037 業火の戦場
「久遠、大人しく帰んな」
【…………】
エンゼルの俺に向けられた言葉は、そんな侮辱しているともとれるようなものだった。
式正の鎧を身に纏う鬼……リットゥはそれに対し、沈黙で返す。
それが俺の支配によるものかは定かじゃないにせよ、相手の言葉を聞くくらいの知能は備えているらしい。
「……無言ってことはNOなんだろうね、でもにゃんで? 高々奴隷でしょ。その位また買えばいいじゃない」
【…………】
高々、ね。
まあエンゼルが俺にとってドミニカがどんな存在かを知り得ている筈は無いのだから、それも仕方が無いのかもしれないが、それはここまで来た人間に言うべき言葉か?
エンゼルにとって奴隷がどんな存在かなんて知り得ない。
だが他人の大切なものを代用の効く消耗品と一緒にされたくないな。
……不愉快だよ。
他人に善意を向けられる癖に、言って良いことと悪いことも分からないのかよ。
とても、不愉快だ。
そんな感情が溢れ出す様に、鎧の隙間から噴き出す炎が勢いを増す。
そんな燃え盛る火炎を見たエンゼルは言う。
「……そんなに大事にゃものだったの? 住む家とその娘比べたらどっちが大事?」
……こいつは一体何言っているんだろう。
あの部屋とドミニカの優先順位を聞いているのか?
ハハ、余りに俺という人間を理解出来て無いな。
まあ、当然か、数日の突き合い出し本来であればこれが普通だ。
そう、エンゼルとはたった数日の付き合いなのだ。
だから。
【…………祭りはまだ、終わらぬぞォぉ゛ぉォぉ゛ォぉ゛ぉォォ゛ぉぉォ゛ォ!!】
敵ならば、殺そうか。
咆哮と共に、周囲に火が燃え移る。
刀を振るわずとも周囲へ散らばる業火は床や壁を焼くも、エンゼルには届かない。
「……やれやれ会話にすらならにゃいわ」
そう言ったエンゼルの体が奇妙な蠢きを見せたのは、陽炎では無かった筈だ。
吠えるリットゥを前に悠然と立つエンゼルの体は次の瞬間、弾け飛んだ。
訳が分からなかった。
しかし次の瞬間にはその意味を嫌と言う程理解させられる。
鳴り止まない羽音が、エンゼルの居た場所より溢れ出したのである。
虫。
噴き出す様に溢れ出たのは蠅の大群だった。
軍隊蠅Lv40
見た者誰もが嫌悪するであろうその光景は、俺が俺のままであったなら混乱していたであろう代物。
そして弾け飛んだ体の位置には光の球が有り、その上には唯一残っているウサギの頭。
「また退場して貰うとしにゃすかね」
そんな、体の無い頭だけの人形が口にした言葉を引き金にして、リットゥは動き出した。
リットゥの動きに伴い炎は蛇のようにうねり、蠅達にその牙を向いた。
恐らくはあれがエンゼルの異能であろうが、出て来たのは所詮虫。
その脆い体でこの業火は耐えられまい。
蠅も、光の球も、エンゼルの頭さえも、炎は燃やす相手を選ばずにその全てを埋め尽くした。
しかし。
【……祭りはまだ、終わらぬかァあ゛ァ゛ぁァァ゛ぁぁ゛ぁァァ!!】
揺れる炎の先に見えたのは、喧しく羽音を撒き散らす、黒い球。
それが蠅の大群であることは容易に理解する事が出来た。
しかし、何故蠅に対して炎が効かないのか。
それだけは理解出来そうもなかった。
「正に飛んで火に入る夏の虫ね」
エンゼルは言う。
その言葉の意味は間違っているが、言葉のままに捉えれば正にそんな感じではあった。
夏では無いのだけれど、火の中に虫は居た。
「ワタシの異能は虫作成。召喚じゃなくて生み出してるのね」
生物を生み出す……? そんなことが出来るモノなのか?
