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マキナのマホウ -machina magia-  作者: 今泉
machina magia
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26 妄執と追憶


 俺達が全てを知り、全てを受け止めたその日の夜はあまりにも静かなものだった。

 受け止めるには重たすぎて、受け流すには大きすぎる。確実に背負うべき過去がそこにはあった。そして、俺達はそれを背負いながら尚も前を向いて進むしかない。約束などしていなくても、それは俺達に与えられた責務なのだから。


「……すぅ……」

 

 耳を澄ますと微かな寝息が聞こえてくる。俺のベッドの上では五十実が静かに眠っていた。

 

 あれから少しばかり時間が過ぎていた。風間さんと別れ俺たちの住む街へと帰ってきたとき、その足は自然と俺の部屋へと向かっていた。今更五十実を拒む理由も無く、俺としても五十実から目を離したくなかった。

 本人は気丈に振る舞ってはいたが、俺にはどこか危うく見えていた。それも当然だろう、今日は多くのことが起こりすぎた。今日だけは……いや、しばらくは一緒に居てやりたい。こいつを一人にしてはいけないと俺の心のどこかが警鐘を鳴らしているようだった。


 少し首を回すとすぐそこに五十実の寝顔があった。その奥にはマキナも一緒に寝ている。月明りに照らされる二人の寝顔は安らかなものだ。一つのベッドを二人で使うには少し狭いように思えたが二人とも小柄なのでスペース的には問題ないようだった。

 ベッドから少し離れた床に座る俺は二人を起こさないようにそっと布団を掛け直す。いつもうるさい五十実だがこういう静かなときはやけに庇護欲を掻き立てられる。普段から静かにしていてくれとも思うが、反面普段通りの五十実が恋しい自分もいる。まったく、本当に厄介だなこりゃ。どうやら俺はどうしようもなくこいつのことを……。


 いや、まだだな。そんなことを考えるのはあとにしよう。今はそれよりも気にするべきことがある。未来へ目を向けるにはまず過去と向き合わなければならない。そして今、俺と五十実の向かうべき過去は幸か不幸か一つの焦点へと絞られている。


「……親父……」


 俺は小さくそっと呟いた。俺が一人になった理由。弥恵が一人になった理由。そして、五十実が一人になった理由。その全ては親父が鍵を握っている。それを明らかにしなければならない。いつまでも目を背けていることは出来なかった。 

 自分のことなどどうでもいい。親父のことも、どうでもよかった。いつのまにか離別していて、そのままお互いの人生からフェードアウトしていればもう二度と関わることはないだろうと思っていた。

 でも、今は違う。五十実、弥恵、風間先生。それぞれの思いがある。それぞれの誓いがある。それぞれの悔いがある。俺はそれを無視することが出来ない。


 また二人の寝顔を見る。今二人はどんな夢を見ているのだろう。五十実はともかくマキナは夢を見るのか?

 マキナの睡眠についてはマキナの言うことを要約すると一時的なスリープモードのようなものらしく、あってもなくても変わらないようだ。だがマキナの言葉はどうも要領を得なかった。どうやらマキナは睡眠という概念に対して理解があまりないようで、以前夢を見るのかという質問をした際には夢というものについていまいちピンと来ていなかったようだった。

 考えてみればマキナは人間ではなくアンドロイドだ。だとしたら人間と根本的にずれている部分があってもおかしくはない。だからその時の俺"そういうものか"と納得した。


 マキナ。俺が見つけて拾ったアンドロイド。今もわからないことだらけで、それでも俺の側にいる存在。誰が作ったかも、どうやって作ったかもわからないのに、時折どうしようもなく愛おしくなる。マキナと出会ってから俺は俺じゃないようにも思える。どうしてだろうか。その問いに答えられるほど、俺は自分自身に詳しくはなかった。どこか、俺の中の何かがマキナを"守るべき存在"だと認識しているようだ。


 ……もしかしたら五十実も同じように思っているのかもしれないな。

 直接五十実に聞いた訳ではないが、マキナは一見すると普通の女の子にしか見えない。言動に少しずれがあるにしてもアンドロイドだ、と言われて素直に納得できるようなものではない。

 だとしたら、人間不信に近いくらいに人を恐れていた五十実がああも心を許すのはアンドロイドだから、では済まないだろう。俺に近付いたのは最初は自分を守るためだったようだが、今ではそれだけではない……と勝手に思っている。自惚れだと言われればそれまでかもしれないが、まぁある程度は信頼されていると思っていいだろう。


 だがマキナは? 五十実はマキナに対して最初から好感を持っていたようにも思える。マキナが見るからに年下だからとか自分からグイグイ行くタイプじゃないからだとか、理由を付ければいくらでも付けられそうだが、これはそんな単純な話ではないのではないだろうか。

 旧知の仲のはずの風間さんや安田先生には一線引いたような雰囲気があったし、五十実の話では家族や弥恵以外には仲が良かった人物はいなかった様子だった。五十実も俺と同じく心の奥底のどこかでマキナに対して何かを感じているのかもしれない。五十実が目を覚ましたらそれとなく聞いてみることにするか。


