第22話 一個貸したら、全部売れた
「落ち着け。ほかの客まで起きる!」
「もう起きてる!」
宿へ入ると、主人が二人の客を止めていた。
一人は寝間着。もう一人は明るい魔灯を持っている。
「袋を探してるんだ。大事な物が入ってる!」
「朝まで待て!」
寝間着の男が腕を払った。
飛んできた魔灯を、俺は慌てて受け止める。
「壊したら弁償してもらうぞ!」
主人が怒鳴る。
俺は両手で無事な魔灯を見せた。
「俺じゃないです」
「分かってる。助かった」
主人は受け取った明かりを抱え、階段を見た。
「私が探すから、二人とも――」
「あんたが持っても、明るいことに変わりはないだろ!」
主人の足が止まった。
「これで探してみる」
アオが暗い魔灯をつけた。
◇
相部屋には、布団を頭までかぶった客が何人もいた。
袋をなくした男の寝台へ、アオが灯りを近づける。
「あった」
男が下へ手を伸ばし、袋を引っ張り出した。
隣の客が、目の上から腕をどける。
「それなら、まぶしくない」
アオは魔灯を持ち上げた。
部屋の奥では、もう誰かが寝息を立て始めている。
主人が灯りから離れ、また戻ってきた。
「本当に近くしか照らさないんだな」
「売れ残っていた商品なんです」
ミナが説明すると、主人は意外そうに魔灯を見た。
「普通の家には暗すぎるだろうな。だが、うちには合うかもしれん」
「買うか?」
「それは別だ」
アオの伸ばした手が止まった。
「壊れかけだから暗いのかもしれない。客へ渡して、夜中に消えたら困る」
「一晩使えると、商品札にはあります」
「疑っているわけじゃない。宿の金を使うなら、自分の目でも確かめたいんだ」
主人は魔灯を見たままだった。
欲しくないわけじゃない。
「なら、今夜使えばいい」
アオが言った。
「役に立ったら、明日の朝に払え」
「待って。私たちだけで決められないわ」
ミナが止めた。
アオは一度、魔灯の商会札を見た。
「ベルンさんに聞いてくる」
◇
「売るのではなく、貸すのか」
戻ってきた俺たちを、ベルンは椅子から見た。
「持って逃げたら?」
「宿屋ごと逃げるのは難しい」
アオが答えると、ベルンは少し笑った。
「借りていないと言われたら?」
「先に信用する」
「都合のいいところだけ覚えたな」
ミナが紙を取った。
「約束を残します。宿と主人の名前、貸す一個の商品。明日の朝に買うか返すか決めてもらうことも」
「壊したら?」
「代金を支払う。条件を読んでもらって、署名をもらいます」
ベルンがうなずいた。
「なら、貸していい」
アオが魔灯を抱え直した。
ミナは紙を丁寧に畳む。
誰かを信じるために、今度は自分の手で約束を残そうとしていた。
◇
宿へ戻ると、主人は貸出票を読み、何度か条件を確かめた。
「本当に、今は払わなくていいんだな?」
「ああ」
ベルン商会の札を見てから、主人が署名する。
「よし。一晩、使ってみよう」
俺たちは、金を受け取らずに宿を出た。
髪飾りを売ろうとしていたときなら、手元から品物だけがなくなるなんて、考えられなかった。
◇
翌朝、宿の机には、あの魔灯が置かれていた。
「返すのか?」
アオが聞く。
「いや。昨夜は本当に助かった」
主人が灯りをつけた。
「遅く帰った客も、朝方に水を飲む客も、隣を起こさずに済んだ。使用人も、廊下で部屋番号を確かめられた」
壁に並んだ客室の鍵を指さす。
「これを含めて、あと何個ある?」
「二十三個。ここに一個、倉庫に二十二個です」
ミナが答えると、主人は財布を出した。
「全部買う」
「全部?」
俺の声が大きくなった。
「一晩使って確かめた。客から苦情が出るたび、代金を返すより安く済む」
机に硬貨が並ぶ。
ミナが数え直し、貸出票へ『購入』と書き加えた。
「残りを今日中に届けてくれ」
「はい!」
俺は返事をしたあとで、アオの肩を叩いた。
「おい、全部だぞ」
「聞こえた」
「一年間売れなかった物が!」
「聞こえてる」
アオも、いつもより早口だった。
◇
「私は、一個を売ってこいと言ったはずだが」
ベルンが注文書を見た。
「一個売ったら、残りの売り方が分かった」
「何が分かった?」
「明るいと困る人へ持っていけばいい」
アオが代金の袋を置いた。
「暗いところは、一つも直してない」
ベルンは注文書を読み直し、笑った。
「まさか、本当に全部売ってくるとはな」
俺はアオと顔を見合わせた。
もう、金貨百枚の頭が一度きりの結果だったとは、言わせない。
アオが小さな布袋に触れた。
そっちには、まだ売れていないヒナの髪飾りが入っていた。





