036 武者鬼と兎人形
始めに、Cモンキーが黒服へかぶりついた。
上半身を丸ごと食い千切る程の大口を開けて、口で人の体を覆いこむが如く中へ放り込んだところへ鋭利な刃物たる全てが犬歯のような尖った歯が肉に食い込み、そのまま、見たまんまに食い千切った。
下半身より噴き出すのは噴水を連想させる大量の真っ赤な血液。
もしもそれが血液でなかったとしても、そのドス黒い赤は、周囲に撒き散らされた血生臭いそれは、恐怖を充満させるに十分過ぎる代物だった。
『不味いな。食生活に偏りがあるせいで血がドロドロしてやがる』
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
一番近くにいた黒服は、その外見に不相応な悲鳴を上げる。
それは本当の恐怖に支配された人間のとる行動は皆一緒であると言わんばかりであった。
もっともそれは、次の飯となる人間がそいつになるきっかけにもなり得るのだが。
Cモンキーは喧しげに耳を塞ぎながら、悲鳴をあげるそいつをもう片方の手で掴むとまず首から上だけを食い千切り、五月蠅い音を黙らせた。
その後バリバリと骨を砕く音と共に掴んだ“肉”を残さず食らい、ゴクンという大きな音と共に飲み込んだところで、恐怖が伝染し、また他のCモンキー達も動き出した。
Cモンキー達の進撃はまるで電光石火のようでありまた、マンモスの大群が突進するようでもある。
黒く禍々しいその突進の中、俺は一人悠然と歩く。
鬼の口より天へと上る火の粉を吐きながら。
Cモンキー達の進撃はそのまま、捕食へと変わる。
筋肉が堅そうなモノはその黒い爪で切り裂きミンチにしてから喰らう。
骨ばって不味そうなモノは骨を砕いてグニャグニャにしてから喰らう。
比較的美味そうなモノはそれらの作業で空いてる口の中に放りこんで喰らう。
その姿、正に悪魔。
身に纏っている布が邪魔だと思いながらも、剥ぐ行程が面倒でそのまま喰らう。
手に持っている銃が邪魔だと思いながらも、奪う行程が面倒でそのまま喰らう。
人間は、その身に宿るであろう異能を使う暇も無く死んでいく。
一人一人が確かな力を持っている筈なのに、恐怖に打ち勝てず死んでいく。
ただ、人間の数は多い。
Cモンキー達がどんなに喰ろうてもその数が減退した様子は無い。
逃げ出した者も少なからずいるだろうに、ビル内より補充された人間もいる為に減った気がしない。
後から来た奴らが反撃を始めた。
恐怖が伝染する前に、反撃の意思を灯した人間は戦える。
前に一応という言葉が付くであろうが、その恐怖を知るまでは戦える。
だがその手に持った武器ではCモンキー達に傷一つ着けることが出来ないことに気が付いた時、お前達は恐怖しないでいられるのだろうか。
俺は漸く戦いの真ん中へ来る事が出来た。
この身体は俺の意思で動いてはくれない。
それ故に時間が掛かりもしたが、丁度真ん中に来た辺りで俺という式正の鎧を身に纏う鬼は、その業炎を纏った刀を振るい、周囲に炎を放つ。
「ギィ゛ィィィ゛ィィヤァ゛ァ゛ァァ゛ァァァァ゛ァァ!」
炎に焼かれ、ただ悲鳴をあげるモノ。
「前が……前が見えなィ゛ィィィ゛ィィィ……! 俺の……俺のめぎょ!?」
目を焼かれ、暗黒の中で死んだモノ。
「腕がぁぁぁ! 俺の腕ぇぇぇぇ゛ぇ!」
腕が高温により炭とかしたモノ。
「火が……火が消えないぃ゛ぃぃ゛ぃぃ!」
服に火が燃え移り、必死に消そうとするモノ。
炎という日常的に存在し明確に危険を感じられるそれは、Cモンキーという絶対的強者というイレギェラーよりも確かな恐怖を与え、絶叫を生み出した。
理解出来ない絶対的な恐怖より、理解することが出来る身近なモノが牙を向いた時の方が恐怖するなんて、人間はなんて愚かなのだろう。
まあ、どちらも平等に死ぬのだけれど。
『……早くしないと飯が焦げるな』
『焦げるっつーか炭じゃね』
『タイミング見極めればこんがり焼肉食えるぞ』
『何分焼くんだ?』
『二秒』
『火ぃ強すぎだ! 俺達まで焼く気かよ!』
……焼けて、ないだろう?
