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マキナのマホウ -machina magia-  作者: 今泉
Dearest Heart
16/34

15 Fatal error 5


 私は一人になっていた。

 それは、どうして?

 弥恵ちゃんに……裏切られたから。

 裏切られたの? でも弥恵ちゃんは普段通りに接してくれたよ?

 私もそれを望んでいた。でも、望んでいたものは、私の理想とは大きく違っていたんだ。

 理想? 何を願っていたの?

 私は……今まで通り弥恵ちゃんと一緒に学校生活を送ることを望んだ。

 その通りになったじゃない。

 でも、違ったんだ。今まで通りじゃ駄目だったんだよ。

 それは、どうして?

 ……わからないよ。そんなの。

 変なの。弥恵ちゃんは理想通りに接してくれたのに、あなたは我儘なの?

 そうなのかもしれない。私が間違っているのかもしれない。私は我儘なのかもしれない。


 そうだ、私は……悪い子なのかもしれない。




 自問自答を幾度となく繰り返す。それだけ時間があったから。当たり前だよね、普段学校に行っている時間に家で布団被って縮こまっているんだから。

 あの日から何日経ったんだっけ。三日…、いや四日? もう覚えてないや。

 私はある日突然学校へ行くことをやめた。他者の介入を拒んだ。お母さんやお父さん、先生の言うことに耳を貸さなかった。

 何か言っていたような気もするけど、覚えていない。全てが私から遮断されたような感覚だった。まるでこの世に自分一人しかいないような、そんな孤独感。でも、そこにあったのは寂しさじゃない。そこにあったのは、自分を傷つけるものが無いという安心感だった。


 一人は嫌って言ってなかった?

 ……一人は嫌。だけど……誰かと会うのも、嫌。

 やっぱり我儘じゃない。あなたは悪い子だね。

 うん……そうだね。やっぱり、私が悪いんだ。


 帰結する。全部全部私が悪い。どうして私が悪いのか。その答えはわからない。けれどそう考えなければ、弥恵ちゃんが悪者になる。私にはそっちの方が辛かった。だから私は外を拒んだ。

 弥恵ちゃんを悪者にするくらいなら、私が悪いと認めて閉じこもっていた方がマシだ。私のたった一人の親友にあんな下らない悪戯に走らせたのは、私が悪い子だったからなんだ。


 悪いことをしたっていう自覚が無いのに自分が悪いと思い込むなんておかしくない? マゾなの?

 違う。わからなくても、理解できなくても認めることは出来る。

 でも、納得はいかないでしょ?

 納得いかなくても飲み込むことは出来る。

 何のためにそこまで背負いこむの?

 それはもちろん、弥恵ちゃんのため。


 この状況を作ったのは誰?

 ……うるさい。

 あなたを裏切ったのは誰?

 うるさい。

 友達のふりして、あなたのいじめに加担していたのは、誰?


 ……うるさい!



 大きな音を立てて何かが壊れる音が聞こえ、はたと意識が現実に引き戻される。ベッドの下へと目をやると枕元に置いてあった目覚まし時計が床に叩きつけられ壊れていた。

 私がやったんだ。無意識のうちに自分自身の理性と向き合いながら自問自答を繰り返していた。そして耐えられなくなって物に当たったんだ。本当にどうしようもなくダメな子だな、私は。

 

 壊れた時計を片付ける気力もない。今はただ、心ゆくまで、自分が納得するまで、他者を拒み続ける。

 私には弥恵ちゃんしかいないのに、その弥恵ちゃんを失ったら私には何も残らない。だから、弥恵ちゃんを"正しく"しなくてはならなかった。たとえ自分を歪めてでも。たとえどれだけ時間をかけようとも。

 もう、他人の言葉なんて耳に入らなかった。弥恵ちゃんとの思い出と、私に謝った弥恵ちゃんの笑顔が乖離して、私と外の世界の間をフィルターのように阻み続けていた。

 





 夜中に目を覚ます。なんだろう、どこか違和感を感じる。何か普段とは違う感じ。でもわからない。

 ベッドの上で辺りを見渡すが暗くてよく見えない。当たり前のことだがそれでもヒントにはなる。つまり違和感は視覚的なものではない。だとしたらなんだ? 音? か、もしくは……におい?


