032 理不尽な要求
俺は約一秒程で男の言葉を理解し、次の瞬間にはアクションを起こしていた。
「断る」
俺はドミニカを奴隷として買った。
しかし俺はドミニカを奴隷として扱ってはいない。
即ちそれはドミニカが人魚として生きていることを意味しており、ドミニカは奴隷という物から人魚という人へ舞い戻ったのだ。
奴隷の首輪という物があるらしいことはオークション職員より聞いた。
聞き流していた故に描写などは無いが、魔法による見えない首輪と鎖を形成するものらしい。
無論、通常の首輪には透明化する能力なぞ無いが、あのような金持ち向けのオークションに置ける奴隷の首輪は皆見栄えを良くするために見えない首輪を使っているらしい。
そんな首輪の鍵代わりを担っているのは、俺の魔力らしい。
正確に言えば、所有者の魔力か。
縛るも解放するもその魔力次第であり、俺は首輪が見えなかった為に忘れていたが、聞いた時は解放しようと思っていた気がする。
聞き流していた割にはよく覚えていた。
いや、一度耳に入っていたが故に必要となった情報を脳内で再生しているだけなのかもしれない。
まあ今はどうでも良いことだ。
それよりもするべきことがあるのだから。
「何故? 君には必要のない物だろう」
「お前の決めることでは無い。消えろ」
「……っ!? 思い出した、おい久遠止めろ、そいつヤバい!」
何を思い出したかは知らんが、腕を掴むゴンザレスに俺は不愉快な気分に身を任せた殺気を視線にのせてくれてやる。
「知るか。放せ」
うちのドミニカに手ぇ出そうって奴俺が生かしておくとでも思ってんのか。
ドミニカの奏でるメロディーは最早俺に無くてはならないものなんだぞ。
……いや、それ以前の問題か。
「良いから聞けって! あいつは……明智光秀だ」
「……で?」
「分からないのか!? お前が住んでる西区の管轄を任された『武将』の一人だぞ!」
「だから?」
「しかもあいつは……裏で何やってるかわかんねーような……!」
「関係無い。俺に友達に手ぇ出す奴は皆殺しだ」
俺には記憶が無い。
しかしこれは、これだけは今も昔も変わらないと自信を持って言える。
例えどんな状況にあっても、友を傷付ける奴は許さない。
そしてドミニカも、俺の友達だ。
「やーやー血の気の多いことで。皆殺しとは随分大きく出てるけど君、レベル幾つ?」
「お前、心臓刺されて死なないのか? 頭潰されて死なないのか? 首骨が折れて死なないのか? 血が足りなくなって死なないのか? 息できなくなって死なないのか?」
明智が想像しているであろう通り、確かに俺のレベルは低い。
いや、その口振りから察するに知っているというのが正しかろうが、兎にも角にも明智が言っているのは低レベルのお前に俺が殺せるのかということだろう。
試した事が無いから分からないのだが、ゲージさえゼロにならなければ人間も魔物のように自己再生が可能なのか?
否だと俺は考えている。
ゲージさえあれば元々の回復力を超えて自己修復が可能なら、医者という職業は存在しない。
だが街を徘徊している時、病院らしき建物を何度か発見している。
ということはつまり、人間は例えゲージがゼロになっていなくとも死亡する。
この仮説、お前で立証してみようか。
なぁ、明智。
俺の殺意に反応した黒服共が俺の前に立ち塞がる。
いやまあ別に良いんだけどね? 別の実験もしたかったし。
「俺さ、レベル低いじゃん」
「唐突だねー。知らないけど」
「で、一つ実験したかった訳だ」
俺はそう言って、フッと殺意を解いた。
敵意もなにも感じさせない、まるで先程までと同様に飯を食っている最中であるかのように相手へ向ける何から何まで取っ払うと、何事も無いように黒服へと近寄る。
そして何でもない風な動作のままに黒服の腕を掴んだ次の瞬間、俺はその巨体をまるで段ボールでも振り回すかのように持ち上げそしてすぐ横にいた黒服へと叩きつける。
「レベルが高い相手に対し、恐らくはそれに近い実力があるであろう奴をぶつけっちまえばそいつの攻撃力を与えられんじゃないかっていうもう誰かが試したであろうコレ。俺、知りたかったんだよね」
無論、レベルが近いものである以上瞬殺は狙えない。
けど俺がゴンザレスにラッシュした時より遥かにゲージの減少が早い。
お、これは仮説が合ってたってことかな。
俺はなんだか楽しくなって、黒服に黒服を何度も何度もぶつける。
本当に何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
そして黒服二人のゲージがゼロになった時初めて、それを止める。
「ふう、何か疲れたよ、精神的に」
「やーやー強いんだね。驚いたよ」
明智より拍手が飛んできたが、正直不快でしかない。
周囲は完全に静まり返っているし、ここはドン引きするところであって絶賛するところでないことは見りゃ分かる。
そんな中で拍手とか、舐めてるとしか言いようがない。
「で、次はお前?」
人間の体はゲージがゼロになっても消えないんだな。
というか、ゲージがゼロになっても死んでない。この黒服まだ生きてるよ。
虫の息だけど。
「やーやー正直それも良いかなって思い始めてるけど、止めておこう」
「引かないならどの道殺るけど?」
「怖いなー」
全然怖がっているようでは無い口調。
というか、何で俺会話してんだろ。
もし俺がミスってドミニカが酷い目に合う状況が作り出されちまったらどうするんだ?
