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雨の日の昇降口

昇降口の屋根を叩く雨音が、世界の輪郭をゆっくりと削っていた。

 放課後のざわめきが遠ざかり、湿った空気だけが、靴底のゴムと床の摩擦にまとわりつく。


靴を履き替えた瞬間、乃雅は思わず立ち止まった。


——白い校庭が、灰色の雨に沈んでいる。


「……こんなに降ってたんだ」

聖が隣で傘立てを覗き込み、小さく息を呑んだ。

「傘、二本しかないね」


俊が肩をすくめる。

「四人で二本。まあ、相合傘しかないよね」


泰代は濡れた前髪を指で払うと、静かに言った。

「あなた、そういう時だけ元気ね」


その声音は冷たいのに、どこか雨の匂いに馴染んでいた。


聖が乃雅の方へ傘を差し出す。

 その手つきは、医師のように落ち着いていた。

「乃雅、一緒に行こ。」


乃雅は頷いた。

 傘の下に入ると、聖の肩がすぐ近くにあった。

 薄いブラウス越しに伝わる体温が、雨の冷たさをゆっくりと溶かしていく。


泰代はもう一本の傘を手に、俊を見上げた。

「歩幅、大きいんだから。

 ちゃんと合わせて」

「わかってるよ……って、ちょっと近い!」

「傘が小さいのよ。

 文句言わないの」


俊がむくれ、泰代は淡々と歩く。

 その温度差が、雨音の中で妙に柔らかかった。


校門までの短い距離を、乃雅と聖はゆっくり歩いた。

 雨粒が傘を叩くたび、二人の沈黙が少しずつ形を変えていく。


「……こういうの、いいね」

聖がぽつりと言った。


「え?」


「普通の放課後って感じ。

 女子部に来てから、こういうの、あんまりなかったから」


乃雅は返事をしなかった。

 ただ、聖の言う“普通”が、どれほど脆く、どれほど貴重なのかを思い知る。


「ちょっと俊、濡れてるじゃない」


「泰代ちゃんが近すぎるんだよ!」


「あなたが傘を傾けるからでしょう?」


「えっ、俺のせい!?」


雨音に混じる二人の声が、校舎の白い壁に反射して、どこか遠い世界の出来事のように響いた。


乃雅と聖は思わず笑った。


雨は少し弱まっていた。

 四人は傘を閉じ、同じ屋根の下に立つ。


俊が濡れた髪を払って言う。


「……なんか、こういうの悪くないね」


泰代は袖口の水滴を絞りながら、小さく頷いた。

「ええ。

 たまには、こういう日もいいわ」


聖が乃雅の方を見て、静かに微笑む。

「また帰ろうね。

 四人で」


雨上がりの匂いが、胸の奥にゆっくりと沈んでいく。

——こういう“普通”が、いちばん救われる。

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