第47話 年明けの学園
「エルヴィン公爵令嬢、おはようございます」
「リディア様、おはようございます」
「みなさん、おはようございます」
久しぶりの魔法学園。
前世とは打って変わり、Aクラスに所属し、試験でも上位の成績を収め、生活態度も優秀なリディアは、多くの友人たちに囲まれ、生徒たちの憧れとなっていた。
学園へ着いて馬車から降りると、多くの生徒たちが次々と挨拶をしてくる。
(前世では遠巻きにされていたのに、なんだか不思議な感覚だわ)
教室へ入ると、友人たちが連休中の出来事を楽しそうに語り合っていた。
「リディア様、おはようございます」
「リディア嬢、おはよう」
「おはようございます。みなさん、お早いですね」
リディアはカレン、セドリック、クラウスへ笑顔で挨拶を返した。
「リディア様は連休中、どのように過ごされていたのですか?」
「うちの領地は冬になると雪が多いから、魔法で除雪を少し手伝ったり、クリムゾンハートベリーを使ったアイスベリーワイン作りに挑戦したり、本を読んだりして過ごしていたかしら」
「クリムゾンハートベリーというのは、どのような果実なのですか? 私、恥ずかしながら初めて聞きました」
「クリムゾンハートベリーは、うちの領地でもごく一部にしか自生していない珍しい果実なの。たまたまドロガン様が散歩の途中で群生地を見つけてくださって、少しずつ栽培を始めているところなのよ。まだまだ手探りなんですけどね」
「以前お話を伺った、ドワーフの職人さんですね!」
皆が興味深そうに耳を傾けてくれたことが、リディアは嬉しかった。
「おもしろそうな話をしているね」
そこへ、カイとトビアスが加わってきた。
話に夢中になっていたリディアは、二人が教室へ入ってきたことに気づいていなかった。
「カイ殿下、トビアス様、おはようございます」
リディアは自然な笑顔で二人に挨拶をした。
(私、今、とても自然に挨拶できたわ! お母様にアドバイスをいただいたおかげかしら)
心の中で小さく喜ぶ。
表面上はいつもと変わらず振る舞えていたが、久しぶりに見る二人の姿に、リディアの胸は高鳴っていた。
(お二人とも、こんなに顔立ちが整っていて、格好よかったかしら? 会わないうちに、身長も伸びたのではなくて? 瞳も、こんなに魅力的な色をしていたかしら……)
口元が緩まないように意識しながら、皆との会話を続ける。
やがて始業の鐘が鳴り、それぞれが席へ戻っていった。
年明け最初の授業も、いつも通り始まった。
長い休みですっかり気が緩んでいた生徒も多く、教官の説明についていくだけで精一杯という者も少なくない。
そんな中、教壇に立った教官が、黒板へ力強く文字を書き込んだ。
『ダンジョン探索実習』
「今回の実習では、実際にパーティーを組み、魔物が生息するダンジョンを探索してもらう」
(あのダンジョン探索実習がやってくるのね)
リディアは、かつて自分がフィオナを陥れた、あの事件を思い出した。
(二度目の今は、まったく違う人生を歩んでいる。もう心配することはないはずよ)
胸に湧いたわずかな緊張を、自分に言い聞かせるように押さえ込む。
「クラス内で四人、あるいは五人のパーティーを組み、連携を深めることが目的だ。本番の探索実習までの数か月間、授業ではこの固定グループで行動してもらう。各自、最適と思われる構成を考え、提出せよ」
教室内が一気に騒がしくなる。
実力者同士で組もうとする者。家柄を重視して集まる者。
そんな中、リディアの席の周りには、いつもの面々が自然と集まっていた。
「リディア様、私が魔物たちからお守りいたしますわ」
「ええ、カレン様。心強いですわ。ですが、あなたの背中は私にお任せください」
カレンが凛とした笑みを浮かべる。その隣にはフィオナ、ローレンツ、そしてトビアスが、当然のように並んでいた。
「ちょうど五人だね。バランスも悪くない。早速だけど、役割を決めてしまおうか」
トビアスは羊皮紙を取り出し、さらさらと陣形を書き始める。
普段は飄々としている彼だったが、ペンを走らせる横顔は、いつになく真剣だった。
(この四人と一緒なら、安定したダンジョン探索ができそうね。それに、トビアス様と同じパーティーになれたことは、素直に嬉しいわ)
リディアはふと顔を上げ、教室を見渡した。
他のクラスメイトたちも、それぞれパーティーを組み始めている。
カイはクラウスやセドリック、ほかの優秀なクラスメイトたちと組むようだった。
