23 Dear
俺はその姿を初めて見るが、二人にはあまりにも見慣れた姿だった。
「……弥恵ちゃん……。弥恵ちゃん……ッ!」
五十実は突如現れた少女に駆け寄り抱きしめようとするが、その体は五十実の体をすり抜けてしまう。その瞬間何が起きているのかを理解した。
「マキナ、これって……」
咄嗟にマキナのいる方を見るが反応がない。マキナは目を閉じたまま祈るように指を組み微動だにしていなかった。
これはやっぱり……。
「マキナが作り出した……ホログラムか?」
そう考える他なかった。マキナが声が聞こえると言い猫の人形を受け取った。そして何らかの方法でその持ち主を映し出した、と言ったところなのか。そう仮定はしたが不可解なことがある。
マキナは弥恵の姿を見たことがないはずだ。俺ですら無いんだから。だったらなぜマキナは弥恵を再現出来たんだ?
五十実と風間さんは未だに茫然としている。二人の反応を見るとこれが弥恵であるということは間違いないだろう。だったらどうやって……。
「……舞衣ちゃん」
不意に声が聞こえる。その声の出所は他でもない弥恵だった。その声もスピーカーを通したようなくぐもった声ではなく、まるで本当にそこにいるかのようなクリアな声だった。こんな声まで聞こえるなんて、いよいよもって理解が追い付かなくなる。だが五十実はそんなことを気にしている余裕はない様子で弥恵に声をかけていた。
「弥恵ちゃん! 私だよわかる!? 私はここにいるよ!?」
弥恵の目線の焦点は合っていない。そこだけは映し出された映像のようだった。
弥恵からの反応はない。どこかをぼんやりと眺めるような目をしていると思ったら弥恵は何かを手に取るような仕草を見せた。そしてその何かを手のひらに乗せたようだった。
「舞衣ちゃん、ごめんね。この子に言っても意味はないんだけど、もう私は舞衣ちゃんに会えないから……」
この子、と聞いてハッとする。それは今マキナが手に持つ猫の人形のことか。
マキナの"声が聞こえる"という発言から考えると、これはその猫の人形が持つ記憶から再現している、ということなのか? まだ確証はないがそう考えれば多少は納得がいく。まさか、マキナにそんな能力があっただなんて……。
弥恵は手のひらの上にある"何か"を慈しむように撫でる。こちらからは何も見えないが、恐らくそこにあるのはあの猫の人形なのだろう。
俺は五十実に俺の予想を話す。変に期待を与えたくなかったから。そして、この弥恵がいつの弥恵なのか勘付いてしまったから。
五十実はあれが過去の弥恵を映し出したホログラムであるという仮定を聞き、見るからに落胆した様子を見せる。だが同時に納得した様子でもあった。高校生らしい制服を着ているしそもそも見た目が若い。少なくとも今を生きている弥恵ではないことは明白だった。
「……間違いなく、当時の弥恵だ」
口を閉じていた風間さんが言う。なら間違いないだろう。マキナが過去の記憶からホログラムを映し出した。そう考えるしかない。
決して、死者が生き返ったわけじゃない。
「舞衣ちゃん、私ね? ずっと、ずっと苦しかったんだ……」
弥恵は手のひらの上に話し続ける。それは猫の人形を通じて、五十実へずっと伝えたかったであろう言葉の数々だった。
独白。それは一人の少女の悲哀な人生だった。風間さんから聞いた内容とある程度は同じでも、本人から語られるとその重さは想定を遥かに超える。
ある日突然両親から自分たちの子供ではないと告げられ、同時に戸籍がないという事実を知る。そのため多くの夢を諦めなければならないという運命。それを打開するために親友を裏切るという覚悟。そして起きるあまりにも残酷な悲劇。
本当にこの世界は、ままならない。
「私が夢を追うために舞衣ちゃんを悲しませるなんて、あって良いわけないのにね……。ほんとに私、馬鹿だった……。ごめん……ごめんね……、舞衣ちゃん……」
いつしか弥恵は涙を流していた。瞳から零れ落ちた大粒の涙は床を濡らすことなく消える。だがその後悔は消えることはなかった。
弥恵はそのまま俯き黙ってしまう。涙をこらえているようだが僅かにすすり泣く声が聞こえていた。その様子を見た五十実は弥恵に近付きそっと抱きしめるように手を回した。
罪は消すことは出来ない。だが、許すことは出来る。