今の俺には自由な意思疎通は出来ない為にそれを伝えることは叶わないが。
俺は進撃を再開する。
低レベルであるが故にゲージを減少させる速度は低いが、肉を焼く速度は尋常じゃない。
ゲージがゼロになる前に、人間が死ぬ。
それは覆りようのない事実で、自分の脆弱さを目の当たりにしている気分になる為見るのを止めた。
そして俺がビルの入り口まで辿り着いた時、この場に居る人間の数は最初の内の二分の一位にまで減っていた。
『久遠! 俺達もこれ全部喰ったら行く! 先に行け!』
今来いよ。
戦意喪失した奴らの相手なんて時間の無駄以外の何物でもないだろうに。
しかも糞不味いことで定評のある人間の肉だなんてよく食う気になるな。
……『悪魔化』の影響か?
まあ、雑兵共を相手取ってくれればそれなりに俺の負担も減るだろう。
俺は目の前にあるガラス張りの自動ドアを炎の熱により溶かして中へと入る。
自動ドアは前まで行けば開いただろうが、それを待つのも面倒くさかった。
ドロリと高熱の液状化したガラスの中を潜り、ビル内へ入った俺を待っていたのは何でも無い、ただのロビーだった。
どうやら雑兵共は皆Cモンキー達の相手へ出払ったらしいな。
となれば後は進むのみ。
重い足が前へと進む。
前へ、前へ。
何時もの約二倍はあるであろう巨体は、密接する床に焼き扱げた後を残しながら。
噴き出す炎が周囲の物を焦がし、この場所に似合わずも生けてあった花を一瞬にして炭へと変える。
慌てた移動のせいで散らばった物も例外なく焼く。
歩くのと焼く事がまるで同一であるかのように俺は周囲を焼きながらに進んで行く。
────熱い。
全身を常に炎が焼いている感覚がある。
それは錯覚なのだと俺は知っている。
しかしそれは確かな温度としてそこに存在し、俺を焼く。
────熱い……熱い。
魔装を解けば一瞬にして解放されるであろうその熱さに、俺は耐える。
同じ轍を二度踏もうとは思えない、思わない。
────熱い、熱い、熱い。
毒で動けなくなるだなんて、もう御免だ。
例え全身を炎に包もうとも、そんな事態は避けるのだ。
エレベーターを発見した俺は、それに近付いて行く。
そして辿り着いた時、既に扉が開いていたからその狭い箱の中へその巨体を無理にでも押し込んだ。
式正の鎧を身に纏いしこの鬼はこれが一番の近道であることを知っているようで、最上階へのスイッチを押すと、エレベーターはその巨体を乗せたままに動き出した。
正直、動く可能性はゼロに近かったと思う。
重量制限だけのことではない。
周囲を例外なく焼くこの体がエレベーターをただの箱へと変えるのは必須だと思っていたからだ。
しかしその予想は良い意味で裏切られた。
どうやらこれは俺の知っているエレベーターよりも随分造りが頑丈であるようだ。
でなければそもそも、この巨体を持ち上げることすら叶わかなかっただろうから。
エレベーターは静かに登って行く。
ワイヤーの擦れる音と共に、着実な上昇を俺へ与えている。
そして到着すると、チンという音と共に扉は開こうとしたが、俺の熱により鉄の扉は歪み、開こうにも開かない。
俺は扉を焼き斬った。
扉が開かない程度で足踏みなんてしていられないのだ。
そして、扉の先へと進んだ時、広い場所へ出た。
それはまるで戦闘を行うことが前提に造られたような、最上階たるここに相応しく無いそれの中心に、見知った者の姿があった。
ピンク色の布の体。
長く、よく聞こえそうな布の耳。
赤く、何も見えてい無そうな作り物の目。
身長は余裕で一メートルも存在しなかろうそいつを、俺は良く知っていた。
「……来ちまったのね、まあ予想はしてにゃけどさ」
エンゼル・シルバー&ゴールド。
ついさっき、俺に黒星を与えた張本人。
……エンゼル……シルバー……&…………ゴールド。
【エンゼル・シルバー&ゴールドォォォ゛ォォォ゛ォォ゛ォォ!】
悪魔を統べる鎧武者たる鬼が、吠えた。




