第29話 戻ろうとする力
期限が近づくと、人は未来ではなく過去を見る。
うまくいっていた頃。
楽だった頃。
考えなくてよかった頃。
そして、そこへ戻ろうとする。
◇
三か月の試行期間が始まってから、二か月半。
表向き、状況は「成功」と呼べるものだった。
《重大事故:なし》
《致命的損失:なし》
《現場判断:概ね妥当》
数字は揃っている。
会議の資料も、前向きだ。
だが、《最適化》は明確に警告を出していた。
——期限直前反応:顕在化。
——責任回避行動:増加。
——思考退行:兆候あり。
……来た。
◇
王都ギルド。
書類室の片隅で、小さな会話が交わされていた。
「……三か月、終わったらどうなるんだ」
「元に戻るんじゃないか?」
「正直、その方が楽だろ」
声は小さい。
だが、確実に増えている。
“楽だった”という評価は、
この期間が仮のものだと知っている証拠でもある。
◇
地方ギルドでも、似た空気が流れていた。
セラ・ミールは、依頼書を処理しながら、その変化を感じ取っていた。
判断は、再び遅くなり始めている。
いや、正確には――
**判断を誰かに委ねようとする動き**が出てきている。
「……期限後は、どうするんですか?」
後輩職員の、何気ない一言。
「上が決めるんじゃないですか」
そう答えながら、胸が痛んだ。
それは、以前の思考だ。
◇
その日の午後。
一件の依頼が、王都で保留になった。
《港湾区域の魔物対応》
《危険度:中》
《補足:情報不足》
通常なら、条件付きで出される案件だ。
だが。
「……期限前に、問題は起こしたくない」
その一言で、止まった。
《最適化》が、即座に判断する。
——安全重視:過剰。
——学習機会:喪失。
——信頼低下:再発予測。
◇
その話を聞いた夜。
俺は、宿の椅子に深く腰掛けていた。
想定内だ。
だが、楽観できる兆候ではない。
「……戻ろうとしているな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
期限が終われば、
責任はまた“どこか”へ行く。
それを、世界は知っている。
◇
翌日。
ギルドの掲示板に、新しい紙が貼られた。
《期限終了後の判断は、誰が引き受けるのか》
問いは、前よりも強い。
だが、反応は違った。
「……それ、上の仕事だろ」
「俺たちじゃない」
視線が、逸れる。
《最適化》が、静かに総括する。
——主体移行:停滞。
——外部化傾向:増加。
——最終局面:到達。
◇
その夜、エドガーと顔を合わせた。
短い時間だ。
だが、十分だった。
「……戻ると思うか」
彼が、率直に聞く。
「戻ります」
俺は、即答した。
「自然に任せれば」
エドガーは、目を閉じた。
「……では」
「戻らないための“最後の揺さぶり”が必要です」
《最適化》が、最終案を提示する。
——強制的責任移譲。
——期限前の明確化。
——痛み、不可避。
「……荒れるな」
「はい」
否定しない。
「でも、ここで荒れないと、
三か月は“楽だった思い出”で終わります」
◇
窓の外を見る。
街は、平穏だ。
だが、平穏のまま終わる試行期間は、
だいたい失敗する。
人は、痛みを忘れるからだ。
期限直前の揺り戻し。
それは、
**世界が元に戻ろうとする最後の抵抗**だ。
俺は、静かに息を吐いた。
次で決まる。
この三か月が、
ただの“楽な例外”だったのか。
それとも――
世界が一段、先へ進むための時間だったのか。
答えは、
もうすぐ、出る。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




