033 裏切りの兎人形
エンゼル・シルバー&ゴールド。
俺がこの世界に来て初めて対話した者。
もしエンゼルと出会わなければ俺は今頃どうなっていたか分からない。
この世界の事どころか自分の事すら知り得ない無知者が、何の問題も無く生きていくことが叶ったのは一会にエンゼルの助言があったからだ。
エンゼルと服屋に行ったから小野小町に出会った。
エンゼルにダンジョンの存在を教えて貰ったからマリー・アントワネットに出会った。
エンゼルがあの部屋を選択したから、最強さんに出会った。
エンゼルに森の存在を聞いていたからこそ、Cモンキー達に出会った。
エンゼルより知り得た情報から派生して、冴木ゴンザレスやIコフ、Yランドと出会った。
繋がりを作り出したのは俺本人でありながらも、その因果関係を作り出した元を辿ればその全てにエンゼルが居たといっても過言ではないだろう。
ある意味、エンゼルでは無くエンジェルであると言っても過言じゃないだろう。
俺はエンゼル・シルバー&ゴールドに借りがある。
とても大きな借りがある。
返さなければならないと、そう思っていた。
しかし、だけど。
「……それは、敵対という意味で受け取って良いんだな、エンゼル・シルバー&ゴールドォ!」
歪む視界の原因だろう毒は、エンゼルより盛られたものである。
明智によるものである可能性も無くは無いだろう。
しかし明智なら、俺が即死する猛毒を選ぶ可能性が大半を占めているのではないだろうか。
毒を使ったのがエンゼルだから。
エンゼルだったからこそ、俺は未だ意識を失わない。
掠れる声で叫び、訴えることが出来る。
「………………」
エンゼルは何も答えない。
無言はYESであると、誰かが言っていたな。
力は入らないし、剣を握る事もままならないだろうことは分かる。
自分の体だもの。
というかそれ以前に、一瞬でも気を抜いたら意識飛ばす自信……を通り越した確証があった。
致死性は無いだろうこの毒、即効性だけは天下一品でその上体の自由を奪う。
麻痺毒では無い。
俺は毒に詳しく無い。いや、詳しかった筈なのに全く思い出せないと言うべきか。
超巨大な蛾との戦闘で数えきれないほどの毒の抗体を手に入れた気もするが、今はもう持っていない気がする。
いや、持ってはいないんだろうな。
全身が毒に蝕まれてるのが良い証拠だ。
「あれ、二人は知り合いだったの?」
「…………」
「やーやーそれはご愁傷様。でも覚えておいた方が良いよ」
明智は憎たらしくも偉そうな態度のまま、諭すように言った。
「この街では、裏切りなんて日常茶飯事だ。例えそれが家族友人でもね」
君は余程出会い運が良かったんだねぇ、そんなことを知らずに今迄生きてきてたなんて、と続けた明智の顔はもう何が何だか分からない。
モアイの顔だってもう少しイケメンだろうというまでに歪んで、最早人の形を成していない。
普通なら嘔吐する程の歪み。
だが俺は根性で捻じ伏せる。
脳筋? 元々そんなキャラだろう、俺は。
「ま、そんな訳で人魚は貰っていくから。君は毒に苦しみながら死ねよ」
死……? この毒に致死性なんてある、のか?
細胞が浸食されていく感じはしないぞ。
……いや、そんなことはどうでも良いか。
ドミニカは貰っていくから?
ふざけるなよ亡霊が……!