 真夜中だから両親も起きてはいないだろう。私は違和感の正体を探るために自分の部屋の扉を恐る恐る開く。するとすぐに違和感の正体に気が付いた。


 ……なに……これ……。


 夜目に慣れた自分の目を疑う。辺り一帯がどす黒い煙で埋め尽くされていたのだ。

 私の部屋は二階にあり、そこから一階へと通ずる階段の方が妙な明るさを映し出していた。ぼんやりと照るような光。しかしそれよりもまず最初に感じ取った違和感の正体に私はその場にへたり込んでしまう。


 ……煙……焦げ臭い……。焼けてるにおいだ……これ……。なにが……? そんなの……。この家が、に決まってる……。


 その瞬間、私の全身を恐怖心が覆う。

 どうして、なんで、なにがおこって、火事? どこで? 一階で? どうしよう、逃げなきゃ、そうだ、お母さん、お父さん、どこ? どこにいるの? 助けて、私はここにいるよ、だから早く、迎えに来て。


 茫然と、ただ茫然と私は座り込む。早く逃げなきゃと思う頭とは裏腹に体はその場から動くことは出来なかった。

 私の家で火事が起きている。それは疑いようがなかった。だけどその事実は認めたくない。夢だと思いたい。肯定したくない。

 もしも、もしもお母さんとお父さんがまだ寝たままだったら、まだ家から脱出していなかった、どうなっているかなんて考えることは出来ない。

 

 でも、残酷な現実が目の前まで迫りくる。階段の上まで火の手が上ってきたのだ。赤い絶望がぱちぱちと音を立てて忍び寄ってくる。私たちが暮らした思い出を飲み込むようにすべて奪うかのように、私めがけて近付いてきていた。


 

 いや、いやだ、やだよ、こわいよ、助けてよ、お母さん、お父さん、誰か、火を消して、煙を止めて、お願いだから。


 助けて、弥恵ちゃん。



「舞衣ちゃん!!!」


 私の救難に呼応するかのように家の外のほうから聞き慣れた声が聞こえてきた。それは私が最も聞きたかった声で、最も聞いてはいけない声でもあった。


「弥恵……ちゃ……」


 親友の声に縋る様に私は床を這う形で自分の部屋へと戻る。そのまま窓を開け下を見ると想像した通りの人物が私の名を呼んでいた。


「舞衣ちゃん! 早く! そこからこっちに出て! そのままだと舞衣ちゃんも火事に巻き込まれちゃう!!」


 必死の呼びかけだった。一切の欺瞞もないような、そんな本気の訴え。少なくとも私にはそう見えた。でも、私にはわからなかった。


 どうして、弥恵ちゃんはそこにいるの?


 私は窓の下に座り込む。眼を見開き呼吸を整えながら頭を動かす。もう既に火の手が部屋の近くまで迫っているのか、息をするたびに喉がチリチリと痛む。

 

 弥恵ちゃん、助けに来てくれたんだね。でも、でもさ、弥恵ちゃん。今は夜中だよ? 弥恵ちゃんと私の家、そんなに近くないよね。じゃあさ、どうしてそこにいるの? それじゃまるで……。


 弥恵ちゃんが火をつけたみたいじゃない。


 私は信じたかった。弥恵ちゃんは、本当は私を裏切ってなんかないって。

 私は信じたかった。弥恵ちゃんは、私の物を盗んでなんかいないって。

 私は信じたかった。弥恵ちゃんは、いじめに加担なんかしてないって。


 私は信じたかった。弥恵ちゃんは、私の家に火を付けたりなんかしてないって

 


 信頼というものは積み木のようなものだ。積み重ねれば積み重ねるほど大きくなるが、大きく積み上げるのは時間と苦労をかけなければならない。一方崩すのは簡単だ。ちょっとした外乱でいとも簡単に崩れてしまう。


 そう、私の弥恵ちゃんに対する信頼は、そんなにも簡単に崩れてしまっていたのだ。



 やだ、いやだ、たすけて、だれか、こわいよ、みんな、みんなこわい、ひもこわい、けむりもこわい、なぐもさんもこわい、いじめもこわい、やえちゃんもこわい。


「……いや、いやだよ……、やだ、やだ、こわい」


 最早まともな思考回路なんて残っていなかった。ただ私には、全ての物に対する恐怖心しか残されていなかった。


「……いや……、いやぁあああああああああああああああああああっ!!!!!」


 私の意識は途切れた。まるで私が壊れるのを予期して安全装置が働いたかのように、私の心の張りはそこで絶たれたのだった。







 遠くの方で声がする。でも、よく聞こえない。私は水の中にいて、水の外の音を聞いている。そんな感覚だ。勿論ここは水の中なんかじゃない。何処かはわからないけれど、真っ白なベッドの上で綺麗なシーツをかけぼんやりと窓の外の景色を眺めている。

