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俊の告白

俊は瞳を微動だにさせず、ピアノ上の診断書を見つめたまま答えた。

「実は、なずな叔母さん?……姉さんに教えてもらったんだ」


松葉三丁目にある国際劇場の楽屋の空気は、

安物の白粉の甘い匂いと、

長年蓄積された舞台裏の湿り気が混じり合い、

どこか肺の奥を重くさせた。

鏡台に並んだ電球の熱が、

俊の火照った頬を容赦なく照らし出す。


「高校男子部から……女子部へ、編入したいんだね」


なずなは、鏡越しにおいの姿を一瞥した。

彼女の手は休むことなく、自らの股間へと伸びている。

そこには、一般的な、男が持つような卑俗な突起も存在しない。

かつて羅切らせつを経て「書き換えられた」彼女の空白は、完璧なまでの『平地』へと造形されていた。


「乃雅ちゃんは事故、

聖ちゃんは病気。

あんたには、そのどちらもない。

あるのは、その持て余した肉の塊だけ。

……それでも、あの子たちと同じ地平に立ちたいって言うの?」


なずながその『平地』を俊に向けた。

 俊は、その『平地』の造形美に、目を逸らすことができなかった。

『ずるい、と思った。乃雅も、聖も。

 肉体の苦痛と引き換えに、最初から『女の子の器』に入ることを許されている。

 僕だけが、この醜く肥大する器をぶら下げたまま、男の檻に閉じ込められている。

 朝、目覚めるたびに、自分の意志とは無関係に熱を持つこの肉の塊が、たまらなく忌々しかった。

 僕だって、女子部に行きたい。』


乃雅が持つ『空白』という聖域を、なずなが自らの執念で模倣し、手に入れた究極の武装に見えた。


「担任の先生には、

 チンコがあるだろうって言われたよ。

 トイレはどうするんだって。」


なずなは、俊の震える膝に手を置いた。


「女子部へ行くっていうのはね、

 自分の身体を、

 一生かけて『平地』という神聖な『空白』に捧げるってことよ。

 ……あんたに、その十字架を背負う覚悟があるの?」


楽屋の隅、使い古された鏡台の電球が、

なずなの陶器のような白い肌を青白く浮き上がらせていた。

彼女の周囲には、

強い白粉の香りと、

剥がされたばかりの粘着テープの乾いた匂いが漂っている。


「いい、俊。

 本当の『女の子』になりたいなら、まずはその肉の傲慢さを黙らせることね」


なずなは鏡越しに、困惑する俊を一瞥した。

彼女の手には、幅の広い医療用テープと、舞台用の強力な接着剤が握られている。


乃雅のあちゃんは、神様に選ばれて『空白』という聖域を授かった。

 でも、あんたや私は違う。

 自分たちの手で、

 この不格好な出っ張りを、

 無にまで削ぎ落とさなきゃならないの」


なずなは、自らの平地を指し示した。

左右の大陰唇に沿って縦に伸びる薄い縫合痕。

そこには男性器の残滓など微塵もなく、

ただ滑らかで、

静謐な平地が広がっている。


「見なさい。

これが私たちの『戦場』よ。

温まった手で優しく、『玉』を股の付け根の、鼠径管の奥へ押し戻す。

そこが、それらが本来あるべき隠れ家よ」


俊は、叔母の流れるような所作に息を呑んだ。

なずなは、自身の身体をまるで精巧な工芸品を扱うように、冷徹かつ慈しみを持って「造形」していく。


「次に、余った竿を後ろへ、

 お尻の割れ目に向かって強く引き込む。

 皮が引きつれる痛みは、

 あんたの執着が剥がれる音だと思いなさい」


なずなの手によって、俊の股間から「男」の象徴が消えていく。

『激しい痛みが走るり痛い。この痛みの分だけ、僕を縛り付けていた「男」が消えていく。

 この肉を地獄の業火で焼き尽くしたって構わない――。』

テープが皮膚を噛む音と共に、

そこには乃雅の身体に似た、

平坦で、

何の色気も持たない『平地』が誕生した。

その瞬間、3人を追及していた泰代の息が漏れた。

泰代の鋭い視線が、俊の『平地』へと注がれる。


「さあ、立ちなさい。

 そのスカートの重みを感じるのよ。

 その内側にある『平地』の存在を、

 一歩、一歩に噛み締めるのよ。

 それが、

 あんたが、あちら側へ行く為の、

 唯一の通行証なんだから。」


鏡の中に立つ俊は、もうかつての少年ではなかった。

股間に鈍い圧迫感を感じながらも、

その『平地『に宿る不思議な高揚感に、

自らの魂が初めて『平地『に収まったような予感に震えていた。


鏡の中、スカートの裾から伸びる自分の足は、先ほどまでと同じ筋肉質な少年のそれであった。しかし、その付け根にあるはずの「違和感」が消失し、平坦な「無」へと置き換わったことで、世界の重心が劇的に変化していた。

『ああ、消えた。僕を汚していた、あの醜い主張が、どこにもない。

 触れた場所にあるのは、凍りついたような静寂だけだ。

 この『平地』さえあれば、僕は女の子のフリができる。

 乃雅と同じ、あの空白を』

俊は、薄い綿のショーツ越しに、なずなが造形したその場所をそっと掌で覆った。

そこには、かつて自分を縛り付けていた肉の主張はない。あるのは、粘着テープの圧迫感と、神経が麻痺したような微かな痺れだけだ。

しかし、その痺れこそが、乃雅と同じ「神聖な空白」を共有しているという、何物にも代えがたい証左に思えた。


「……叔母さん、僕、やっと息ができるようになった気がする」

俊の声は、自分の喉から出たものとは思えないほど、湿り気を帯びていた。


「叔母さん……?お姉さんと呼びなさい。」

なずなは、紅い口紅をゆっくりと引き直しながら、鏡越しに冷たく笑った。


「安心するのはまだ早いわよ。」

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