ただのキモいオジサンだよ
「お兄ちゃんって強いんだね!」
帰ってきて早々、水分を補給しようと水をコップに移していると告げられた言葉。ある程度予想はしていたが、やはり言ってきたか。別にどう思われようがどうでもいいが、面倒ごとは嫌いだし誤魔化しておこう。
「強くないよ」
誤魔化す上で大切なことは、相手がどこを見てそう思ったかを見抜くことだ。まず一つ目、僕が登場するのと同時に腕が切れたから、これはなんとでも誤魔化せる。二つ目、僕がそれっぽいセリフを吐いていたから、これは少し難しいが上手くハマれば誤魔化せる。三つ目は……いやこれはないだろう。
「でも枝で悪魔さんの腕斬ってたじゃん!」
「ぶふッ」
僕は思わず口に含んだ水を吹き出した。なんだこいつ、僕に水を吹かせる名人なのか? と、そんなことはどうでもいいのだ。それより……。
「え、僕の攻撃見えたの?」
「当たり前じゃん」
ルアは誰でも見えるでしょ、と言わんばかりの顔で僕を見た。うーん、あの上位悪魔ですら全く見えてなかった攻撃速度だったのにそれを見切るとは。動体視力だけなら勇者並みと言っていい。魔王討伐とかなんとか言っていたが、こいつ本当にやりかねない。まあ魔王がいないからできないが。
「まあ少しね。あいつは普通の大人なら誰でも倒せるくらい弱いんだ」
「えー! 魔王じゃないの?」
「あれはただのキモいオジサンだよ」
とりあえず適当に言葉を並べて誤魔化してみたが、どうだろうか。日本語で言う「キモいオジサン」でも、この世界では通じない。少しくらいふざけても悪魔相手だし、バチは当たらないだろう。
「キモいオジサン?」
「うんうん、スライムより弱い魔物なんだ」
「でもすごいよ! それにルアのこと守ってくれた!」
別に守ったわけではない。ただ気まぐれでついていっただけだ。
「私もお兄ちゃんみたいに強くなりたいなぁ」
ルアは目をキラキラ輝かせて、とてつもなく希望に満ちた瞳を僕に向けた。僕には一生戻らない瞳だろう。でもまだルアには輝きがあり、僕のようなゴミではない。でも、だからこそ不用意に力を貸したくはない。簡単に手に入る強さほどつまらないものはない。
「お兄ちゃん、教えて?」
ルアは案の定上目遣いで僕を見つめると、瞳を震わせて可愛くおねだりする。僕が本気で教えれば1ヶ月で強くなれるだろう。僕は教えるのには自信があるからだ。ただ、それでは予想の範疇の成長にしかならず、少なくとも絶対に僕を越すことはできない。そんなのは1番つまらない。
「素振りしてみたら?」
「お兄ちゃん……」
ルアは顔を下に下げた。
やべ、またバカにしてるって怒られるやつだ。
「天才じゃん!!」
そしてパッと顔を上げると、燃えたような瞳で僕を見る。そのまま外に飛び出していき、また木の枝探しを始めた。呑気なようで何よりだ。あんなに楽しそうにして、少しだけ、本当に少しだけ羨ましく思ってしまう。せっかく転生させるなら剣の実力なんて最初からでよかった。いや、それを言うなら僕はまずまず転生なんてしたくなかった。
ただ僕は、普通でいたい。