 少し考え、急激に眠気が襲ってくる。今日はずっと気を張っていたからか。それに二人の寝顔を見ているとあまり考え事が捗らないな。俺は少し苦笑気味に二人の側を離れる。別に二人の側で寝ていても文句を言われることはないだろうが、それでも俺はまだ、二人の近くに居ることをどこか恐れているのかもしれない。

 俺は床に転がっていたクッションを枕代わりに頭の下に敷き、いつもの様に適当に毛布を掛け天井を見つめる。そしてそのまま落ちるように眠りへと誘(いざな)われていった。




 どんよりとした雲は僕の心境によく似ている。黒く淀んだ空はどこか親近感を覚えるほどだった。逆に晴天の眩しさは僕にとっては厳しすぎるんだ。だから僕は曇り空に感謝していた。周りが暗ければ、僕の暗さが明るみに出ないから。みんながみんな等しく同じに見えるから。周りも僕みたいに暗ければいい。それが僕にとっての自我(エゴ)だった。


 僕はずっと一人だ。家族はお父さんただ一人。そのお父さんも僕を見てはくれない。友達もいない。欲しいと思ったことすらない。ただ、ただ、僕はいつも一人だった。他を拒んだ。暗いのが好きだった。


 それは、どうしてだっけ。多分……だけど、決定的な理由はないのだと思う。ただ僕は、最初から一人だったっていうだけのこと。だから一人が当たり前で、それが自然な"僕"。住む家はあったし生きるのに必要なお金は十分に渡されていたけれど、それ以外は何もない。お父さんは遊んではくれない。おもちゃを買ってくれはしない。一緒にご飯を食べてはくれない。いつのまにかそれが僕にとっての当たり前になっていた。


 でも、どうしてだろう。どこか違和感があるんだ。そんな僕は、正しい僕じゃないみたいに。

 僕はいつから一人になったの? 本当に最初から一人だったの? 一人じゃない僕は存在しなかったの?


 心の奥底で、探す。僕が一人じゃない時。それがあったはずだ。いつだろう。遠すぎて思い出せない。それでも探す。深く深く。どこにあるんだろう。出てきてほしい。僕に……教えて欲しい……。

 

 ――……―-。


 ……なに?なんて言ってるの?

 

 ――……ない……――。 


 どこ?聞こえないよ。


 ――すまない……新……弥恵……――


 ……お父さん……?


 ――すまない、優海……!―――


 その声は確かにお父さんの声だった。

 でも、僕はその声を聞いたことはなかった。

 何かを悔いるような声。そんなお父さんの声、聞いたことない。


 ああ、もしかして、だから僕は……俺は今、こんな風になってしまったのかもしれないな……。

 もっと早くこの声を聞いていれば……あるいは……。




「……ハッ……!?」

「わひゃうっ!!?」


 俺の意識が夢の中から引き戻されたと同時に俺の目の前からよくわからない鳴き声が聞こえた。


「わ、わわわわ私はまだ何もしてないですよ!? べ、別に先輩が私の側で寝ているなんてチャンス滅多にないだなんて思っていませんからね!? 何をしようかとかどこまでなら許されるんだろうとか考えてませんから!」


 俺の理解が及ぶ前に仰向けに寝る俺を上から覗く何かが全て自白してきた。馬鹿らしすぎて怒る気にもなれない。

 一人でわたわたと慌てる五十実をよそに俺は体を起こす。妙な夢を見ていたせいか少し汗ばんでいるな。今は冬なんだからこんなことで風邪でも引いたら笑い話にもならない。

 

 ……妙な夢……? そういえば俺は今何の夢を見ていたんだっけか。何か普通じゃない夢を見ていた気がするが、今はもう全く覚えていない。まぁ、夢の内容を覚えていないなんてのはよくある話か。所詮夢だ、そんなの気に留める必要もないだろう。


「あ、あのぅ……先輩……?」


 やっと自分が空回りしていることに気付いたらしい五十実は、少しばかり恥ずかしそうにもじもじしながら上目遣い気味で俺に声をかけてきた。こいつの場合わざとやってるのか天然なのかよくわからないな。そんな初めての夜を過ごした後みたいな反応をされると……。


「その……おはようござい……ます……。……えへへ」

「……おはよう……」

 

 俺は瞬時に目と耳の毒だと判断し心を無にすることにした。




「いやー、先輩の寝顔可愛かったなぁー。なんかこう……いつもは見せない油断しきった顔……というか、普段からそういう顔していれば怖がる人も少なくなるのにって思いましたよー。あ、でもレアだからこそ価値があるのかも……。私とマキナしか見れない的な」

「あ、そう」


 朝から意味もなくハイテンションな五十実を無の心でいなす。だが五十実もただ能天気に振る舞っているわけではないんだろうな。昨日の出来事を思い出すといつも通りであるということがどんな意味を成すのか想像に難(かた)くない。

 このテンションの高さが五十実の素ではないという事はもうわかっている。だが五十実はなお、普段と変わらぬ様子で接してくる。それは五十実がそう望んでいるということなのだろうか。"今まで通りに接してくれ"というサインなんだろうか。それが五十実の望むものなのならば、俺はそれに答えてやればいい。

