第69話 美しい花が燃えた謎
「まず、トレーカが燃やされた件は、学園側に報告しておいたほうがいいな」
トビアスがそう切り出した。
「学園側……ですか」
リディアは考え込んだ。
ヴァルディア王立魔法学園は王家によって運営されているが、実際に王族が日々の運営にどこまで関わっているのかは、リディアにもよく分からなかった。
「とりあえずクラウス殿下に話そう。そこから学園長に伝えていただくのが一番早いと思う」
「そうですね」
三人はクラウスのもとを訪れ、先ほど礼拝堂で起きた出来事を説明した。
話を聞き終えると、クラウスの表情が険しくなった。
「分かった。私からすぐに学園長へ報告しよう。事故の可能性もあるが、有毒な煙が発生した以上、念のため教員たちとも相談する。必要であれば、王都警備隊にも連絡することになるだろう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
リディアが頭を下げると、クラウスはセドリックとともに学園長室へ向かった。
二人の背中を見送ったところで、トビアスがぽつりと言った。
「これで、午後の授業はおそらく休講だね」
「学園内で毒を含んだ煙が発生したのですから、仕方ありませんね」
カレンが答える。
三人は複雑な表情のまま、顔を見合わせた。
午後の礼法・社交の授業が憂鬱だったのは事実だ。
とはいえ、こんな形で中止になったところで、素直に喜べるはずもない。
「じゃあ、俺たちは俺たちで調べてみようか」
トビアスの言葉に、リディアとカレンも首を縦に振った。
まず探すことにしたのは、今朝、トレーカを運んでいた男子生徒だった。
「その生徒の特徴は覚えていますか?」
カレンに尋ねられ、リディアは朝の光景を思い返した。
「ええ。背はそれほど高くありませんでした。焦げ茶色の髪で、少しふくよかな方だったと思います。それから……一年生くらいに見えました」
「なるほど。では、一年生の教室から探してみましょう」
ちょうど昼休みだったため、三人は一年生の教室を順に見て回ることにした。
すると、ほどなくして見覚えのある姿を見つけた。
「……あの方です」
男子生徒は、一年生のBクラスにいた。
三人が声をかけると、彼は緊張した様子でこちらを見た。
「今朝、布に包んだ花を運んでいらっしゃいましたよね?」
リディアが問いかけると、男子生徒は目を瞬かせた。
「あ、はい。トレーカのことなら、僕が持ってきましたけど……」
事情を聞くと、彼は商家の息子なのだという。
「礼拝堂の神官様に頼まれたんです。珍しい花なので、普通の花屋ではなかなか手に入らないらしくて。今朝、家から持ってきて、神官様にお渡ししました」
「神官様に?」
「はい。……何かあったんですか?」
男子生徒は不安そうに、リディアたち三人を見比べた。
その様子を見る限り、少なくとも彼自身は何も知らないように思えた。
「ありがとうございます。少し確認したかっただけなんです」
リディアたちは礼を告げると、そのまま礼拝堂へ向かった。
礼拝堂では、すでに複数の教職員が暖炉の周辺を調べていた。
おそらく、クラウスから学園長へ話が伝わったのだろう。
しかし、肝心の神官の姿は見当たらない。
「神官様はいらっしゃらないようですね」
「どこかへ出ているのかしら」
カレンが辺りを見回した。
三人が礼拝堂の前で次にどうするか考えていると、少し離れたところから、こちらへ歩いてくる神官の姿が見えた。
「神官様!」
リディアが呼びかける。
「ああ、皆さん。どうされました?」
神官は足を止めると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。教会のほうで集まりがありまして、少し外しておりました」
「お尋ねしたいことがあります。今朝、礼拝堂へ届けられたトレーカについてなのですが」
「ああ、あの花ですか」
神官はすぐに思い当たったようだった。
「聖司教様がお好きな花だと聞きましてね。ちょうど今が見頃だということでしたので、礼拝堂に飾ろうと思ったのです」
「どちらで手に入れられたのですか?」
リディアは重ねて問う。
