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泰代と乃雅の夜の儀式

部屋の灯りは、泰代が望んだ通り、

肌の輪郭がかろうじて浮かび上がる程度の柔らかい明るさだった。


ベッドの上に泰代は静かに横たわっていた。


外見は、

誰が見ても“完全な女性”に見える。


しかしその内側には、

誰にも言えなかった沈黙がある。


その沈黙を抱えたまま、

泰代は薄明かりの中で

静かに呼吸をしていた。


その呼吸の音だけが、

この部屋で唯一の気配だった。


彼女の身体は、

どこか“無音”の印象を与えた。


毛の生えていない、

滑らかな皮膚の面が広がっている。


それは彼女が生まれつき持っていた特徴であり、

同時に、

長く沈黙してきた身体の証でもあった。


左右の大陰唇には、

淡い縫合痕が走っている。


皮膚に溶け込んだ“静かな記憶”のようだった。


泰代は、

その部分を自分では直視できずにいた。


「……乃雅。

 ここ、触わって……。」


乃雅は頷き、

ベッドの端に膝をついた。


泰代の縫合痕の周囲にそっと指を添え、

皮膚の温度を確かめるように

ゆっくりと呼吸を合わせた。


泰代の身体は、

乃雅の手が触れた瞬間、

その緊張が少しずつほどけていく。


乃雅は、

縫合痕の線に沿って

ごく軽く唇を寄せた。


それは、

傷跡の状態を確かめる

行為の様だった。


泰代は小さく息を吸った。


「……そんなふうに触れられたの、初めて。」


泰代は静かに言った。

「ここは、

 ……触れていいんだよ。」


泰代の目に涙が滲んだ。


「ずっと……

 “普通じゃない”って思ってた。

 誰にも見せられない場所だって……」


乃雅は首を振った。


「普通じゃなくていい。

 これは、泰代の“真実”なんだ。」


泰代は震える声で言った。


「……ありがとう。

 乃雅に触れられると、

 ここが“存在していい場所”なんだって

 思えるの。」


乃雅は、

泰代の縫合痕の周囲を

もう一度、丁寧に確かめるように

唇で触れた。


それは、

泰代の身体の歴史を

肯定するための“儀式” だった。


泰代は、

胸の奥に溜め込んできた言葉を

ようやく口にした。


「……乃雅。

 私ね……

 “吸われる”っていう感覚を、

 一度でいいから知りたいの。」


驚いたが、

泰代の表情は真剣だった。


「赤ちゃん……

 “未来を迎える身体”として、

 私の胸がどう反応するのか……

 確かめたいの。」


自分の身体が未来に関わることができるのか、

その可能性を確かめたいという切実な願いだった。


泰代は胸元を、差し出した。


「……怖いけど。

 でも、あなたなら……

 私の身体がどう変わるのか、

 ちゃんと見てくれると思うの。」


乃雅は頷き、

胸の中心にそっと唇を寄せた。


胸の皮膚は温かく、

呼吸に合わせてわずかに上下している。


軽く吸った瞬間、

泰代の身体がびくりと震えた。


「……っ……!」


胸の奥に溜まっていた緊張が、

ほどけるように流れ出していく。


泰代は涙をこぼしながら、

震える声で言った。


「……こんなふうに……

 身体が反応するなんて……

 知らなかった……」


乃雅は胸元から顔を上げ、

泰代の手を握った。


泰代は目を閉じ、

深く息を吐いた。


その吐息は、

痛みでも、

欲望でもなく、

自分の身体が“存在していい”と

初めて理解した人間の吐息だった。


窓の外には、

街灯に照らされた綿毛が

ふわりと舞っていた。


泰代はそれを見つめながら呟いた。


「綿毛ってね……

 どこに落ちるか、自分では選べないの。

 でも、落ちた場所で根を張るの。」


乃雅はその言葉の意味を理解した。


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