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元・傲慢令嬢は二度目の人生で平穏に暮らしたい! 〜地味な加護だと思っていたら、神の権限を解読できる力でした〜  作者: 星きあさ
第2章 魔法学園編

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第70話 屑の自白


 東屋の椅子に座るローレンツを見つけ、リディアは足を止めた。


 秋風に吹かれて、深い焦げ茶色の髪が揺れている。足元には色づいた庭木の葉が散り、東屋の床に薄く積もっていた。ローレンツはただ、ぼんやりと庭の奥を眺めている。


(……見つけた)


 カレンは医務室と事務室を当たっている。ここに来たのは、自分ひとりだ。

 それでも、引き返すつもりはなかった。


「……ローレンツ様、何をしていらっしゃるのですか?」


 声をかけると、ローレンツの肩がびくりと動いた。

 少し間を置いてから、ゆっくりと振り返った。


「リディア嬢こそ、ひとりでどうしたの?」


 その声は、いつもと変わらず穏やかだった。


「ローレンツ様を探しに来たんです」


「……そうか」


 ローレンツは口元をわずかに緩めた。

 その表情が何を意味するのか、リディアには読み取れなかった。


「礼拝堂の暖炉でトレーカが燃やされて、毒の煙が出たんです。大変だったんですよ」


「ああ、そうだったんだ。それは大変だったね」


 ローレンツは特に驚きもせず、相槌を打った。


(誰かが怪我をしたかもしれないのに、お尋ねにならないのね)


「フィオナ様が心配されていましたよ。ローレンツ様も巻き込まれたのではないかと」


 フィオナの名を聞いた途端、ローレンツはうつむいた。


「フィオナ様は……無事だったんだね」


 その声は、かすかに震えていた。


「ええ、ご無事です」


「そうか。よかった」


 ローレンツの指先が、そっと目元に触れた。


(涙……?)


 その仕草を見た瞬間、リディアの中で何かがぷつりと切れた。


(フィオナ様を、本当に心配していたというの?)


「ローレンツ様。フィオナ様の命を狙っておきながら、涙を流していらっしゃるのですか?」


 ローレンツの動きが止まった。


「……まだ、誰がトレーカを燃やしたのか分かっていないと思うんだけど」


「ええ。ですが、ローレンツ様が手引きされたのではないかと思っています」


 証拠があるわけではなかった。

 憶測だけで問い詰めたと知れば、トビアスには叱られるだろう。それでも、こみ上げる怒りを抑えられなかった。


「……僕は誰の手引きもしていないよ」


「では、言葉巧みに誰かを操ったのですか? 記憶の操作はお得意のようですものね」


 ローレンツは唇を噛み、視線を落とした。

 やがて、意を決したように顔を上げた。


「……君が精神干渉魔法の解除までできるとは思っていなかったよ」


「なぜ、それをご存じなのですか?」


「君とトビアスが僕を疑っていたことも知っている。この国の情報は、グラウ家がすべて把握しているんだ」


(王国裁定院での出来事は、トビアス様にお願いして伏せていただいたのに……。グラウ家には伝わっていたのね)


「そうですか。では、今回もベアトリクス様のときと同じように、誰かを利用したのでしょう?」


 ローレンツは深く息を吐いた。


「今回は誰も利用していない。トレーカを燃やして、フィオナ様の命を狙ったのは僕だ。二度も失敗するなんて、自分の無能さに嫌気が差すよ」


 その顔からは、すっかり笑みが消えていた。


「なぜ、グラウ家が次期聖女であるフィオナ様の命を狙うのですか?」


「次期聖女のお守りに疲れたんだ。グラウ家は関係ない」


「嘘をついても無駄です。あなたが、そんな理由で人の命を奪おうとする方ではないことくらい、分かっています」


「何も分かっていないよ。僕は屑なんだ。ベアトリクス嬢を利用して罪を犯すよう仕向けておきながら、自分は何食わぬ顔で、殺そうとした相手の隣で笑っている。気持ち悪い人間だろう」


