第1話
婚約者のコンスタントは、私の言葉には決して耳を貸さない男だった。
互いに侯爵家という共通する出自でありながら、彼は私を女だからという理由で見下し、人前で侮辱し、私の助言の全てに難癖をつけては誤りと定めた。
我が国では数十年前から性別による差別を見直す動きが強まっていたが、そうはいっても長年続いた価値観を変えることが出来ない家は少なくない。
コンスタントの家もその一つだった。
そのような環境で育ったが故に、「女は男を立てるもの」という考えを抱き続ける事となった彼は、何か一つでも私が彼より秀でているものを持っていると、それを面白くはないと感じて私を遠ざけようとした。
男尊女卑は今や時代遅れの考えとなりつつあったし、何より私自身が女である事もあり。
当然、彼のそのような在り方に私は大きな不満を抱いていた。
彼に敬うべきものを見つけることも出来なかった私は決して下手に出る事はしなかった。
私とて侯爵家の生まれの貴族。そしてこの平等な世で理由もなく異性へ遜る必要性も存在はせず。
堂々と振る舞ってた私の態度は彼の不快感をより強めたのだと思う。
幼い頃から繋がりを持っていた私達の関係は、成長するにつれて徐々に冷ややかなものとなり、その溝は修復不可能な程に深まっていた。
そんなある日の事だ。
「エルシー! お前との婚約を破棄する!」
四年制の王立学園に入学し、二年が経った頃の事だった。
私は学園の中庭、大勢の生徒の前でコンスタントにそう告げられた。
彼の隣には愛らしい小柄な少女の姿があった。
彼女は子爵令嬢リネット。
家柄も学力も私には大きく劣るが、その愛嬌や異性の心を掴むコミュニケーション能力に関しては非常に優れた少女だった。
一昔前まで当然のように存在していた「男性を立てる女性」として振る舞う彼女はそれこそが自分の武器である事を自覚していたのだろう。
彼女は己の強かさを隠して婚約者と不仲であったコンスタントへ言い寄り、あっという間に彼を虜にし、婚約者としての立場を手に入れるべく私と別れるようにと彼を唆した……といったのがここに至るまでの経緯だろう。
「お前のような女が学園で首席を取り続けるだなんて、あり得る訳がない! 試験に不正を働いたに決まっている! 由緒正しき名門校で忌むべき愚行を繰り返すような、浅ましい女との婚姻など、到底認められる訳がない!」
「そう」
長々とした主張を軽く聞き流し、私は短く相槌を打つ。
その態度が気に入らなかったのか、彼は怒りを露わにして口を開くが、それよりも先に私は言葉を発した。
「では、たった今、貴方が話した主張を理由に婚約解消の手続きを進めましょう。当然、慰謝料は頂く事になるでしょうけれど」
「な……っ、い、慰謝料だと……!? 何故こちらがそんな金を払わなければならないんだっ!」
「当然でしょう? 両家での契約を一方的な理由で反故にした事、加えて私の立場が悪くなりかねない偽りの罪を擦り付けようとした名誉棄損……。それぞれに対する慰謝料を請求するのは我が国の司法に則った、当然の主張だもの」
「名誉棄損だと? 白々しいっ! こちらはお前の悪事を晴らしているだけだというのに……っ!」
「そう思うのであれば家の伝手でも使って調査でも何でもしては如何? 証拠があれば学園も動くでしょうし、ここは王立学園ですから、成績の改竄や不正などが事実であれば国の問題としても私は裁かれるでしょう。勿論、これらが冤罪だった場合には寧ろ相応の罪を被る事にはなると思いますが」
「……っ!」
コンスタントの顔が強張る。
私が不正をしたに違いないという点については少しも疑っていないのだろうが、証拠がある訳でもないのだろう。
当然だ。私は自らの才能と努力で成績首位を維持し続けているのだから。
「当然、こちらも法的処置は取らせていただきます。お互い様ですからね。それでは、法廷でお会いしましょう」
「なっ、おい、待て――」
これ以上何を話す事があるのか。
私は呼び止めるコンスタントの声を背に、さっさとその場を後にするのだった。
***
結論を述べるならば、私とコンスタントの間で婚約の解消は成立したし、慰謝料もこちらの要望通りに請求することが出来た。
コンスタントは私の試験結果が不正によるものであるという証拠を用意する事は出来なかったが、私側は一方的な婚約破棄を迫られた瞬間も、証拠が存在しない罪をでっち上げられた瞬間も目撃していた証人が山程いた。
当然の結果だった。
莫大な慰謝料の支払い義務を負い、また国から罪を告げられたコンスタントやその家はあっという間に貴族社会での立場を悪化させ、彼は愛するリネットと新たに婚約を交わせたというのに全く幸せではなさそうだとか。
自分の社会的地位を守り、またついでにたんまりとお金ももらった私としてはもう関係のない話なので、コンスタントのその後については他者を経由して耳に挟む程度で、全く興味もないのだが。
気にしていなくても耳に入る程度には、彼の愚かな行いは社交界で噂になっていたのだ。
「それにしても、えげつないな」
そういって笑うのは公爵家嫡男のルーファス様。
兄の学友であり親友である彼は、慰謝料諸々の争いが落ち着いた頃に我が家を訪ねて来た。
後継の為に父の仕事を覚えている最中で忙しくしている兄の様子でも見に来たのかと思ったが、何故か彼は私に用がある様だった。
そして応接室でお茶を飲みながら最近の近況を世間話のように語っていたところ、彼がくつくつと喉の奥で笑いだしたのだ。




