第2話
「悪意を向けた者に対する徹底っぷりが凄まじいというか」
「我が家とて侯爵家ですからね。度を過ぎた悪意を見過ごす訳にはいきません。一度見過ごせば味を占めるでしょうし、いつ同様の手段に出るかも分かったものではありませんからね」
「君の考えは理解しているさ。ただ、あまりに無駄のない動きと決断力は流石だなと」
ルーファス様はそう言ってお茶を一口飲んでから、私の顔色を窺うように眼鏡の奥で光る黄緑の瞳を向ける。
「どうせ、彼との婚約もどこかで破談にするつもりだったんだろう?」
「……さあ、どうでしょうか」
言葉を濁し、にっこりと微笑む私を見て彼は「全く、恐ろしい女性だ」と苦笑した。
「それで。兄ではなく私に御用というのは? 婚約の申し出ですか?」
淡々と用件を問えば、カップに口をつけたままだったルーファス様がゴフッと、とても上位貴族とは思えない品のない音を立てた。
彼はすぐに謝罪の意を込めて片手を上げ、数度むせてから先程までと同様の顔つきで微笑む。
今更涼しい顔をしても取り乱した瞬間がなかったことになる訳ではないのだが。
「違いましたか? ルーファス様はまだ婚約者をお選びになってはおりませんし、この時期にわざわざ私を訪ねるという事は、つまりそういう事なのだろうと思ったのですが。出自よし、品性よし、学力よしの三拍子ですし」
「君って奴は、もう少し恥じらいだとか謙虚さだとか、そういうものはないのか……」
「客観的な事実とそれに基づいた推測を述べたまでですが」
「うん、どうやらないらしい」
「今更でしょう。それとも私にきゅるるんとしたあざとさでもお求めですか」
「正直怖いもの見たさはあるな」
「ご冗談を」
ルーファス様との付き合いも決して短くはない。
兄のついでに顔を合わせる程度だから、そこまであう頻度が多い訳ではないが、私の性格など既にわかり切っているだろうに。
さて。部屋の後方で控えていた護衛や使用人が思わず吹き出しそうになってしまうような、テンポ感の良い軽口の応酬を何度かしたところで。
ルーファス様は咳払いを一つした。
本題に入るという合図だろう。私は彼を見つめて口を閉ざす。
「結論から述べるのであれば、君の予想通りなのだが。君の力を我が家に貸して欲しい」
「構いませんよ。最近流行りの病の件ですよね」
最近、我が国の一部地域では原因不明の病が流行っている。
ルーファス様のお父君が治めている公爵領でも、富裕層を中心に患者が増加しているという話は知っていた。
おまけにルーファス様は上位貴族でありながら医学に精通したお方だ。
彼が持つ能力、そして彼を取り巻く現状……それらを鑑みれば、何故他者の助力を求めているのかはすぐに理解できた。
だが詳細を語るより先に状況を理解した私の言葉にルーファス様は驚いたようだった。
彼は目を瞬かせてから、屈託のない笑みを見せる。
「全く、君には敵わないな。その通りだ」
「私の専攻は魔法学であり、医学的な領域ではあまりお力になれないとは思いますが」
「もう粗方悟っているんだろう。君のその、魔法学の知識を借りたいんだ。それと、君は一年次に作成した論文は新たな着眼点や発想力が高く評価された。俺自身も目を通したが、他者が着目しない点から結論を見出す君の能力は未知の存在と対峙する上で重宝すべき才能だ」
「わかりました。では可能な範囲で協力しましょう。流行り病については我が領地でもいつ広まるか分かりませんし、治療法や原因が発覚するのは私としても望ましい事ですから」
「助かるよ。流行り病の件が無くとも、君のような人物を他所に取られるのはあまりに惜しいからな。君が一人身になったのはこちらとしては都合が良かった。……これから、よろしく頼むよ」
「ええ」
ルーファス様は私へ手を差し出す。
それを握り返しながら、私は彼へ微笑み掛ける。
「欲しいのは、私の才能だけですか?」
「……さて、どう思う?」
明確な答えを言わない彼の反応を見て、私は静かにほくそ笑んだのだった。
***
それから私達はすぐに婚約を交わし、私はルーファス様の屋敷で彼と共に流行り病の研究に打ち込んだ。
互いに自分に興味がある分野に没頭しがちな研究者気質という事もあってか、ルーファス様と私の関係は非常に良好であった。
時折意見がぶつかり合う事もあったけれど、あくまで意見交換の延長であり、感情論を持ち込まないし、その後の関係に引きずらない。
研究時はビジネスライクな関係を築きながらも、プライベートでは軽口も交えるような心地よい関係である彼と過ごす時間は私にとって替えの利かない、大切なものとなっていた。
さて、共同で研究を進めるようになって半年が過ぎた頃。
私達は流行り病の原因と治療法の解明に成功した。
想定より非常に早く発見できたのは互いの良好な関係と、また私が協力する前からルーファス様や彼の周辺の協力者達の懸命な研究結果のお陰だろう。
流行り病の原因はこれまで当然のように普及していた魔法技術。
魔法を学ばない者であっても簡単に用いることが出来る魔法の中に、人体に悪影響を与えるものが存在したのだった。
私とルーファス様はすぐにこの事実を国へ報告すると同時に、流行り病が広まっている地域へは国が動くのを待つより先にこの事実を伝えた。
殆どの地域はこの忠告を聞き入れ、すぐに対策を講じた。
しかし、先んじて発信したこの話に一切耳を傾けない地域もまた、存在した。
それが――コンスタントの領地だというのだから、私は大体の状況と対策を打たない理由を悟り、呆れかえるしかなかったのだった。




