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泰代の婚姻届け
その沈黙を破ったのは、
泰代だった。
彼女はゆっくりと立ち上がり、
バッグの中から一枚の紙を取り出した。
婚姻届け。
聖のものと同じ、
しかも夫欄は空白のまま。
泰代はそれを机の上に置いた。
「どうするの、乃雅。」
声は静かだったが、
その奥には震えるような熱があった。
「聖ちゃん、俊と結婚しちゃうんだって?」
泰代は乃雅をまっすぐ見つめた。
「乃雅。
私はずっと、全部自分で決めてきた。
でも……あなたの隣だけは、
私が決めていいの?」
その瞳には、
嫉妬でも怒りでもなく、
“置いていかれたくない”という切実な願い
だけが宿っていた。
そして、
泰代は淡々と言った。
「あなた、
身体は“空白”でも……
戸籍上はまだ“男”のままのはずよ。」
その言葉は、
乃雅の胸に深く刺さった。
泰代は続けた。
「私は……
未来を守る側でいたい。
ただの看護師でも、
ただの観察者でもなくて。」
婚姻届けにそっと触れながら、
泰代は言った。
「だから、これを出したの。
“家族になる”っていう形を、
私も選びたかったから。」
乃雅は息を呑んだ。
泰代の声は震えていたが、
その震えは恐怖ではなく、
未来を選ぶための勇気の震え だった。




