第46話 母からの恋愛指南
「はあ……」
朝食のテーブルで大きなため息が聞こえたため、アルヴィスとエレノアは声の主の方に目をやった。
リディアはパンをちぎりながら心ここに在らずといった様子でぼんやりとしていた。
「リディア、朝から浮かない顔だがどうしたんだ?」
アルヴィスが少し心配そうに声をかける。
その声にリディアは我に返り、顔を上げていつもの笑顔をつくった。
「ごめんなさい。ちょっと夜更かしをしてしまったせいで、まだ眠いのです。お気になさらないでくださいませ」
「そうか、本を読んでるとついつい時間を忘れてしまうこともあるからな」
アルヴィスはリディアの言葉を疑うことなく、そのまま信じた。
リディアはその後はいつもの様子で朝食の時間を過ごしていたが、エレノアはリディアの様子を興味深そうに見ていた。
朝食後しばらくしてから、エレノアがリディアの部屋のドアを叩いた。
「リディア、入っていいかしら」
エレノアが部屋に入ってきた。
「お母様、どうなさいましたか?」
「あなた、もしかして誰かに恋をしているんじゃないの?」
突然の母の核心の突いた質問は無防備だったリディアの心を鮮やかに打ち抜き、いつもの冷静な装いをする前に顔が真っ赤になってしまった。
自分でも顔が熱くなってきたのを感じた。
「ち、ち、違います!」
「その反応を見る限り、違わないみたいね。で、どなたなの?」
エレノアはリディアが否定しているのにも関わらず、話を続けた。
(完全に誤魔化せないわね……)
エレノアのその様子にリディアはついに観念した。
「……カイ殿下……と、トビアス様です」
(男性の名前を二人も挙げるなんて、はしたない娘だと思われるでしょうね……)
リディアは恐る恐るエレノアを見ると、何か考えるように頷いていた。
「なるほど。カイ殿下とトビアス様ね。お二人とも素敵な方々だから、どちらと結婚することになっても大切にしてもらえるわよ」
「……二人とも名前を挙げても、お母様は驚かれないのですね」
「好意を抱くほど素敵な男性たちに囲まれて幸せじゃない。好きな男性が多い方が将来の選択肢が多くていいわよ」
エレノアの言葉は、リディアにとって目から鱗だった。
「でも、当たり前だけど家の外では他言しないほうがいいわ」
エレノアはエマへ視線を向けた。
「もちろん、この話は口外いたしません」
エマが静かに頭を下げる。
「この話はここにいる、私とリディア、それにエマだけの秘密よ」
リディアは頷いた。
「他国に嫁いで行ってしまうことになれば、少し寂しくなるわね。もちろんカイ殿下と結ばれるには政治的しがらみも多いでしょうけど」
「お、お母様、飛躍しすぎです」
リディアが恥ずかしそうにエレノアの妄想を止める。
「飛躍しすぎってこともないだろうけど。まあ、いいわ。学園生活はまだまだ長いのだから楽しんでね」
エレノアは楽しそうに目を細める。
「お母様、私、意識しすぎて自然に振る舞えないのですけど、どうしたら自然に振る舞えるようになるでしょうか?」
すべて母に見抜かれてしまった今なら話せる気がして、リディアはずっと胸の内に抱えていた悩みを打ち明けた。
エレノアは優しくリディアの頭を撫でた。
「リディアはそのままでとても魅力的よ。だから、さらによく見せようなんてしなくて大丈夫」
「よく見せようと思っているつもりはないのですが、変に緊張してしまうのです」
「好きな人の前だから『ちゃんとしなくちゃ』って思うのよ。でも、そのままのあなたを好きになってくれる人なら、きっと緊張している姿も可愛いと思ってくれるわ」
「そ、そういうものでしょうか?」
「ええ。それでも気になるなら、もっとたくさん好きな人を増やしてみたら? そしたら一人に対してそんなに緊張することもなくなるんじゃない?」
「そ、そんなの無理ですよ」
「ふふふ、大丈夫よ。あなたは魅力的だから」
そう言って満足そうにエレノアは部屋を出て行った。
リディアは背後にいるエマの顔が恥ずかしくて見れなかった。
先日は「恋愛する気はない」と断言していたのに、実は二人も思い人がいるということを知られてしまい、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
「リディア様、ココアかハーブティーでもいかがですか?」
エマがリディアにいつものように声をかける。
リディアは振り返ってエマを見た。
「ココアはカイ殿下、ハーブティーはトビアス様を思い出してしまうから、しばらくやめていたのよ」
「そういうことだったのですね。では、今日はどちらも飲んでみてはいかがですか?久しぶりに飲んだらそれぞれの良いところを再発見できるかもしれませんよ」
エマの思い切った提案にリディアは笑ってしまった。
「……そうね。じゃあどちらもお願いしようかしら」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
エマは軽い足取りで部屋を出て行った。
ずっと隠していたことを母とエマに知られてしまったが、思ったより嫌ではなかった。
むしろ、胸につかえていたものが少し軽くなったような気がした。
その後、久しぶりに飲んだココアとハーブティーはやはり美味しかった。
不思議と、もう避けようとは思わなかった。




