第3話
コンスタントも、その両親である侯爵夫妻も、自分達の立場を悪くさせた私をよくは思っていなかった。
「領民の為にもどうか、賢明なご判断を」
ある日の事。
流行病の拡大という問題を抱えておきながら王都の夜会に参加するコンスタントへ、私は直接忠告をした。
しかしどれだけ予防と治療法、それらの必要性を論理的に説明しようとも彼は耳を傾けなかった。
「ハッ、俺との婚約がなくなった当てつけに自分の有用性を示そうとしたってそうはいかない! 俺はお前の本性を知っているんだ!」
正直、話にならなかった。
私はすぐに彼の家の領地の問題をルーファス様に相談した。
此度の流行病は解決策さえ講じる事ができれば恐れるべきものではない。
しかし誤った認識を貫き、原因に繋がる要素を排除できなければ更なる犠牲者が増える危険を秘めた問題だった。
コンスタントや、私を敵視している彼の周りがどうなろうが、正直知った事ではない。
しかし生まれ育つ場所を選べない領民が、領主らの私情に巻き込まれて危険に晒されるのは流石に哀れだ。
加えて、国全体で病の原因を取り除けなければ、対策を怠っている土地からきちんと対策を講じている領地へと病は拡大する。
これは彼らの領地だけの問題ではないのだ。
「その様子だと、君からの忠告に彼らが耳を傾ける事はないだろう。それどころか、君の功績によって見つかった病への対抗策もでっち上げだと耳を傾けない始末だ」
「申し訳ない限りです。彼との不和がここで問題になるなんて」
「君のせいではないだろう。どのような理由や想いがあったとしても、事態を客観的に見て、最善を尽くすのが領地を治める家の使命だ。そしてそれを成し遂げる器のない彼らの存在こそが問題なんだ」
ルーファス様はそう言うと早速、コンスタントやその両親を経由しない方法で流行病に関する情報を流すべく、彼らの領地へ人を派遣する手筈を整えた。
***
それから一ヶ月が経った頃。
最後まで病が広がっていたコンスタントの領民達はルーファス様が派遣した者達から病の原因や対策を聞かされ、それが噂として広がる形で事態は収束へと向かった。
しかし領民の苦しみから目を逸らし、コンスタントや彼の両親が流行病に対して取り組むべき対策を怠ったという事実は国王の耳にも届き、収束しかけていた病を危うく再び広めかねない事態となるかもしれなかった事に対し追及が行われた。
結果、コンスタントの両親は爵位を廃されて領地から追い出される事となった。
彼と懇意にしていたリネットも、婚約破棄の騒動から更に立場を悪くする事だろう。
近いうちに社交界での居場所を失う事は確実であった。
さて。
そのような背景があり、国王より直々に処罰を聞かされたコンスタント達が謁見の間から退室する際、彼らは私とルーファス様とすれ違う。
私達は此度の流行病の感染の縮小に貢献した者として歓迎される形で王宮に招かれていたのだ。
「な……ッ、え、エルシー……!」
私の姿を見た途端、青白い顔をしたコンスタントの顔が醜く歪み、真っ赤になる。
しかし彼から紡がれる言葉はない。
当然だ。
私はきちんと彼に忠告していた。
研究の結果もその必要性も余す事なく伝えたのだ。
それを聞き入れず無碍にしたのはコンスタント達。
彼らは私が気に入らないという理由だけで耳を塞ぎ、結果として全てを失ったのだ。
「エルシー、行こう」
「はい」
こんな奴らなど放っておけばいい。
そう告げるように、ルーファス様が私の手を取り、謁見の間の扉へ向かって歩き出す。
コンスタントとすれ違う際、擦り切れてしまうのではないかという程に歯を噛み締めていた彼の鋭い視線に辟易とした私はそれを横目で追いながら呟く。
「――だから、忠告してあげたのに」
溜息混じりに呟いたその言葉は、彼にとって最大の屈辱を味合わせる事となったらしい。
「エ、エルシィィイイイッ!!」
半狂乱になり叫び、彼は私へ掴みかかろうとする。
それを止めたのはルーファス様だった。
彼は私の前に出ると容赦ない膝蹴りを彼の顎に食らわせる。
「グゴォッ」
「よくも、未来の公爵夫人を害そうなどという考えが持てたものだ」
周囲に立っていた王宮の騎士へ、ルーファスは彼を摘み出すよう指示する。
コンスタントはあっという間に捕えられ、私から引き離されるようにして両親共々、その場から姿を消した。
これ以上罪を重ねようとしてどうするつもりなのか、と私は元婚約者の愚かさに呆れ返ってしまうのだった。
***
流行病の感染が治まり、王宮から多額の報酬と名誉を得た私達は漸く一息吐けるいとまを手に入れた。
私とルーファス様は客室のテーブルを挟んでお茶を飲み交わしている。
「さて。そろそろ残しておいた議題を進めよう」
かちゃりと音を立てて、ルーファス様がカップを置く。
一方の私は素知らぬ顔をしながらカップに口をつけ、彼の様子を窺っていた。
「状況も落ち着いてきた頃合いだ。そろそろ俺達の関係を進めても良いだろう?」
「私達の関係というのは」
「わかっている癖に」
ルーファス様が呆れたように苦笑する。
そんな様子が少し愉快で、私はくすくすと笑った。
「婚姻関係を結ぼう」
私はカップの裏でうっすらと笑みを湛える。
彼から告げられたのは、ずっと、待っていた言葉だった。
「それは、今後の互いの利益の為に?」
相変わらず知らん顔でそんな事を問うてみる。
するとルーファス様は意地悪く口角を持ち上げて言った。
「さて、どう思う?」
どこかで覚えのあるやりとり。
けれど今回ばかりは、ここで切り上げるつもりはない。
私は笑みを深め、カップを置いてから答える。
「少なくとも私は、理屈ではなく感情的な理由でルーファス様を求めていますが」
刹那、ルーファス様の目が見開かれた。
「ルーファス様は違うのでしょうか」
白々しく、そしてしおらしく、そんな風に問う。
するとすぐに立つ瀬をなくした彼が困ったように額に手を当て、息を吐くのだった。
「全く……。この手の駆け引きでは、君に勝てる気がしないな」
そう告げるルーファス様の頬が少し赤いことに気が付いた私は、自身の胸が躍っているのを感じていた。
「では」
「ああ、もう下手なやりとりをするのはやめだ」
ルーファス様はそう言って席を立つと私のそばまで距離を詰める。
そして私の手を取ると――その甲に口付けをした。
「俺は、君を一人の女性として愛している。だから――結婚してくれ」
私の心はトクトクと心地よい速度で脈打っていた。
けれど、なんだかそれが彼にバレてしまうのは恥ずかしくて……私はまだこの事実を隠しておく事にする。
「よろこんで」
代わりに私はそう答え、耳の縁を赤くするルーファス様を愛おしく想いながら、彼の手を握り返すのだった。
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