 吐き捨てるように言うローレンツの顔は、苦痛に歪んでいた。


(こんなお顔、初めて見た……)


 フィオナの隣にいる間、ずっと苦しんでいたのだろうか。

 優しい言葉をかけられるたびに、罪悪感に苛まれていたのだろうか。


 だが、どれほど苦しんでいようと、フィオナを殺そうとした事実は変わらない。


「ローレンツ様。グラウ公爵のご指示ですね?」


「……違う。僕自身の判断だ」


「私、自白させる魔法も得意なんですよ」


 リディアは、あえて穏やかな声で告げた。


 実際には、自白させる魔法など知らない。ただのはったりだった。

 だが、ローレンツの目に動揺が走った。


 しばらく黙り込んだ末に、彼は重い口を開いた。


「……それが、国のため、民のためになると言われたんだ」


「フィオナ様を殺すことが、ですか?」


「そうだよ」


(なぜ、フィオナ様を殺すことが国のためになるの? 国の宝とまで言われている方なのに)


 グラウ家がフィオナの命を狙っているとしたら、その理由は何なのか。

 これまでも考えてきたが、納得のいく答えは見つからなかった。


(フィオナ様が国家転覆を企んでいるとも思えない。いったい、どうして……)


「フィオナ様は、力が強すぎるんだ」


「……力が強いのは、よいことではありませんか?」


「ご本人に野心がなくても、周囲の人々が彼女を特別視して集まってくる。そうなれば、王家や既存の秩序を脅かす存在になる」


「そんな……」


 いつか、そうなるかもしれない。

 ただそれだけの理由で、命を狙われているというのか。


 リディアは言葉を失った。

 ローレンツも、それ以上は何も言わなかった。


 東屋を吹き抜けた風が、床に落ちた葉をさらっていく。


「……では、なぜ今回は、ご自身の手でトレーカを暖炉にくべたのですか?」


「ベアトリクス嬢のように、僕のせいで不幸になる人を、もう増やしたくなかったんだ」


 ローレンツは、自分の手のひらに目を落とした。


「……誰かに汚れ役を押しつけることも、その人の人生を背負うことも、僕の器では耐えられなかっただけだよ。だから、フィオナ様はこの手で殺すしかないと思った。恨むなら、僕だけを恨んでくれればいいと……」


 その表情には、悔恨がにじんでいた。

 けれど、どこか安堵しているようにも見えた。


「ローレンツ様が王国裁定院で裁かれても、グラウ家はフィオナ様を狙い続けるのでしょうか?」


「恐らく、そうだろうね」


(グラウ公爵は、ローレンツ様を犠牲にしてでもフィオナ様を殺したいということ? 理解できない……)


 ローレンツを裁くだけでは、終わらない。

 フィオナの命が狙われ続けるのなら、それを防ぐ手立てが必要だった。


「……フィオナ様は、ローレンツ様が巻き込まれたのではないかと、本気で案じていらっしゃいました。ご自分を殺そうとした方の無事を、祈っていたんです」


 ローレンツの喉が、小さく動いた。


「……それは、知りたくなかったな」


「いいえ、知るべきです。あなたが命を奪おうとしたのは、そういう方なのですから」


 ローレンツは何も言わず、唇を引き結んだ。


「そして、どれほど悔やんでも、あなたのしたことが許されるわけではありません」


「……分かっている。許されようとは思わないよ」


「ローレンツ様。私はフィオナ様を守りたいのです。そのために、あなたの知っていることを教えてください」


「……それなら、取引をさせてもらえないだろうか」


「取引……ですか?」


「そんなことを頼める立場じゃないのは分かっている。それでも、僕の頼みを聞いてもらえるなら、グラウ家について知っていることは話すよ。僕にできる範囲でなら、動くことも約束する」


 指輪にも、先ほどから反応はない。ローレンツがリディアに精神干渉魔法をかけてくる様子もなかった。


(信じていいの……? 分からない)


