
泰代の声は、剃刀の刃のように冷たく、そして鋭かった。
「どうして私が、あなたのスカートの下にある『それ』を、最初から知っていたか分かる?」
何も言えなかった。
ただ、パイプ椅子の冷たい金属の感触を背中に受けながら、彼女の病的なまでに白い横顔を見つめていた。
泰代は文庫本を机に置くと、自らの制服のプリーツスカートの裾を、白く長い指先で静かに手繰り寄せた。
衣服が擦れる微かな音が、静まり返った室内に響く。
彼女が示したのは、大陰唇の裏側――衣服の奥に隠された、わずかに赤みを帯びた縦の縫合痕だった。
「私はね、“女になるための傷”を持っているの」
体育のハードルを越えるたび、下腹部の奥を襲った、何かが押し潰されるような吐き気を伴う鈍痛。
それは筋肉の悲鳴ではなく、彼女の内側に閉じ込められていた「硬い塊(停留精巣)」が、己の存在を主張するノイズだった。
「大学病院で
染色体検査の結果を告げられ、
染色体はXY。
アンドロゲンが効かない体質(CAIS)。
精巣があり。
子宮はなく、月経も来ない。
その時の、母の、あの化け物でも見るかのような怯えの視線。
中学2年の時、私はそれを切り落とされた。
だから、
私のここにあるのは、内側からすべてを奪われた末に残った『聖痕』。
……あなたのは、外側から突発的にはぎ取られた『空白』でしょう?」
息を呑んだ。
お互いの空白に走る、同じ縦の線。
乃雅の身体は、不慮の事故によって外側から記号を消去された、絶対的な空白だ。
対して泰代の身体は、遺伝子の悪戯によって内側から精巣を否定され、女として生きるために肉を削ぎ落とされた、人工の空白だった。
二つの傷跡は、鏡の表と裏のように、あまりにも残酷に対照的で、だからこそ完璧に符合していた。
「あなたたちも、お腹の内側が潰されるみたいな、あの痛みを求めているの?」
泰代の言葉は、俊のタックという狂気をも見透かしているようだった。
泰代を憐れむようなことは一切しなかった。
一般的な「可哀想な女の子」として彼女を扱うことは、彼女の持つ鋭利なプライドを汚すことだと直感していたからだ。
むしろ胸を満たしたのは、 average(平均値)という名の檻から弾き飛ばされ、同じ地獄の底に立っている者への、激しいまでの、不可侵の連帯感だった。
夕闇が保健室を包み込んでいく。
張り詰められた連帯の膜は、誰の手にも触れられないほど、静かで、冷たく、そして熱かった。
聖があの時、何故なのか...




