階段のない春の船出
春は、お別れの季節なのだという。
テレビのスピーカーから流れるおニャン子クラブの、あの無邪気で、どこか残酷なほどに明るい歌声は、誰もが大人への階段を昇り、普通の女性になっていく世界を祝福していた。
けれど、あの仏壇の奥に隠されていた『羅切師乃本』はそれぞれの、あらかじめ用意された平坦な階段など、存在しなかった。
卒業式の翌日、僕たちは別々の道へと船出した。
俊は、なずなさんが勤める、松葉三丁目の『国際劇場』の重い扉を叩いた。
きらびやかな照明と、男とも女ともつかない妖艶な演者たちが、夜な夜な虚構の肉体を踊らせるその場所は、「自ら形を選び取る」と決めた俊にとって、最も居心地の良い、そして最も過酷な劇薬の檻になるのだろう。
泰代は、白い制服に身を包み、看護学校へと進んだ。
他者の生々しい肉体、その血や膿、病の匂いに日常的に触れる生活のなかで、彼女は自身のサマーニットの奥に隠された、言葉にならない「内なる真実」を、より深く、冷徹に沈黙させていくようだった。
そして、聖と僕は、同じ大学の医学部という、極限まで冷却された知性の部屋に並んで座ることになった。
講義室の硬い椅子に腰を下ろすたび、僕の空白には、やはりあの独特の静寂が付きまとっていた。
周囲の男子学生たちが、時折ズボンの股間を窮屈そうに直したり、汗ばむ皮膚の摩擦に顔をしかめたりする。そんな、肉体が絶えず強いられている「衣服と肉の不快な摩擦」が、僕のこの平滑な「空白」には、一切存在しない。
白く、何もない、「空白」の皮膚の上を、制服から変わったスカートの生地が、何の抵抗もなく滑り落ちていくだけ。
隣の席では、聖が教科書の「解剖学」の頁を、爪が白くなるほどの力でめくっていた。
彼女のなかの「逆転の身体」が、内側から激しくその存在を主張しているのを、僕は彼女の微かに震える指先だけで察していた。感情を言葉にすることはない。僕たちはただ、無機質なホルモンやシグナル伝達のインクで汚された教科書の向こう側に、自分たちの歪な輪郭を当てはめるための「メス」を探していた。
「ねえ、のあ」 講義が終わる夕暮れ、薄暗くなった顕微鏡室の窓辺で、聖がぽつりと言った。
遠くのハイウェイから、街の光へと続く車の駆動音が、微かに響いているようだった。
「私たちの身体って、この教科書のどこを探しても、正しい名前で載っていないね」
彼女の横顔には、悲しみではなく、極限まで張り詰めた冷たい美しさがあった。
僕は、スカートの下の平滑な無風地帯(空白)を静かに意識しながら、心の中で、あの古文書の文字を反芻していた。
――陰陽の執着を削ぎ落とせし跡は、汚れなき空白にして。
「うん、載っていない。だから、僕たちが自分で、その名を引き直すんだ」
4人がそれぞれの現場で、自分の肉体という「檻」と対峙し始めたその数年間。
今思えば、あのぎこちない離散の日々こそが、やがて僕の手の中でDR法(直接変換法)という現代医学の光と結びつき、誰も見たことのない「新しい家族」の形を契るための、絶対に必要な雌伏の時だったのだ。




