32 家族らしさ
遊園地に行きましょう! と力強く言った五十実の表情は、どこか一つの壁を乗り越えたかのように晴れやかなものだった。
マキナから真実を聞いたその日はやはり三人で俺の部屋で過ごした。お互い少しでも離れることを拒むかのようだった。
そして次の日、五十実は寝起き開口一番にそう宣言したのだった。
「やー、晴れてよかったねー、マキナ―」
「うん、いい天気」
まだ朝と昼の中間だというのに随分と日が高い。ここ最近雪がちらついたり曇りの日が続いたのでこんな快晴は久しぶりだった。俺たちの他にも同じ方向に歩いて行く人たちが大勢いる。当然目的地も同じだろう。俺たちの視線の先には県内でも有数の遊園地の入り口が待ち構えていた。
マキナを連れて遊園地に遊びに来るなんて、考えもしなかった。そして、五十実の提案を聞いた後、あるものを見た俺はそれに同意していた。
本当は遊んでいる場合なんかではないのだろう。一刻でも早くマキナを延命させる方法を考えなくてはならないのだろう。理性はそう言っている。だが、遊園地に行こうと言った五十実を見たマキナが、嬉しそうにはにかみ"行きたい"と言ったのだ。俺はその願いを何よりも先に叶えてやりたいと、そう思った。
きっとみんなわかっているんだ。五十実も俺も、そしてマキナも。マキナを延命させることなど不可能だと。そんな未来の技術なんて現代には無いし、今から開発しようにも到底間に合わない。それがわかっていた。だからこそ、"今"を大切にしようと思ったんだ。それは諦めなんかではなく、なによりも前向きな感情だった。
「年末だからすごい人だねーマキナー。逸れないようにしようねー」
言うと同時に五十実はマキナの手を取る。マキナは自然にその手を握り返した。
「一緒にいろんなところ回ろう、マイ」
「うん! それとー……?」
一歩後ろで二人のやり取りを見ていた俺に二人が振り返る。そのままマキナは開いている方の手を俺に差し出してきた。
「勿論、アラタも」
俺はほんの少しばかりの気恥ずかしさを秘めながらその手を取る。陽気な日差しにも負けない暖かな手だった。
いつの日か三人で手を繋いで歩いた時を思い出す。あの時は五十実が真ん中だったか。今度はマキナが中心となっている。マキナが一番背が低いため一番下の妹のようだ。いや、むしろ娘のようにも思える。マキナ越しに五十実を見ると五十実も似たようなことを考えていたのか少し恥ずかしそうに笑顔を返してきた。
「よし、じゃあ行くか」
二人の返事を聞き再び歩き出す。歩幅は自然と合っていた。マキナと出会い、初めてマキナと歩いた時は互いに歩幅を合わせるということがうまくいっていなかったが、今はちゃんと合っている。五十実も含め、三人は今、同じ歩幅で同じ道を歩いていた。
三人分のチケットを購入し園内へ入場する。たったそれだけの行動なのに何処か高揚感を覚えてしまうのは何故だろうか。周りの雰囲気に宛てられてか、それともはしゃいでいる二人を見てか。まぁ、どちらでも良いか。決して悪い感情ではない。生まれて初めて入る遊園地からは、どこか現実離れした眩しさを感じていた。建物も人も、皆眩しかった。
「先輩先輩! まずはあれ行きましょうよ! あれ!」
周囲のテンションに負けず劣らずな五十実が指さした先には、悪名高き鋼鉄のレールが宙に晒されていた。
「いきなりジェットコースターかよ……」
ウォーミングアップという言葉など聞いたこともないかのような提案だった。マキナが物珍しそうにジェットコースターのレールを見ていると丁度頼りなさげな箱に乗った乗客が一回転して通り過ぎていうところだった。
「……すごいね、あれ」
「でしょー!」
マキナは微かに目を見開き驚いていた様子だった。マキナが驚いているところ初めて見たな。
遊園地と言うものをあまりよく知らないマキナに対し一発目がこれとは、流石にまずいような気がする。
俺がその旨を五十実に説くと五十実はさもありなんといった様子で頷き、こう付け足した。
「なので、代わりに先輩だけで私たちの分まで楽しんできてください。あ、私もジェットコースター苦手なんで」
何言ってんだこいつは。