 だが、それでも一言だけ言っておきたかった。お節介かもしれない。余計なことかもしれない。だけど俺はそれを言わずにはいられなかった。


「五十実」

「は、はいっ?」

「……俺たちの前では、肩の力抜けよ」

「……はい……」


 そう言うと俺は五十実の反応を見る前に洗面所へと向かう。別に逃げたわけじゃないし恥ずかしくなったわけでもない。ただ無性に、今の俺の顔を五十実に見られたくなかっただけだ。それともう一つ、五十実も今俺と同じことを考えているだろうからな。お互い様だよ。




「マキナ―? おーい、マキナ―。起きてよー」


 顔の火照りを冷ました後部屋へと戻る。すると五十実が未だにベッドで眠っている様子のマキナに声をかけていた。

 その様子を見て異変に気付く。マキナが声をかけても起きてきていないだと? そんなこと、今まで一度もなかったぞ。

 俺はすぐさまマキナの元へと近付く。五十実はよくわからないようなきょとんとした表情を浮かべていた。五十実に説明するよりも早く俺はマキナの口元に手をかざす。すると微弱ながら風の流れを感じる。つまり呼吸はしているようだった。

 マキナには脈はないが、普通の人間と同じように振る舞うために呼吸のような動作をする機能は備わっている。本人曰く、活動を維持するためには必要はないが止めることは出来ないらしい。それはマキナを造った人間がマキナが人間らしくあってほしいが為に付けた機能だろう。それ自体はおかしくはない。


 俺はずっと気になっていた。マキナは何を動力源として活動している?

 マキナに聞いてもわからないの一点張りで俺も皆目見当もついていなかった。食事のような外部からのエネルギーを必要としている様子もなく、呼吸すら必要ないという。マキナの内部で無限にエネルギーを生成しているのだろうか、と楽観的に考えていた節もあるが、それはただ単にわからないことから目を背けていたに他ならない。


 もし、マキナが動くのに何か必要な動力源があって、それが無限でないとしたら、マキナはどうなる?

 俺はもっと早くこの問題と向き合うべきだったのかもしれない。マキナは今まで"眠り"の状態になっていたとしても俺が起きればすぐさま目を覚ましていた。だが今はどうだ。俺は当然目を覚ましている。けれど、マキナは目を閉じたまま動かない。浅い呼吸を繰り返すだけで本当に眠っているようにしか見えない。こんなこと、初めてだぞ。


 俺の焦りを見てか五十実の顔にも不安の色が移っていた。俺は五十実にマキナが起きないことの異常を伝える。当然呼吸をしているから機能が停止したわけではないという文言を付け加えて。それはもしかしたら自分自身が安心したいがための言い訳なのかもしれない。今はただ、マキナが再び目を開けることを切に願うことしか出来なかった。


「……アラタ?」

「っ! マキナ!」


 俺達がマキナを異変に気が付いてから数十分後、マキナは徐(おもむろ)に口を開いた。

 俺達は焦りと安堵からか少し大声でマキナの名前を呼ぶ。それがマキナにとって予想外の出来事だったのか、マキナにしては珍しく少し驚いたような顔を見せた。


「……どうしたの?」

「マキナ~! どうしたのじゃないよー! マキナが起きないから私達すっごく心配してたんだからね~!? 先輩なんて心配し過ぎて右往左往してたんだからー!」


 五十実はマキナに抱き着きながらあることないこと吹き込んでいた。というか五十実、結局お前そのキャラでいくのかよ。さっきの俺のセリフは何だったんだ。


 俺はマキナに起きてこなかったことを心配していた旨を説明する。すると今度はマキナの表情が少し申し訳なさそうなものへと変化していった。


「そう……ごめんねアラタ、マイ」


 心なしかマキナの表情が昨日までと比べて豊かになっている気がする。それを感じたのは俺だけではないようで、五十実もマキナの表情を見てポカンとした顔になっていた。やはり妙だな。マキナに何らかの変化が起きたとしか考えられない。


「マキナ、なにかあったのか? 何も変化ないならそれでいいんだが……」


 本来ならマキナに何か変化があることは喜ばしい事のはずなのに、どこかそれを恐れるような含みある言い方になっていた。俺は恐れているのか、マキナが"変わってしまう"ことを。

 マキナは目を閉じふるふると首を振る。それは俺の嫌な予感への肯定とも取れてしまう。出来れば、勘違いであってほしかった。

 そしてマキナは目を開ける。その瞳は澄んだ海のような、晴れ渡る空のような蒼に染まっていた。

 

「……夢を……見た。私の夢……。そして……パパの夢」


 ずっと望んでいたはずなのに、俺の心は何故だかチクリと痛む。俺にはそれが何故だかわからなかった。

 マキナにとってのパパ。それはマキナの創造主。俺はそれを知りたかったはずなのに……。


 少しの溜めの後、マキナは口を開く。そこから語られる真実は、俺たちが想像もしていなかった"未来"の物語だった。


「聞いてくれる?アラタ、マイ。……ううん、パパ、ママ」


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