貴様が俺の友に触れて良い訳が無い。
俺は例え死のうとも、そんなことをさせはしないぞ。
例え地縛霊に成り果てようとも貴様を殺して友達を、ドミニカを助ける。
俺は絶対に、友達を助けるんだ。
もう二度と手遅れになんてなるものか。
おい明智光秀。
「祭りはまだ、終わらぬぞ……!」
意識はここで、強制的な終了を迎えた。
次に目を覚ました時、俺の瞳は濁っていた。
見るものを映し出していた瞳より光は消え、何も写さなくなった。
「久遠! 大丈夫か!?」
「……ゴンザレスか」
眠りながらに頭の整理をしたお蔭だろうか。
瞳とは裏腹に思考はとてもクリアで、それに見合わないドス黒い考えが渦を巻いている。
「解毒剤打ったから毒は……」
「解毒剤?」
「あぁ、Yランドの」
「うっう……俺の涙は解毒作用が……グス」
「ぶっちゃけ効く毒少ないけどな。その上一度涙を流すと二時間は止まらないし」
「……そうか、ありがとう」
俺は礼の言葉を告げると共に立ち上がり、自分の体に異常が無いかを確認すると歩き出した。
「おい何処行くんだよ!」
「何処って……家」
何と無く一度、帰りたい気分だった。
それから、次は。
「その次は?」
「……エスパーか、お前」
考えてること的確にとか、そんな奴が戦友に居た気がするよ。
誰なのか分からないから多分記憶失う前に出会った奴だろうけど。
「止めとけって! 人魚が惜しいなら俺が買ってやるから! アイツに手を出すのは止めとけ!」
「ハハ、お前ってつくづく金の使い方間違ってんな。男に貢いでどうすんだよ」
「うるせぇほっとけ! 俺は……」
「でも、違うよ」
俺は足を止めて振り返り、濁った瞳でゴンザレスを真っ直ぐに直視しながら言う。
「俺はドミニカだから醜くも執着してるんだよ」
「お前、マリー様が好きなんだろ!?」
「……関係性が理解出来ないけど、俺はドミニカでもマリーでも、ゴンザレスでもIコフでもYランドでも、友達が危険な目に会ったら、そうした奴を皆殺しにする」
俺は弱いのかもしれない。
だが、それが何だという話だ。
弱いことが何も助けられない理由にはなり得ない。
弱いのなら頭を使え、人を使え、罠を使え。
何をしてもどうにかするという心構えと自分の命さえあれば大体のことはなんとかなる。
いや、なんとかすることが出来る。
やれやれ、こんなことになるのなら水槽の形にしておくんだった。
そうしたらドミニカと親しくなることも無かっただろうに。
「……愛とかじゃねーってことか?」
「……愛? 何それ。友達だからだよ」
俺はその言葉を最後に店を出る。
周囲の人間の反応を見れば、明智の言っていた言葉にも真実があることが分かる。
俺は出会い運が良すぎた。
俺の出会った奴らが良い奴過ぎて、こんなにガラの悪い街なのに、他の奴がやってるような酒で塗り固められた表面上だけじゃない陽気な暮らしをしてしまった。
だから悪意に対してロクに反応する事も出来ず、無様な醜態を晒した。
俺は今日、悪意を思い出した。
部屋までの道のりはまるで、重りをつけて進んでいるようだった。
それが毒の作用でないことは目に見えていたが、現状を樺見れば仕方が無いことであるのかもしれない。
アパートの前まで来ても、ドミニカの歌が聞こえてこない。
そんな事実が俺の心を蝕む。
ボロボロな階段を上り、部屋の前で止まる。
扉を開けるのに勇気が必要だなんて、初めて知った。
そして勇気を振り絞って扉を開いた先には、何も無かった。
いや、正確に言えばあったさ。
卓袱台も。
食器も。
電化製品も。
無いのは、いや、居ないのは。
ガラスの椅子に座って歌う、そんな姿が短い時間でも焼き付くほどに似合っていた彼女の姿は何処にも無い。
よく見れば畳に血の跡がある。
ドミニカが抵抗した後だろうか。
そういえば、部屋に戻ったその次に何をするかゴンザレスに聞かれたな。
まあゴンザレスはその答えを知っていたようだけど。
まったく、あそこまで出会って間もない奴の心配出来る奴なんてそうそういないぜ?
こんな人情が無く任侠しかなさそうな街であそこまでお人好しに慣れるって凄いよな。
俺はそういうの友達にしか無理だわ。
知り合ってからどの位時間が経過したとか、そんなの全然関係無いけど、友達相手にじゃないと、そこまで出来ない。
俺は、これからすることを口に出す。
口に出して、宣言する。
「明智光秀。俺はお前を殺す。」