確か異能っていうのは天界人とやらが使うスキルってのみたいな化け物染みた力はないんじゃなかったか。
そんな説明をしたのがエンゼルだったことを思い出すと、その説明が偽りであった可能性を視野に入れることとなったが、それはアッサリ否定される答えが返ってきた。
「使用条件は、死ぬ事。体を失う事。死してその体朽ちようともその命朽ちること知らず。久遠、ワタシ幾つに見える?」
生後一か月半の兎人形に見える。
……それはもう制約じゃないだろ、代償だ。
虫作成が使えるということは、もう既に死んでいて体も無いのに消えることも叶わない。
強制的に生を押し付けられた、亡霊じゃないか。
エンゼルの周りを飛びかう蠅達が、炎に堪えた様子が無いのはそういう虫が造られたからか。
どうやればそういう虫が造れるのか俺には想像もつかないが、蠅が炎に堪えていないという現実は変わらない。
「もう降参して帰りなって。ほらそんなに大事ならワタシがなんとかしてあげるから」
どの口がいうのだ、と俺は思う。
攫った張本人の言葉を信じられるほど俺は馬鹿正直に生きてはいない。
「優先順位間違ったみたいだし」
……それは一体なんの優先順位だ?
よくわからないが俺の優先順位は何時如何なる時も友達一位一択だこの野郎。
炎が燃える。
燃える、燃える。
全身を焼き尽くさんとする炎は、蠅だけじゃない。
部屋全てを灰へ変えんと燃え盛る。
【祭りの終わりを知らいでかぁ゛ぁぁぁあぁ゛ぁぁぁ゛ぁぁ!】
鬼は吠える。
溢れ出す感情を声と炎に変える様に。
炎の鬼と化したリットゥは、全てを焼き尽くさんとその魂をも燃やす。
蠅達の羽音が炎によって掻き消されたのは必然か。
炎に耐性を持たせようとも関係無い。
燃やし燃やして焼き尽くす。
そんな炎が蠅如き焼き尽くせぬ筈も無い。
しかし、焼き尽くすまで消えることは無いだろうとだれしも思うだろうその美しき赤を突っ切るものがあった。
槍のように鋭く、鞭のように変幻自在。
蜈蚣。
大きすぎる蜈蚣が炎の中より現れて、俺の体を締め付ける。
サイズが大きいだけでなく、その数も多い。
大名蜈蚣Lv70
大名蜈蚣Lv70
大名蜈蚣Lv70
大名蜈蚣Lv70
大名蜈蚣Lv70
大名蜈蚣Lv70
大名蜈蚣Lv70
大名蜈蚣Lv70
一人の人間を抑えるのに対し、その大きさで八匹はいるだろうか。
噴き出す炎を物ともしないそれは何処か生物的でなく、作り物の様な。
しかし、確かに動いていて生きているそれは、化物だった。
そして次の瞬間には燃え盛る炎の大半が吹き飛ばされる。
機械式アゲハLv80
機械式ヤママユガLv90
それは、第三層でみたフロアボスだった。
二匹の羽ばたきにより炎は吹き飛ばされたのだ。
「……第三層で見たわよね。あれ、ワタシが配置したの」
……前々から俺を殺すつもりだったと、そういうことか。
まあおかしいとは感じていた。
レベルに急激な変化こそ無かったが、一層上がっただけで敵のクオリティが明らかに違い過ぎた。
あんなもの、誰でも倒せるものでは無い。
元々居た第三層のフロアボスは恐らく、機械式アゲハに捕食されたのだろう。
……一体どれ程前から俺を殺す気だったのやら。
いや、俺を殺すだけなら良かった。
ドミニカにさえ手を出していなければ。
俺はこんなにも必死では無かったよ。
【祭りの邪魔は、許さぬぞぉぉぉ゛ぉぉぉ゛ぉお゛ぉぉ!】
焼きながら、物理的な脱出をリットゥは試みた。
高温による炭化と腕力による強行突破。
リットゥはそれで何とかなると考えていた。
しかし。
【祭りっ…………!?】
大名蜈蚣の拘束が解ける事は無く、むしろ締って行ったのだ。
訳が分からなかった。
何故焼き切れないのか、理解出来なかった。
「無駄ね、幾らなんでもレベルが違い過ぎるわ」
レベル。
……そんなもので勝敗が決まるなら、俺が鍛えた意味はないじゃないか。
そんなのは認めない。
しかし、そんな思考とは裏腹に拘束が解けることない。
むしろ締って行く一方だった。
「降参しな。全てワタシに任せなって、面倒だけど人魚も助けりゃいいんでしょ?」
俺は……俺は!
次の瞬間、大名蜈蚣の拘束は解かれた。
大名蜈蚣の体が一瞬にして両断され、縛っていた力が緩み、地面に落ちたのである。
「…………」
無論やったのは俺では無い。
振り向くとそこにいたのは意外な人物だった。
……最強さん?