 窓の外には綺麗な紅葉が広がっていた。並木道のような道を小さな子供たちが駆けていく。ああ、元気そうだな、とただ淡白にそう思った。


 私はなにをしていたんだっけ? よく覚えてないや。私は誰だっけ。五十実舞衣、それは覚えてる。

 私はどうしてここにいるんだっけ? 確か……うーん、やっぱりあんまり覚えてないや。

 お母さんとお父さんはどこ? 家にいるのかな。最近会ってない気がするし会いたいな。


 あれ、なんで最近、お母さんとお父さんに会ってないんだっけ。


「う、ぐぅ……っ!」


 頭に急な激痛を感じる。まるで記憶を呼び戻すことに体が拒絶しているようだ。どうして、どうしてそんなことになっているんだろうか。頭を押さえながら必死に堪える。やがて痛みは収まりまた頭はぼんやりとした霞の中にいるような感覚に戻る。


「五十実さーん、調子はどうですか?」


 私がぼうっとしていると一人の看護師さんが優しげな表情で部屋に入ってきた。

 そうか、そういえばここって病室だったんだっけ。何度もそのことに気付いてるはずなのに未だに覚えられない。勿論この看護師さんの名前もわからない。


「何処か痛むところとかありませんか? はい、これでお熱測ってくださいねー」


 痛むところは、ない。どこも痛くはなかった。そのことを伝えようとするも上手く声を出すことが出来なかった。なんでだろう、喉に変な違和感を感じる。まぁ、いいか。

 私は言われたとおりに体温計を受け取り脇に挟む。しばらくしてピピピッと音が鳴ったので看護師さんに返した。


「お熱はないみたいですねー。順調に回復しているように見えますし、担当の先生ももしかしたら早いうちに退院できるかもって言ってましたよー」


 朗らかに笑いかける看護師さん。優しい笑顔だなぁ。思わずこっちまで笑顔になっちゃうよ。


「あ、今五十実さん笑いました? いいですねぇ、五十実さんここに来てから一度も笑ってくれてなかったので五十実さんの笑顔見れて私も嬉しいですよ」


 そう? 私が? 私はよく笑う方だと思うけどな。どうしてだろう。わかんないや。


 では、お大事に。と決まり文句を言って看護師さんは部屋から出ていく。その時扉の外でちらっと見えた面会謝絶の札がどうにも印象に残った。


 私は再び一人になった。

 あーあ、暇だな。誰か来ないかな。お母さんもお父さんも今頃何してるんだろ。なんでかはわからないけど私は今この病院に入院してるみたい。なら早く退院したいな。そしたらお友達とも遊べるし。

 

 お友達? それは、誰だっけかな。やだ私ったら、ボケたのだろうか。いたはずなんだけどな、お友達。おもいだせないや。

 思えばわからないことだらけだ。なんでここにいるのか、ここにくるまえはどうしてたのか、わかるのは自分の名前くらいだった。



 

 その後、数週間入院生活は続いた。

 段々と意識ははっきりしてくるようになり、言葉もちゃんと話せるようになった。そしてその中で、私の記憶は明瞭になっていった。

 まだ全部は思い出せていないけど、家が火事になって、私は消防隊の人に助けられたらしい。火事の原因は恐らく放火だろうと言われた。だけどまだ犯人は捕まってないみたい。


 そして、私の両親はその火事で亡くなったと告げられた。


 事実を告げられた瞬間は特にショックに感じなかった。何故なら私の思考はまだ不完全で、意味を理解するほどの力を持ち合わせていなかったからだ。だから段々と意識が覚醒してゆく中で、ただ端的に両親がもうこの世にいないという事実だけがはっきりと私の目の前に現れた。


 まるで真綿で首を絞められるような感覚。突如告げられるような衝撃ではなく、徐々に理解していく感覚は苦しみも緩慢なものだった。だからこそ耐えられたのかもしれない。でも、それと引き換えに私は笑顔を失った。



 

 退院した私はお母さんの田舎のおばあちゃんのところに引き取られた。帰る場所も、保護者ももういないのだから。当然なのかもしれない。おばあちゃんは私を見てと懸命に微笑みかけてくれたが、時折堪えきれないのか悲しげな顔を見せていた。私はそれを見て、余計に笑うことは出来なかった。