「いやー、ジェットコースターって人が乗ってるのを見るのは楽しいんですけどいざ自分が乗ってみると動き出したくらいで猛烈に後悔するんですよねー。やっぱ乗るんじゃなかったーって。だから先輩が私とマキナの分まで叫んできてくださいね」
「なんでそうなるんだよ」
とんでもない話だった。
「マイ、良かったの?」
「んー? 何がー?」
ジェットコースターのレールがよく見える位置のベンチに二人で座る。飲み物でも買いたいけどそれは先輩が帰ってくるまで我慢しよう。先輩は今私たちのために奮闘中だからね。
すぐ隣に座るマキナが私の顔を覗いてくる。女の私から見てもマキナは美少女だ。これが作り物だなんて、今でも信じられない。
「アラタと一緒に行かなくて良かったの?」
マキナは当然の疑問を投げかける。マキナは本当に素直な子だ。私には眩しすぎるくらいに。
「うん。少しだけマキナと二人だけになりたかったし、先輩も一人になるといろいろ考えちゃうだろうから余計なこと考えられないようにしてあげたほうが良いかなって」
たとえそれで後で怒られたとしても、これは必要なことだから。きっと先輩もわかってくれるよ。
私はマキナと向き合う。今のマキナと昔のマキナ。どちらも本物のマキナだけれど、私は今のマキナの方が好きだった。
「私ね、最初はマキナのことあんまり好きじゃなかったんだ」
それでも、決して嫌いになることは出来なかった。自分でも不思議なくらい、マキナを嫌うことが出来なかったから。
私は吐露する。一人仲間だと思っていた先輩が知らない女の子を部屋に連れてきていたことに人知れずショックを受けていたこと。それでも私を捨てて欲しくなくて、私を忘れて欲しくなくて、先輩の都合の良い女の子になろうとしたこと。そして、マキナが本当に人間じゃなくて、心のどこかで安心したこと。どれも私の独り相撲だ。相変わらず、私は自分勝手な人間だった。
「でもね、マキナ。私はマキナのこと大好きだよ。マキナがもし、私と……先輩の子供を模して創られたのだとしても、そうでなくても、私はマキナが大好き」
それは本心からの言葉だった。複雑なことは私には難しくてわからない。それでも私の心はそれを肯定している。
私にとってマキナがどんな存在かと問われれば、それはとてもシンプルな答えで返すことが出来る。
「私は……マキナのこと、家族だと思ってるよ」
家族の定義。そんな堅苦しいもの、私達には必要ない。姉妹だとか親子だとか、それもどうでもよかった。私はただ、マキナを家族だと思っているんだ。
ふわり、と私の手に柔らかい手が重なった。その瞬間、周りの騒がしさがすうっと消えてゆくような感覚に包まれる。
「私も、マイを家族だと思ってる。マイがいて、アラタがいて、私がいる。最も近い人たちが家族なんだって。だから、私たちは家族だよ」
マキナは私を肯定してくれた。それが私にはたまらなく嬉しくて、もう流さないと決めた涙が呆気なくこみあげてきてしまう。
本当に、人は弱い生き物だ。だからこそ、側にいる人が必要なんだ。
「……ありがとう」
マキナ。不思議な子。私にとって、大切な存在。この優しさを、私はどこか懐かしく思う。それはどこか、遠い昔に忘れてきてしまった思い出のよう。捨ててしまったのではなく、記憶の奥底にしまい込んでいるだけのような、そんな思い出。
私はつい最近、思い出を探し出した。その追憶はまるで古いアルバムを懐かしむような感覚に似ている。その思い出は色あせることなく、確かに私の奥底に大切にしまい込まれていた。
「やばいよマキナ、前から般若のお面の三倍くらい不機嫌そうな人が近付いてくる。絡まれる前に逃げないと」
「誰の所為だ誰の」
不機嫌なのは否定しないがそんな顔をしているつもりもない。
何の因果か一人ジェットコースターを堪能する羽目になった俺は、人生初のジェットコースターで空中を数えきれないほど回転することとなった。正直速さと重力の圧迫感で何が起きているのかわからないままに終わってしまった感がある。少なくとも一人で乗って愉快な代物ではないということだけはわかった。
俺が二人の座るベンチに座ると同時に五十実が洒落たカップに入った飲み物を差し出してくる。
「お疲れ様です先輩。やっぱジェットコースター上がりには冷たいソーダですよねぇ」
風呂上りかなにかと間違えてないか?
