第65話 魔力の流れ
二年生から始まる選択授業で、リディアは魔道具に関する授業を選択していた。
窓際に並んだ作業机には、真鍮製の小さな部品や歯車、細い導線がところ狭しと置かれている。ほのかに油と金属の匂いが漂う教室で席についていると、横から声をかけられた。
「リディア嬢、隣いいかな?」
見上げると、そこにはカイが立っていた。
「もちろんです。カイ殿下」
「ありがとう」
そう言って、カイはリディアの隣に腰を下ろした。
「カイ殿下はすでに魔道具について豊富な知識をお持ちなので、こちらの授業は取られないものだと思っておりました」
ヴァルディア王国の魔道具技術は、ルグナス帝国に比べて遅れている。
正直なところ、リディアはこの授業を担当している教師よりも、カイのほうが魔道具について詳しいのではないかと、うっすら思っていた。
「帝国の魔道具についての知識はあるけど、王国の魔道具は帝国のものとは少し作りが違うからね。見ているとなかなか興味深いんだよ」
「えっ、そうなのですか。ちなみに……どのあたりが違うのでしょうか?」
興味津々といった顔をするリディアを見て、カイがニヤリと笑う。
「んー、秘密」
カイはもったいぶるように、ゆっくりと首を振った。
リディアはあからさまにがっかりした表情を浮かべる。
(もしかしたら、帝国が非公開にしている部分なのかもしれないし……仕方ないわね)
そんなやり取りをしているうちに教師が教室へ入ってきて、授業が始まった。
教師の合図で助手が生徒一人ひとりに配っていったのは、手のひらに収まるほどの小さな魔道具だった。金属の胴体に、薄い硝子細工のような二枚の羽が取り付けられている。羽の根元から胴体の中心まで、髪の毛ほど細い導線が幾筋も走っており、それが魔力の通り道になっているらしい。
簡易的な魔道具を一度分解し、教師の説明を聞きながら、再び組み立てていく。
隣のカイはあっという間に分解を終え、組み立ても難なく済ませてしまった。すでに時間を持て余している。
一方のリディアは、教師の説明をぶつぶつと繰り返しながら、細かい部品を何度も落としそうになりつつ、なんとか形にしていった。指先に嵌め込んだ部品がかちりと収まる感触に、ひとまずほっと息をつく。
「では、組み立てた魔道具を発動させてみてください」
今回扱っているのは、魔力を与えることで羽が動き、宙を飛ぶ小さな魔道具だった。
カイの魔道具はすぐにふわりと浮かび上がり、彼の目の高さで安定して飛んでいる。
対して、リディアの魔道具は羽こそ忙しなく動いているものの、机の上をバタバタと跳ね回るばかりで、一向に浮かび上がる気配がない。ガタガタと立てる音に、リディアは眉根を寄せた。
周囲を見渡してみれば、ほとんどの生徒が同じように苦戦していた。
(ちゃんと説明どおりに組み立てたはずなのに……どうしてかしら?)
リディアが首を傾げながら魔道具をさまざまな方向から確認していると、カイがそれをじっと見つめて言った。
「魔力の流れが途中で詰まってるね。どこか折れていたり、汚れていたり、傷がついていたりしないか確認したほうがいい」
「魔力の流れ……ですか?」
リディアは不思議そうに魔道具へ視線を戻した。
今度は、魔力が流れるはずの構造を意識しながら細部を確認していく。導線を指先でそっとなぞっていくと、一か所だけ部品の嵌まりが甘くなっていることに気づいた。
そこをしっかりと嵌め直し、もう一度魔力を流す。
手のひらの中で、羽がふるりと震えたかと思うと、次の瞬間、先ほどまで机の上で暴れていた魔道具が、すうっと音もなく宙へ浮かび上がった。
「飛びました! カイ殿下、ありがとうございます」
嬉しそうにカイのほうを向くと、彼はどこか目を細めるようにしてリディアを見ていた。
「リディア嬢の役に立てたなら何より」
「カイ殿下は、どうして魔力の流れが詰まっていると分かったのですか?」
「それも秘密かなー」
カイは再び、ゆっくりと首を振る。
(はぁ……また秘密なのね。私にも分かるようになるのか、教えてほしかったのに)
リディアは眉を下げ、またもや分かりやすくがっかりした顔をした。
「リディア嬢のがっかりした顔も、なかなかいいね」
「あら。カイ殿下の好みは歪んでいらっしゃいますのね」
「美しい顔は、どんな表情をしていても美しいからね」
「ふふ。ありがとうございます。そういうことにしておいてあげます」
軽口を叩き合いながら、リディアはくすぐったいような気持ちになった。
「カイ殿下は謎めいた方ですよね」
リディアの何となく口にした言葉にカイは一瞬真顔になり、いつもの表情に戻る。
「……そうなんだよね。謎めいた男って魅力的でしょ?」
そういってリディアの方へウィンクを投げた。
「ゴホン。カイ殿下、そのようなことは授業が終わった後でお願いします」
教師が気まずそうにカイに注意をする。
「申し訳ない。隣に美しい女性がいるものだから我慢ができなかった。今後は気をつけます」
カイの言葉に教室の生徒たちがどっと笑い、リディアは頬を赤らめながら苦笑した。
(カイ殿下の隣にいるのは恥ずかしいから、次回からは席を離したほうがいいかもしれないわね)
そんなリディアの内心を知ってか知らずか、カイは涼しい顔で机の上の魔道具を弄んでいた。




