041 武将と武人
切先と共に向けられた俺の言葉に明智は思考をゼロに戻す。
当然だ、自分を守る筈だった盾を根こそぎ持っていかれ、今この場にいるのが自分だけとなったのだから。
「……その剣、退魔の印でも刻んでおいたのか?」
「退魔? さぁな、能力的にはそんなモノない筈だが」
アロンダイトの能力はとても高性能であったが、聖剣らしい能力というのはほぼ皆無といって良い。
実際の所ゾンビ共が消滅したのは“出来る気がする”とか、そんな曖昧な感覚でやってみたら出来てしまったという感じだ。
まあ無論、そんな思考を殺害対象たる明智に洩らす程馬鹿では無いが。
しかし、これって経験値になるのだろうか。
触れただけで消滅って何もしていないに等しいのだが。
「クソ、能力的にかなりの上位……天界人の魔具クラスだぞ」
「ほう、よく分かったな」
「なっ……! お前、天界人か!」
どうやら、俺の内情までは明智の与り知らぬところだったらしい。
しかし、居場所を調べることが出来たのなら何時からそこにいたのかというのは調べるつもりが無くとも出て来ただろう。
にも関わらず、その辺のことを知らないとはおかしな話だな。
「正確には堕ち人だが」
俺は答えた。
何故だか会話して良い気がして来たのだ。
明智に余裕が無くなって来たからからか俺に余裕が出て来たからか。
まあどちらにせよ、俺は殺意を絶やさない。
「……!? 嘘を吐け、堕ち人は箱庭エデンの罪人だ。魔具なぞ持たされはしない」
「知るか」
俺はヴァナルガンドを剣へと戻す。
明智がゾンビを補充する気配がもうないのを見るに、恐らくはもう死体のストックも無いのだろう。
後に残るのは純粋な戦闘だけというわけだ。
神葬流は元々、一体の神を殺す為の剣技。
立ち塞がるであろう天使殲滅の為の技なんて序の口に過ぎない。
まあ人間相手に神を殺す剣技を披露する気は無いのだが。
Cモンキー達も、推奨しなかった。
ニュアンス的には“高々人間風情に”と言った風ではあったがそれとは別の理由もありそうだ。
それに本来エルフが長い生涯を掛けて極める武術。
付け焼き刃で神殺しの技を使ってどうなるかは分からない。
……と、Bモンキーが言っていた。
教えた張本人である癖に危険だから使うなとか変な話だが。
「知るか、ねぇ。……まあいいや。で、お前は何を所望するんだ?」
「お前の死だ」
「オーケーオーケー。今も変わらず、殺し合いを所望、ね」
今の問いにはドミニカを所望すると答えることを望んでいたのか?
それを尋ねるには自分の分が余りに悪いとは思わないか?
「備前近景。昔からの俺の愛刀なんだが、知っているか?」
そう言って明智が手を掛けたのは、一振りの日本刀。
明智の言ったその名前には聞き覚えがあったし、抜刀され露わとなったその刀身を見ただけでそれが名刀であることは伝わってくる。
そして、生前明智光秀が使っていた時はただの名刀だっただろう備前近景は、ここに来て変わったようであるが。
「聞いた話だと本当の意味で俺が使ってたのは今も日本の美術館とやらで現存されてるらしいが、その魂は今も俺と共にある」
「妖刀か?」
刀は武士の魂と言ったらしいが、そんなことがあるのか?
あくまで、備前近景を模して造ったにすぎぬ模造品と言った方が信憑性がある。
どんなに気持ちを込めようと所詮、刀は鉄の塊だ。
「どっちかというと魔具って感じだ。クク、お前の今考えていることは何と無く分かるぞ」
「……ま、どうでも良いけど」
魔具ねぇ。
なんにせよ俺のすべきことは変わらない。
「早く、始めよう」
尋常な勝負をするというなら開始の合図位有って良いと俺は思う。
もしそれが尋常じゃなくなったなら、何も気にしない単なる殺し合いで良いだろう。
だがこんなことを思う俺の思考を見付けてしまったのだ。
過去の武人と戦うチャンスを逃す手は無い、なんていうこの状況下にあまり芳しく無い思考だ。
「あぁ、お前って昔の戦場に居た奴らみたいだな。正々堂々を志してんの?」
「……」
「……はいはい、じゃあ……明智光秀、参る」
そう言った明智の身体を、備前近景はその刀身より黒い霧を生み出して覆う。
その黒い霧が晴れるまでに掛かったのはものの数秒。
そして霧の中より現れた明智は、黒い袴を身に纏った武士の姿となっていた。
備前近景の魔具としての能力、と考えるのが打倒だろう。
それが服装を変えるだけではないだろうことは何と無く創造出来る。
俺は口端が吊り上るのを感じながら、それに答えた。
名乗りはしない。
だが、剣で答えた。
剣と刀が交わって、千壌土久遠と明智光秀の殺し合いはようやくスタート地点に立ったのだ。
剣は一秒として同じ場所に留まらなかった。
止まない刃のぶつかり合う音だけがオフィス内に響き渡り、未だ双方に傷はつかぬが床に傷痕を残す。
悔しいことにの傷を残しているのは俺だ。
動きが明智より正確でないせいで狙ったモノだけを斬る事が叶っていない。
そのせいえ周囲の物を傷付けている。
振るっている剣のリーチが長いこともあるのだろうが、それでもこれは腕の問題であると思う。
此方は双剣だというのに、明智は俺の剣戟を完全に防ぎきっている。
手数で勝ってはいるが、スピードでは負けている。
多分、正確さでも。
ただ、勝っている部分もある。
「その細腕の何処にそんな力があるんだか」
「…………」
こちらは声を出す余裕も無いと言うのに、明智はそんな言葉を洩らしている。
明智の言うとおり、俺は力で明智に勝っている。
当然と言えば当然だ。
俺の筋力は一般男性二十人分。
勝っていない方がおかしいだろう。
そして、声を出す余裕が無いと言う事は、神葬流の剣術を上手く扱えないと言う事を意味していた。
思考の切り替えと集中を上手く出来なければ使うことが出来ないのだ。
余裕が無いのなら使える訳も無い。
それに神葬流は基本神を殺す為に生み出されている。
天使殲滅用のものもある、しかしあれはあくまで一対多に適した技だ。
一対一のこの状況では不向きだ。
俺は唯一の勝利点である力によるゴリ押しで剣を振る。
幸いにも明智の持つ武器の数は一振り。
防いで攻撃して防いで攻撃してを繰り返せばいずれ当たる。
いやそもそも、力で勝っていて両手に剣を持っているなら当たらない方がおかしいのだが。
互いに頬へ一線の傷痕を残して後退することになったのは、それから五分しない時のことだった。
気にするべき傷痕では決してないだろう。
にも関わらず俺は、距離を取っていた。
明智も、同様に。
「クヒヒ……やるな」
「…………」
チャンスは今しかない。
このまま行けばジリ貧になる。
「神葬流────」
俺は思考を切り替える。
そして声を出すことは無いが、こんなことを思いながら剣を振るうのだ。
……神殺しの剣、少しだけ見せてやるぞ人間。
「────神殺し」
…………言葉だけで、剣がついて来なかった。
次の瞬間には拘束されていた。
数人の、正体不明な奴らに。




