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第22話 一個貸したら、全部売れた

「落ち着け。ほかの客まで起きる!」


「もう起きてる!」


 宿へ入ると、主人が二人の客を止めていた。


 一人は寝間着。もう一人は明るい魔灯を持っている。


「袋を探してるんだ。大事な物が入ってる!」


「朝まで待て!」


 寝間着の男が腕を払った。


 飛んできた魔灯を、俺は慌てて受け止める。


「壊したら弁償してもらうぞ!」


 主人が怒鳴る。


 俺は両手で無事な魔灯を見せた。


「俺じゃないです」


「分かってる。助かった」


 主人は受け取った明かりを抱え、階段を見た。


「私が探すから、二人とも――」


「あんたが持っても、明るいことに変わりはないだろ!」


 主人の足が止まった。


「これで探してみる」


 アオが暗い魔灯をつけた。



 相部屋には、布団を頭までかぶった客が何人もいた。


 袋をなくした男の寝台へ、アオが灯りを近づける。


「あった」


 男が下へ手を伸ばし、袋を引っ張り出した。


 隣の客が、目の上から腕をどける。


「それなら、まぶしくない」


 アオは魔灯を持ち上げた。


 部屋の奥では、もう誰かが寝息を立て始めている。


 主人が灯りから離れ、また戻ってきた。


「本当に近くしか照らさないんだな」


「売れ残っていた商品なんです」


 ミナが説明すると、主人は意外そうに魔灯を見た。


「普通の家には暗すぎるだろうな。だが、うちには合うかもしれん」


「買うか?」


「それは別だ」


 アオの伸ばした手が止まった。


「壊れかけだから暗いのかもしれない。客へ渡して、夜中に消えたら困る」


「一晩使えると、商品札にはあります」


「疑っているわけじゃない。宿の金を使うなら、自分の目でも確かめたいんだ」


 主人は魔灯を見たままだった。


 欲しくないわけじゃない。


「なら、今夜使えばいい」


 アオが言った。


「役に立ったら、明日の朝に払え」


「待って。私たちだけで決められないわ」


 ミナが止めた。


 アオは一度、魔灯の商会札を見た。


「ベルンさんに聞いてくる」



「売るのではなく、貸すのか」


 戻ってきた俺たちを、ベルンは椅子から見た。


「持って逃げたら?」


「宿屋ごと逃げるのは難しい」


 アオが答えると、ベルンは少し笑った。


「借りていないと言われたら?」


「先に信用する」


「都合のいいところだけ覚えたな」


 ミナが紙を取った。


「約束を残します。宿と主人の名前、貸す一個の商品。明日の朝に買うか返すか決めてもらうことも」


「壊したら?」


「代金を支払う。条件を読んでもらって、署名をもらいます」


 ベルンがうなずいた。


「なら、貸していい」


 アオが魔灯を抱え直した。


 ミナは紙を丁寧に畳む。


 誰かを信じるために、今度は自分の手で約束を残そうとしていた。



 宿へ戻ると、主人は貸出票を読み、何度か条件を確かめた。


「本当に、今は払わなくていいんだな?」


「ああ」


 ベルン商会の札を見てから、主人が署名する。


「よし。一晩、使ってみよう」


 俺たちは、金を受け取らずに宿を出た。


 髪飾りを売ろうとしていたときなら、手元から品物だけがなくなるなんて、考えられなかった。



 翌朝、宿の机には、あの魔灯が置かれていた。


「返すのか?」


 アオが聞く。


「いや。昨夜は本当に助かった」


 主人が灯りをつけた。


「遅く帰った客も、朝方に水を飲む客も、隣を起こさずに済んだ。使用人も、廊下で部屋番号を確かめられた」


 壁に並んだ客室の鍵を指さす。


「これを含めて、あと何個ある?」


「二十三個。ここに一個、倉庫に二十二個です」


 ミナが答えると、主人は財布を出した。


「全部買う」


「全部?」


 俺の声が大きくなった。


「一晩使って確かめた。客から苦情が出るたび、代金を返すより安く済む」


 机に硬貨が並ぶ。


 ミナが数え直し、貸出票へ『購入』と書き加えた。


「残りを今日中に届けてくれ」


「はい!」


 俺は返事をしたあとで、アオの肩を叩いた。


「おい、全部だぞ」


「聞こえた」


「一年間売れなかった物が!」


「聞こえてる」


 アオも、いつもより早口だった。



「私は、一個を売ってこいと言ったはずだが」


 ベルンが注文書を見た。


「一個売ったら、残りの売り方が分かった」


「何が分かった?」


「明るいと困る人へ持っていけばいい」


 アオが代金の袋を置いた。


「暗いところは、一つも直してない」


 ベルンは注文書を読み直し、笑った。


「まさか、本当に全部売ってくるとはな」


 俺はアオと顔を見合わせた。


 もう、金貨百枚の頭が一度きりの結果だったとは、言わせない。


 アオが小さな布袋に触れた。


 そっちには、まだ売れていないヒナの髪飾りが入っていた。


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