飲み物を受け取ると今度はマキナが俺の隣まで移動し、心配そうに俺の顔を覗きこんできた。
「アラタ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
丁度いい位置にマキナの頭があったのでそっと頭を撫でる。するとマキナは少しばかり照れ臭そうに笑い目を細めた。
そんなやり取りを見て何を思ったのか、五十実が俺の服の袖をつまみ何か言いたげな目を向けていた。大体言いたいことが想像がつく。
「せんぱーい。前から思ってましたけど先輩ってマキナに対してだけ異様に甘いですよねー。確かにマキナは可愛いし守ってあげたいオーラがあふれ出てますけど、私との扱いの差がひどいですよー?」
「日頃の行いの所為だろ」
それしか言いようがない。
俺が二人の元へ戻る前は一人ジェットコースターへ追いやられたことへ文句の一つでも行ってやろうと考えていたが、再び二人の顔を見たときにその気は既に失せていた。きっと二人の間で最後の壁のようなものが取り払われたのだろう。二人の笑顔は遠くから客観的に見ても自然で、まるで姉妹のようだと思えるほどだった。
なんだかんだで俺も五十実への理解が深まってきているらしく、俺を一人でジェットコースターへ乗せようとした五十実の顔からは別に冗談で言っているわけでもなく、そうしてくれという意志が伝わってきた。
思えば五十実にとってマキナの隣にはいつも俺がいた。だからマキナと二人きりに慣れる時間が欲しかったのだろう。そのためにとった方法が大分と力技だが、それもまたあいつらしいと言えばあいつらしい。
「ちょっとちょっとー。日頃ずっと良い子にしてる舞衣ちゃんにそれは無いんじゃないですかー? そういうこと言う先輩は私を撫でてくれるまでこうですからねー?」
変なへその曲げ方をした五十実は俺の右腕に抱き着いてくる。飲み物を持っていた方の手だったためこぼさないように意識を指先に集中した結果、その隙をつかれてガッチリと腕をホールドされてしまった。
「へっへー。離しませんからねー」
いくら何でもこんな公衆の面前でこれは大いに目立ってしまう。観念して左手を五十実の頭へ伸ばそうとしたとき、俺の左腕に微かな抵抗を感じた。
「じゃあ、私はこっち」
「お、おい……」
左隣に座っていたマキナが俺の左腕に絡みついてきていた。普段のマキナらしからぬ行動に驚きと困惑を隠しきれない。
両腕を封じられた俺は堪らず救難信号を出す。
「これじゃ動けないぞ」
「良ーじゃないですか、しばらくこうしてましょうって。こういう団欒も家族らしいですよ? マキナも良いよねー」
「うん、家族らしい。アラタとマイを近くに感じる」
家族はこんなに密着したりはしない、なんてそんな野暮ったい突っ込みは出来なかった。
「……少しだけだからな」
俺自身、どこかにこのままでいたいという気持ちがあることから目を逸らすことは出来なかった。
きっとこの安らぎも長くは続かない、そう思っているからだろう。だからこそ俺たちは、最高の今を求めているのだ。絶対に、後悔なんかしたくはないから。
俺は両腕に二人のぬくもりを感じながら、少しの間大人しく二人の言う"家族らしさ"を味わうことにした。