 それでも、彼から情報を得る機会を逃すわけにはいかない。


 リディアは返答をためらった。だが、ローレンツはもう目を伏せず、まっすぐにこちらを見ていた。


「まずは、お話を聞かせていただけますか。お受けするかどうかは、その後で判断させてください」


「もちろん。それでいいよ」


 ローレンツは頷いた。


「グラウ領の南のはずれに、古びた屋敷がある。そこの地下に幽閉されている少女を助けてほしい」


「少女……?」


 リディアが眉をひそめて聞き返したとき、庭の小道から慌ただしい足音が近づいてきた。


「リディア様! ローレンツ様を見つけたんですね!」


 先に駆けてきたカレンが声を上げ、その後ろからトビアスも姿を現した。二人とも、少し息が上がっている。


「ええ。東屋で休まれていました」


 そう答えながら、リディアはローレンツに視線を戻した。


(今、すべてを二人に話してしまっていいのかしら)


 真実を明かせば、ローレンツは裁かれる。そうなれば、彼の協力を得てグラウ家の内情を探ることも、難しくなるかもしれない。


 彼のしたことを許すつもりはない。

 けれど、今ここですべてを明かすことが、フィオナを守ることにつながるとは限らなかった。


 リディアの迷いを察したのか、ローレンツが先に口を開いた。


「トレーカを燃やしたのは、僕だよ」


「えっ」


 カレンとトビアスが、驚いた顔でローレンツを見る。


 ローレンツの視線が、ちらりとリディアに向いた。何を話しても構わない、とでも言いたげな目だった。


 自ら罪を認めた彼を見て、リディアは小さく息を吸った。


(……フィオナ様を守るために、今は彼の持つ情報が必要だ)


 罪を見逃すのではない。今だけは、真実を伏せるのだ。


「……ただ、ローレンツ様は、トレーカを燃やすと毒の煙が出ることをご存じなかったそうです」


「え?」


「お香があるでしょう? トレーカを燃やせば、礼拝堂にさぞよい香りが満ちるだろうと思われたそうなんです」


 リディアは眉を下げ、困ったように微笑んでみせた。


 一瞬、トビアスの視線が鋭くなった。

 彼はローレンツの顔を見たあと、確かめるようにリディアへ目を向けた。


 リディアはその視線を受け止め、小さく頷いた。

 トビアスは眉を寄せたものの、それ以上は問いたださなかった。


「……そうだったんですね」


 カレンはほっと息をついたが、すぐに表情を引き締めた。


「でもローレンツ様、今回は大事に至らずに済みましたが、とても危なかったんですからね? 今後は気をつけてくださいね」


「ああ、本当に申し訳ない」


「……まったく、君は意外と、とんでもないことをしでかすんだな。学園には先に報告してしまったから、君の口から直接、何があったか説明してくれ。それと、フィオナ様にもきちんと謝っておくんだぞ」


 トビアスはそう言って、ローレンツの肩を強めに叩いた。


「すまない。分かったよ」


 ローレンツの声は少し震えていた。

 彼は再び、目元に軽く触れた。


 四人は、礼拝堂のほうへ向かって歩き出した。

 その道すがら、トビアスが小声でリディアに尋ねた。


「どうして、ローレンツの居場所が分かったの?」


「逃げ出したいのに逃げられない。ひとりになりたいのに、誰かに見つけてほしい。そんなお気持ちなのではないかと思ったんです」


 リディアは、先ほどまでいた東屋を振り返った。


「あそこなら、周りからの視線を避けられます。でも、完全に隠れてしまうわけではありませんから。もしかしたら、と思って。……本当に見つけられたのは偶然ですけれど」


「偶然でもすごいよ」


「ローレンツ様とは、思えば長い付き合いですから。お気持ちが少し分かったのかもしれません」


 トビアスは、どこか遠い目をした。


「そういえば、そうだったね」


 リディアは、少し先を歩くローレンツの背中を見つめた。


 彼が口にした、地下に幽閉されているという「少女」。

 その少女は、いったい誰なのだろう。


 茜色に染まりはじめた空を、数羽の鴨が連れ立って渡っていった。

 

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