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元・傲慢令嬢は二度目の人生で平穏に暮らしたい! 〜地味な加護だと思っていたら、神の権限を解読できる力でした〜  作者: 星きあさ
第1章 公爵令嬢再生編

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第31話 友人としての一曲


 王都の社交シーズンの幕開けを告げる、王家主催の「春の舞踏会」。


 会場となる王宮の大広間には、高い天井から巨大なシャンデリアが下がり、数え切れないほどの灯が温かな光を落としていた。


 壁や柱には金の装飾が施され、王家レオンハルト家の象徴である獅子の家紋が、訪れる貴族たちを静かに見下ろしている。


 大扉から玉座へと続く赤い絨毯の両脇には、色鮮やかなドレスや礼服に身を包んだ貴族たちが集い、広間全体が春の夜にふさわしい華やかさに満ちていた。


 リディアは父アルヴィス、母エレノア、そして兄アレクシスと共に、その華やかな夜の中に身を置いていた。


 昨年、社交界デビューを飾った時とは異なり、今のリディアには周囲を冷静に見渡す余裕がある。


 今日のドレスは、侍女のエマが勧めてくれた淡いピンクの一着だった。薄く重ねた生地は歩くたびに柔らかく揺れ、控えめに施された銀糸の刺繍が、灯を受けてほのかに光る。

 髪はふんわりと巻き、白い小花を模した髪飾りを添えていた。

 

 春の陽光を閉じ込めたような色合いは、今のリディアを、いつもより少し可憐に見せている。エマ曰く、「春に咲く花の妖精のよう」らしい。


(前世の私は『派手さこそが高貴さの証』だと信じ込んでいたけれど、本当の洗練とは、ただ華やかに飾ればよいものではなかったのね……)


 自分で選ぶと、どうしても無意識に装飾過多なものを選んでしまい、結果としてどこか野暮ったくなってしまう。


 その自覚があるリディアにとって、エマの助言はありがたいものだった。

少なくとも、自分ひとりで選ぶより、ずっと今の自分に似合っている。


「わかっていると思うが、失礼のないようにな」


 父の静かな釘刺しに、リディアは淑やかに微笑んで頷いた。


 まずは、この舞踏会の主催者である国王夫妻への拝謁が待っている。


 玉座に座る国王と王妃の前で、リディアは指先まで意識を張り巡らせ、完璧なカーテシーを捧げた。


 その優雅な動作に、周囲の貴族たちからも感嘆の吐息が漏れる。


「エルヴィン公爵令嬢。息子のルーカスから見せてもらったぞ。君の描いた絵……実に『力強い』作品だったな」


 国王の思わぬ言葉に、リディアの動きが一瞬だけ固まった。


「……私の絵、でございますか?」


「ああ。あまりの迫力に、侍従たちの間では「魔除けにもなりそうだ」と評判になっていてな」


 きっかけは、ルーカスとの手紙のやり取りだった。


 クリスタルスティングを見てみたいという彼のために、リディアは何日もかけてその姿を描き上げ、手紙に同封したのだ。


 もちろん、リディアだって自分が「画才」に恵まれていないことくらいは自覚している。


(……陛下にまであの絵が見られているなんて! 侍従まで噂しているって、一体どこに飾っていらっしゃるのかしら)


 顔から火が出るほど熱くなるのを感じる。


 忠実に描いたつもりが、どうやら周囲には「恐るべき異形の何か」として認識されているようだ。


 隣で母エレノアが、「まあ、陛下に褒めていただけて良かったわね」と、おっとりとした笑みを浮かべているのが、今は少しだけ恨めしかった。


 拝謁を終えると、アルヴィスとエレノアは他の貴族へ挨拶をするために離れていった。


「今日は絶対に、お前から目を離さないから安心しろ」


 アレクシスが鋭い目つきでリディアを見る。


 半年前のカイの歓迎夜会での出来事を、アレクシスはまだ引きずっていた。


「お兄様、もう私も学びましたので大丈夫ですわ」


「いや、しばらく夜会では目を離さない。何かあった後では困る」


 断固として、アレクシスは譲らない。


「もう、あのようなことにはならないように気をつけますわ」


「“あのようなこと”とは、どういう意味だ? 何があった」


 その声は、すぐ背後から聞こえた。

 リディアとアレクシスは、そろって肩を跳ねさせる。

 