「それが、いつも利用している花屋には置いていなくて、困っていたのですよ」
神官はそこで、何気ない調子で続けた。
「そうしたら、ローレンツ様が珍しい植物を扱っている商家をご存じだというので、紹介してくださったのです」
「……ローレンツ様が?」
その名を耳にした瞬間、リディアは小さく息を呑んだ。
隣にいたトビアスも、わずかに表情を変える。
「はい。ちょうどお話しする機会がありましてね。とても親切に教えてくださいましたよ」
「そのトレーカは、届いたあと、どちらへ?」
「朝に届けてもらって、そのまま祭壇へ飾っておきました」
神官は事情を知らない様子で、穏やかに微笑んだ。
「とても美しい花でしたよ。ぜひ皆さんにも見ていただきたかったのですが――」
そこでようやく、神官は礼拝堂の中が騒がしいことに気づいたらしい。不思議そうに中へ目を向けた。
どうやら、トレーカがすでに灰になっていることすら知らないようだった。
リディアは、トビアスとカレンを見た。
トレーカは、朝のうちに神官の手によって祭壇へ飾られた。
その後、何者かが花を祭壇から持ち出し、暖炉へ移して火にくべたのだろう。
少なくとも、偶然燃えたわけではない。
そして、そのトレーカを手に入れるきっかけを作った人物は――。
(ローレンツ様……)
偶然と片づけるには、あまりにも出来すぎていた。
「ローレンツ様は、一体どこにいらっしゃるのかしら」
カレンが礼拝堂の中へ目を向ける。
昼休みには、いつもフィオナとローレンツが礼拝堂を訪れている。
けれど、今はどこを見てもローレンツの姿はなかった。
(フィオナ様なら、ローレンツ様がどちらにいるかご存じかしら)
フィオナは護衛の男とともに、教職員たちから話を聞かれていた。
やがて聞き取りが終わったのか、教職員たちがフィオナから離れていく。
リディアは彼女のもとへ歩み寄った。
「フィオナ様。ローレンツ様が今どちらにいらっしゃるか、ご存じですか?」
「箒が壊れてしまったので、新しいものをいただきに事務室へ行かれているはずですが……少し遅いですね」
フィオナは事務室のある方へ目を向けた。
「もしかしたら、煙を吸ってしまって、医務室へ行かれたのかもしれません」
不安そうに眉を下げるフィオナを見て、リディアの胸に複雑な思いが込み上げた。
(この事件にはローレンツ様が関わっているかもしれないのに、フィオナ様はローレンツ様を心配されている……)
「そうですね。まずは医務室にローレンツ様がいらっしゃらないか、確認してみましょう。念のため、事務室にも」
「では、わたくしが医務室と事務室を見てきます」
カレンはそう言うと踵を返し、一人で駆け出した。
「カレン様は速いな」
トビアスが驚いたように呟く。
「……ええ」
リディアは、遠ざかっていくカレンの背中を見つめた。
(カレン様の中にも、ローレンツ様を疑う気持ちが生まれてしまったのかもしれない。それを、少しでも早く否定したいのかしら……)
懸命に走っていくその背中を見ていると、胸が苦しくなった。
「……なんだか、彼らしくないと思うんだ」
トビアスがふと口にした。
「何がですか?」
「いや、『彼らしくない』という言い方は適切ではないな」
トビアスは考えをまとめるように間を置き、続けた。
「もしローレンツがこの事件に関わっていたとしても、彼なら何食わぬ顔でこの場にいると思うんだ。ここにいなければ、それだけで疑われる可能性があるからね」
リディアはその言葉に同意した。
「たしかにそうですね。ローレンツ様は、疑われるような行動を避ける方だと思います。……では、どうしてここにいないのでしょう?」
「それが、どうしても分からない」
「……もし、私が思っている理由なら、東屋にいるかもしれません」
「東屋?」
「少し見てきます。トビアス様は、ここでカレン様を待っていてください」
そう言い残して、リディアは走り出した。
向かったのは、学園の庭園にある東屋だった。
その周囲には、ダリアをはじめとした秋の花々が咲いている。
東屋が見えてくると、その中に一人の男子生徒の姿があった。
リディアは足を緩め、目を凝らす。
そこにいたのはローレンツだった。