(あちらのパーティーも、バランスが良さそうね)
リディアの視線に気づいたのか、カイと目が合った。
彼は、にこりと無邪気に微笑む。
思わず胸が跳ねたが、リディアはそれを悟られないよう、品のよい微笑みを返した。
(カイ殿下ったら、あんな無邪気な笑顔を向けてくるなんて……今のは危なかったわ)
小さく息を吐き、意識を授業の課題へと戻す。
(冒険者の基本的な役割で考えるなら、攻撃を受け止める盾役、剣などを使う物理攻撃役、魔法攻撃役、治癒役、それから補助や妨害を担う支援役が王道ね。けれど、このメンバーなら、盾役は誰が適任かしら……)
カレン、フィオナ、ローレンツ、トビアスも、それぞれ真剣な顔で役割を考えていた。
「では、まず僕から提案しても構わないかな? もちろん、一つの案として聞いてほしい」
皆が頷く。
「まず、前衛の攻撃役はカレン嬢。君の剣技なら、敵への近接攻撃や足止めを任せられる。ほかの役割より危険になるけれど、お願いしてもいいかな?」
「ええ。前衛は私にお任せください」
カレンの緑色の瞳には、静かな闘志が宿っていた。
「ローレンツは中衛。剣と魔法の両方を使って、カレン嬢を支えてほしい」
「了解しました、司令塔」
ローレンツが楽しそうに微笑む。
「後衛の最大火力は、言うまでもなくリディア様。君の魔法は精度が高いから、誤射を心配する必要もない。僕は支援役として補助魔法を使いながら、全体の状況把握を担当するよ」
リディアは、その素早く的確な役割分担に感心しながら頷いた。
「……それで、私は?」
フィオナが少し不安そうにトビアスを見つめる。
「フィオナ様、君は僕たちの生命線だ。後方で治癒魔法を使いながら、魔物の気配を感知してほしい。次期聖女様と同じパーティーを組めるなんて、僕たちは贅沢すぎるよ」
トビアスは嬉しそうに笑った。
その言葉に、フィオナは照れくさそうに髪を撫でる。
(盾役を無理に置かず、攻撃役を三人にしたのね。確かに、それほど強くない魔物が相手なら、攻撃役が三人いれば盾役を置かなくても対応できる。それに、フィオナ様の高い治癒能力があれば、多少の負傷にも対処できるわ)
リディアには、トビアスの案以上に適したものは思いつかなかった。
「……以上が僕の案だ。少し大雑把すぎたかな」
トビアスは、自分の案にどこか納得しきれていない様子だった。
「トビアス様、素晴らしい案だと思います。勉学だけでなく、このような戦術を考える才能までおありだとは知りませんでしたわ」
カレンが素直な感嘆を漏らすと、フィオナも深く頷く。
「ええ。それぞれの力を最大限に引き出す、隙のない連携案です。トビアス様は天才ですね!」
二人の真っ直ぐな褒め言葉に、トビアスはぽかんとした表情を浮かべ、危うくペンを落としかけた。
本人も、ここまで絶賛されるとは思っていなかったのだろう。
その様子がおかしくて、リディアは吹き出しそうになるのを堪えながら口を開いた。
「さすがトビアス様。これ以上の案は考えられませんわ。トビアス様にかかれば、難問もお茶の子さいさいですわね」
どんな反応をするのか見てみたくて、リディアはさらに褒めちぎった。
すると、トビアスは困ったように眉をひそめる。
「……っ、リディア様まで何を……。本当に、大したことではないよ」
珍しく声が少し上ずっていた。
トビアスはそれをごまかすように口元へ手を当て、軽く咳払いをする。
しかし、耳の先が赤くなっていることには、その場にいた全員が気づいていた。
「ふふ、私も頭の切れるトビアスがいて心強いですよ。さすがアイゼン家ですね」
ローレンツが穏やかな笑みを浮かべながら、トビアスの肩を軽く叩く。
「いや、もうローレンツまで褒めるのはやめてくれないかな。絶対に面白がっているだろう?」
トビアスが恥ずかしさを隠すようにローレンツへ食ってかかる。
その様子を見て、皆は和やかに笑った。
完成した構成案を教官へ提出すると、話を聞いていた教官も満足そうに頷いた。
「さすがアイゼン家の嫡男だな。見事な役割分担だ。これなら問題ないだろう」
教官は少しだけトビアスをからかうように笑いながら、一度で合格を出した。
「本物のダンジョン、楽しみです! 本番の実習に向けて、頑張らなくちゃ!」
フィオナが嬉しそうに拳を握る。
これから数か月。
この五人は何度も連携訓練を重ね、互いの力を信じられる仲間へと成長していくのだった。