 振り返ると、離れていったはずのアルヴィスが、いつの間にか二人の後ろに立っていた。


「アレクシスに紹介したい人がいたんだが……まずは、お前たちが話していた内容を聞かせてもらうことにしよう」


 アレクシスは気まずそうに、例の出来事をアルヴィスへ話した。


「……なるほど」


 アルヴィスの眉間に深い溝が刻まれる。

 見るからに機嫌が悪そうだった。


「お父様、結局あれから何もありませんし、トビアス様がすぐに来てくださったので、本当に大丈夫でしたのよ。どうか落ち着いてくださいませ」


「父上、すぐに報告せず、隠していたことは申し訳ございませんでした。父上の手を煩わせてしまうかと思いまして」


 リディアとアレクシスは、慌ててアルヴィスに言い訳をする。


「まあ、わかった……。とりあえず、トビアスくんにはきちんと礼をしないとな。もしこの会場で彼に会ったら、私の元へ連れてきてくれ」


 アルヴィスは眉間の溝を少しだけ和らげ、自分に言い聞かせるように言った。


「かしこまりました」


 二人はアルヴィスを下手に刺激しないよう、丁寧に頭を下げる。


「アレクシス。今日はお前が、きちんとリディアを見張っておくんだぞ」


「承知しました」


 それからアレクシスは、ぴったりとリディアの隣につき、他の貴族たちに無言の威圧感を与えていた。


 いつもなら集まってくる令嬢たちも、アレクシスの強張った表情に気圧されたのか、誰一人として近寄ってこない。


(ルーカス様に少し恨み言を言いたかったけれど、今日は話すこともできないかもしれないわね)


 会場を見渡していると、後ろから聞き慣れた声がした。


「やあ。どなたをお探しかな?」


 鈴を転がすような、けれど威厳を含んだ声が響く。


 振り向くと、そこに立っていたのは、ヴァルディア王国第二王子のルーカスだった。


 華やかな金髪に、澄んだ青い瞳。人懐こい笑みを浮かべている。


 アレクシスはルーカスを見て一歩下がり、威嚇した蛮族のような顔から、外行きの公爵子息らしい表情へと切り替えた。


「……ルーカス様!」


「ルーカス殿下」


 リディアとアレクシスは、ルーカスに一礼する。


「アレクシス卿とリディア嬢は仲良しだね」


「いえいえ。ルーカス様とクラウス様ほどではありませんわ」


「ははは。たしかに、僕たち兄弟も仲が良いからね。いい勝負かもしれない」


 三人は穏やかに笑い合った。


「リディア嬢、手紙の返事ありがとう。あのクリスタルスティングの絵、すごかったよ。壁に飾ったら、侍従たちが『悪いものが寄ってこない』って拝んでいるんだ」


「ルーカス様……! あれは、その、一生懸命描いたのですが、拙い絵ですので、壁には飾らないでくださいませ……」


 恥ずかしさのあまり俯くリディアを見て、ルーカスは楽しそうにくすくすと笑った。


「いいじゃないか。僕のお気に入りだよ。……さて、一曲踊らない?」


 ルーカスがふざけた様子で、大仰に手を差し出す。


 リディアはその手を取り、顔を上げた。


 ちらりとアレクシスを見ると、彼は「どうぞどうぞ」と言わんばかりに何度もうなずいている。


「……ええ、喜んで。ルーカス様」


 ルーカスのリードは、彼らしく軽快だった。


 時折、ステップを少しだけ崩してリディアを笑わせようとするその心遣いに、先ほどまでの緊張が溶けていく。


 ルーカスと笑いながら踊るリディアの姿は、会場中の視線を集めていた。


 ダンスを終え、ルーカスにエスコートされて戻ると、そこには複雑な表情のクラウスと、苦笑いを浮かべたセドリックが立っていた。


「二人があまりに楽しそうに踊っているから、注目の的でしたよ」


 セドリックがそう言いながら、飲み物の入ったグラスをルーカスに手渡した。


「リディア嬢、少し喉が渇いたのではないですか? 冷たい飲み物を用意してきましょう。クラウス殿下、リディア嬢をお願いしますね」


 セドリックは確信犯めいた笑みを一瞬だけ浮かべると、リディアの返事を待たずに人混みへと消えていった。


 ルーカスも「母上に呼ばれている気がする」と言って、そそくさとどこかへ行ってしまう。


 リディアがアレクシスの方へ目をやると、彼はまた「どうぞどうぞ」と言わんばかりにうなずいていた。


 残されたのは、リディアとクラウスの二人。


 クラウスは静かな声で語りかけた。


「……少し、風に当たろうか。あそこなら静かだ。扉の近くだから、すぐに戻れる」

 

 彼が示したのは、大広間に面したバルコニーだった。扉は開け放たれており、会場の灯とざわめきがすぐそばにある。


「あと数ヶ月もすれば、魔法学園だな」


「ええ、そうですね。入学前のクラス分けがありますので、それが少し心配ですわ」


「君と同じクラスになれたら楽しそうだ」


「ありがとうございます。皆さんと同じクラスになれたら、賑やかで、きっと楽しいでしょうね」


「ああ。トビアス卿とセドリックが揃えば、間違いなく賑やかになるだろうな」


 クラウスと穏やかに笑い合う。


 その柔らかな表情を見て、リディアの胸にも温かなものが広がった。


(私たち、友人になれたのですね)