早く殺そ。
人間の生死にゲージが関係ないことは黒服の様子を見れば明らかだ。
人間にあるゲージの必要性は分かりかねるがつまり、対人戦において人間はレベルが高かろうとなんだろうと殺害可能だ。
「所で聞くけどさ」
「答えないけどさ」
俺は黒服を明智に振り下した。
その速度、〇.一秒の早業、Cモンキー達によって創り上げられた腕力だからこそ成せる技。
……あ、指輪外してないや。
折角高レベルの相手倒したのにレベル変動無いじゃん。
そんなことを考えていた俺を剣戟が襲い、俺は黒服でガードしながらバックステップで回避。
黒服は上半身と下半身を切り離されて絶命した。
……今、黒服を盾に使って時間稼がなきゃ俺の体が真っ二つだった。
「やーやー答えて貰うぞ、是が非でも」
「あー……マジで明智光秀な訳ね」
明智の手に収まっているのは日本刀だった。
備前近景。
本物はこの世界に無いだろうから複製品だろうけれど、その切れ味は多分本物以上。
これは、アロンダイトの出番か……?
「何故奴隷に固執する? 俺を前にすれば奴隷の一つや二つ嫌々ながらも喜んで献上するのが普通だろ」
「生憎と、お前見たいなやつは知らないし、お前にくれてやるもんなんか一つも無い」
「意地か、下らん。そんな理由で命を賭けるとは」
「…………は? お前何言ってんの?」
意地なんかに命賭ける訳無いだろ、金も賭けないわ。
「俺が命を賭けるのは、ドミニカがドミニカだからだ」
それ以上の理由なんて思い浮かばないが。
というよりかは、友達を献上なんていう概念俺に存在してねー。
そもそも献上とか何様よ。
ゴンザレスは『武将』とか言ってたな……。
明智光秀元から武将だろ。
何言ってんだアイツ馬鹿か。
……そういえば、西区がどうのとも言ってたな。
「要するにお前は奴隷に恋心でも抱いたか」
「そんなことより」
「ばっ……お前相手格好付けてんだから話の腰おってやんやよ!」
その他が五月蠅い。
背後でささやいた何かに明智がギロリと睨み付け、一瞬の内に背後霊の気配が消える。
「お前、西区纏めてんだよな」
「あぁ、そうとも」
やっぱりか。
俺は予想通りの返答にゴンザレスによって齎された情報の真偽を知り、そして尋ねる。
「じゃあさ…………お前殺したら西区誰が纏めんの?」
別の人間が国より配属されるのか、それとも。
「……はは、そいつは殺してみてのお楽しみだ」
「ふぅん」
じゃ、そうしよう。
そう思って、俺がアロンダイトを剣にしようとした次の瞬間、首にチクリとした痛みが走る。
そしてそれから五秒もしない内に世界が歪み、立っていられなくなる。
歪む視界。
ふら付く体。
何だ、毒か!?
しかも、後ろからだと?
明智の手下が何かしたにしても、後ろからは有り得ないだろう。
俺も知り得なかった目的地に先回りなんて芸当は未来予知でも出来なきゃ不可能だろうに、そんなことが出来るならそもそもこの場にいないだろう。
俺は今にも倒れそうな体を必死に支えながらに明智の方を睨みつける。
そして気付く。
明智の後ろに居る者の存在に。
「……エンゼル、さん?」