「弥恵ちゃん……。私、弥恵ちゃんと初めて会った時本当に嬉しかったんだ。人見知りでずっと一人だった私に手を差し伸べてくれたよね。私はその時弥恵ちゃんに救われたんだよ」
だから、ありがとう。
消え入るほどに微かな声だった。だが、確かに皆の耳に届いていた。
部屋に夕焼けの色が差す頃、弥恵の姿は煙のように消えていた。あっという間の出来事だったように思える。マキナを見るともう既に翼は消え、黒い両眼をこちらに向けていた。
「この子から声が聞こえた。とても、とても哀しそうな声。でも、今はもう聞こえない」
マキナは手の上の猫の人形を見つめながら言う。マキナにはこの人形の……弥恵の声が聞こえていたというのか。そして、それを映像化することが出来た。
マキナの能力は、底が見えなかった。
マキナは人形を五十実に返す。それを受け取った五十実はありがとうという言葉とともにマキナを抱きしめる。マキナはそれをそっと受け止め抱き返した。
マキナにはどこまでわかっていたのだろう。俺とともに全て話は聞いていたがリアクションが全くなかったためちゃんと話を理解していたのかもわからない。だけどそんなこと関係ないんだろうな。ただ必要なのは悲しんでいる人がいるという情報だけ。あとはそれを優しく慰めてやればいい。マキナにはそれがわかっていたのかもしれない。
そしてそれを本能的にやってのけたのだ。
もう哀しそうな声は聞こえない。それは本当のことだろうと俺はマキナの言葉を信じることにした。
俺達はマキナについて俺達が知っていることを全て風間さんに説明する。あんな場面を見せておいてこれ以上秘密にしておくのは無理があった。それに、風間さんには知っておいて欲しかった。
風間さんは俺達の話を邪魔することなく聞く。そして全てを話し終えた後、彼女は僅かなため息交じりに難しい顔をしていた。
「はっきり言って私には理解できない」
当然と言えば当然の反応だった。正直な話俺達にも理解できている部分は少ない。だが確かに存在する。それが今のマキナだった。
俺達の表情が苦々しいものに変わったことを察した風間さんは重ねて言う。
「ああ、別に君たちの言うことを信じていない訳じゃない。全てを聞いて、それを信頼した上で出した答えだ。これは私の理解の及ぶ存在ではない、ということだ」
実際に私も見てしまったからね、と微笑を交えながら言うが、その目は笑っていなかった。
そして次いで来る提案は俺の最終手段と呼べるものと一致していた。
「やはり……白羽先生に相談するべきなのだろうな」
親父はマキナを知らない。だが、相談することは出来る。俺は何度もその手段を思い浮かべては揉み消していた。だが今となっては状況が違う。親父とはどっちみち話を付ける必要がある。その上でマキナの存在は大きなものとなる。
今回の件でマキナが物から過去を再現することが出来るということがわかった。それは多くの人が夢見るものだろう。俺も、親父も、過去に囚われたままだ。だからこの力はうまく使えば切り札となる。
だが、マキナの正体がわかっていない以上これは諸刃の剣ともなる。なるべくなら使いたくはなかった。
「マキナがいようがいまいが、親父とは決着をつけます」
そうとだけ答えた。
聞きようによっては冷たい答えかもしれない。だが俺達親子には最初から暖かみなど無かった。だからこれでいいと思う。ただ淡白に問い詰める。弥恵について、母さんについて、そして俺について。全てを明らかにする。それが俺に託された使命だった。
「先輩、私もついてますから」
気付けば五十実は俺の右手を取りこちらを見上げていた。いつもの様な笑いを含んだ顔ではなく、真剣な眼差しを向ける五十実はどこか頼りになる雰囲気を持ち合わせている。弥恵の姿を見たことで自身に踏ん切りがついたのかもしれない。
「アラタ、私もいる。私には側にいることしか出来ないかもしれない。けど、それが必要なら、私はいつまでもアラタの側にいる」
マキナがもう片方の手を取る。その手は暖かかった。
俺はずっと一人だった。一人で起きて一人で飯を食べて一人で出かける。そして一人家に戻り一人眠る。それが俺にとっての当たり前だった。
だが、いつからか俺は一人じゃなくなっていた。そしてそれが俺を救った。
だったら、一人の辛さを知っているものとして、一人ぼっちの大人の背中を蹴ってやるくらい、してやらないとな。
それが俺にできるたった一つの親孝行だった。