 リディアは、すっと息を吸った。


「遅くなりましたが、クラウス様。ご婚約、おめでとうございます」


 クラウスは、少し困ったように笑う。


「……ありがとう。婚約を断った君から祝いの言葉をもらうのは、なんだか複雑な気分だ」


「その件では、大変失礼なことをしたと思っております。けれど、私は妃の器ではありませんから。帝国の姫君の方が、クラウス様にお似合いですわ」


「……そうか。ありがとう」


 そう言ったクラウスの横顔は、少しだけ寂しそうだった。


「お待たせしました。……なんて情けない顔をしているんですか」


 呆れたような声と共に、セドリックが戻ってきた。


 持ってきた飲み物を、クラウスとリディアに手渡す。


「そんなにひどい顔をしているかな」


 クラウスは自分の顔に触れる。


「……もう、ただのご友人になられたのでしょう?」


「そうだな」


 クラウスは苦笑し、リディアの方へ向き直った。


「ではリディア嬢、私と一曲踊りませんか? 弟と違い、真面目なダンスしかできませんが」


 すっと、リディアの前に手が差し出される。


「ええ、喜んで」


 リディアはクラウスの手を取り、再びダンスエリアへと向かった。


 輝く金髪に、透き通るような青い瞳。


 絵に描いたように美しい少年だと、リディアはしみじみと思った。


(もしかしたら、クラウス様と踊るのはこれが最後になるかもしれないわね)


 前の時間軸の記憶と、今の時間軸の思い出が交錯し、胸がいっぱいになる。リディアはそっと深く息を吸い込み、心臓の切ない震えを静めた。


 クラウスのダンスは、彼らしく手本のように美しかった。

 リディアもまた、最後まで完璧な令嬢として微笑み続ける。


 (クラウス様……きっと今回の婚約は上手くいきますわ)


 シャンデリアの灯を受けて揺れる二人のステップは、会場中の人々の視線を集めた。


 ダンスを終えると、クラウスの周りには「次こそは」と願う令嬢たちが集まってきた。


(そろそろ、お兄様のところへ戻った方がいいわね)


 このまま一緒にいれば、感傷に浸ってしまう。

 少しだけ、離れがたくなってしまう。

 そう思ったリディアは、アレクシスの元へ戻ろうとした。


 そのとき、ふっと、どこかで嗅いだことのある爽やかなハーブの香りがした。


 リディアが顔を上げると、そこにはトビアスが立っていた。気を張っていた心が、ふっと和らいだ気がした。


「リディア様、私とダンスしていただけませんか?」


 わざとらしく慇懃な態度で、深く頭を下げている。


 前髪は珍しくオールバックにされ、いつもの癖毛も目立たないよう、後ろへ流れるようにきれいに整えられていた。


「ええ、よろしくてよ」


 リディアはわざとふざけて、高飛車な令嬢のように振る舞ってみせた。


 トビアスもそれにニヤリと応じ、二人は楽しげに踊り出す。


「ピンクのドレスも、可憐な雰囲気でよく似合っているね」


「ふふ、ありがとうございます。ドレスはいつもエマが選んでくれるのだけれど、私よりも私のことがわかっているみたい」


「それは安心して任せられるね」


「カイ殿下の歓迎夜会の件が、先ほどお父様に知られてしまいまして……。お父様が、トビアス様にぜひお礼をしたいそうなのです」


「アルヴィス公爵閣下が僕に? それは嬉しいな」


 トビアスは満面の笑みを浮かべた。


(そういえば、トビアス様と出会ったときに、お父様を尊敬していると言っていたわね)


 ダンスを終えると、二人でアルヴィスの元へ向かう。


「お父様、トビアス様です」


「ご無沙汰しております。アルヴィス公爵閣下」


「トビアスくん! さっき、リディアとアレクシスから聞いたよ。君がリディアを守ってくれたと。本当にありがとう」


 アルヴィスは思わずトビアスの手を取り、感謝を込めて握った。


「いえ、偶然居合わせただけでございますから」


「いやいや。遅ればせながら、何か君にお礼をしたいんだが、何がいいだろうか? なんでも言ってくれ」


「……では、恐縮ではございますが、以前アルヴィス公爵閣下が書かれた研究書を拝見したことがありまして。その件について、ぜひお話を聞かせていただけませんでしょうか」


「え? 本当にそれでいいのか?」


「ええ。ずっと憧れていたアルヴィス公爵閣下と研究のお話ができるなんて、僕には夢のようです」


 その言葉を聞いたアルヴィスは、見るからに気分を良くしていた。


「分かった。では後ほど、都合のよい日をフクロウ便で知らせよう」


「ありがとうございます! 楽しみにしております」


 トビアスは、年齢相応の少年のように目をきらきらと輝かせて喜んだ。


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