 通ってた高校は中退となり、代わりに通信制の高校に通うことになった。医者の先生曰くそっちのほうが五十実さんにとっていいだろうとのことだ。その時の私にはその意味がわからなかった。

 通信制の高校を卒業してしばらくはおばあちゃんの家で農作業の手伝いをした。おばあちゃんは私にとてもよくしてくれた。おばあちゃんは私に笑顔を取り戻してほしかったのだろうが、私はその期待に応えることは出来なかった。今の私には、優しさそのものが鋭利な棘となり突き刺さるのだから。


 そして私は数年後、都会の大学へと通う決心をした。理由は単純だ。都会なら、人と人との繋がりが薄いと思ったからだ。人は大勢いるが、その繋がりは薄いとどこかで聞いたことがあった。その中でなら、私も違和感を持たれることなく生きていけるかもしれない。誰も私を気にかけないかもしれない。大勢いる中の一部として溶け込めるかもしれない。私はそれを望んだ。 




 引っ越しも無事終わり、私は晴れて一人暮らしをすることになった。最初はおばあちゃんは反対していたが最後には折れてくれた。反対していた理由も私の身に起きた過去を思ってのことだろう。あんなことがあった子供を一人にしたくはなかったのだろうが、私の意志は固かった。私が私であるために、私を群の中に埋める必要があったのだ。

 おばあちゃんは難色を示していたが、ある日急に私と一緒に大学を探してここがいいのではないかと候補を挙げてくれた。おばあちゃんは本当に私のことを思ってくれていた、その事実がまた私を苦しめる。出来れば、私に優しさを向けないでほしかった。




 大学に入って何日か経つが最初の内は説明会などの行事が満載だった。今日もそれのうちの一つだったがそれも滞りなく終わる。その後は自由参加の懇親会があるそうだが、私には関係ない。どうせサークルだとか部活だとかの勧誘に捕まって時間を取られるだけだ。だったら捕まる前にさっさと帰ってしまおう、と思っていたのだが……。


「あー、そこの君ー。新入生? かわいいねー、良かったらうちのサークルに入らない?」


 大学内の道端でなんとも古典的な勧誘の仕方をする男性に話しかけられた。周りを見ると似たような感じで他の学生に話しかける上級生らしき人物が何名か見える。恐らくこういうのが辺りにいっぱい蔓延っているのだろう。数ある中の一つに過ぎないようだ。


「……いえ、興味ありませんから……」


 こういうのは少しでも興味ありそうな素振りを見せると調子づくだろうからにべもなくふってしまうに限る。数うちゃ当たる戦法で話しかけている場合はすぐに引き下がるだろう。

 私はそのまま立ち去ろうとしたが男性に回り込まれてしまった。

 

「まぁまぁまってまって、話だけでもさせてよー。うちのサークルいろいろやってるからさ、君も気に入ると思うよ? 君可愛いからすぐ人気になれるって」


 意味がわからない。なんのサークルなのかすら話さないなんて本当に誘う気あるのか? それに人気って。今の私には最も縁遠い言葉だった。


「本当に結構ですから」


 再び立ち去ろうとするが再び立ちふさがる男性。あーあ、入学早々変なのに絡まれちゃったな。

 

「ほんとにちょっとだけ。ちょっとだけでいいから一緒に来てよ。ね?」


 流石の私も苛立ちを覚えてきた。こうやって押しに弱い女の子たちを無理やり誘っているのか。女の敵だな、と思う。だけどあまり無下に断ってあとで逆上されたら私には勝ち目がない。どうしよう……。

 押しに弱い女の子、か。私は一人の少女を思い浮かべそうになったが頭の中からそれをかき消す。

 

「おい」


 不意に別方向から声がしてびくりと体を揺らす。声のした方向へと目を向けると一人の目つきの悪い短髪の男性が頭をガシガシを掻きむしりながらこちらを睨みつけていた。


「げっ、白羽(しらは)……」


 その名前を聞いて私の小さな心臓は一瞬止まりそうになる。その名前は私の最も大切……だった人と同じ苗字だった。

 

「白……羽?」


 私は思わずその名前を口に出していた。が、当の本人には聞こえていなかったようだ。というより私のこと自体眼中にない様子だった。

 白羽と呼ばれた男性は何故かとても不機嫌な様子だった。そしてずかずかと私に話しかけていた方の男性に歩み寄りガンを飛ばす。その姿はどう見てもガラの悪い不良だった。


「な、なんだ……なんですか」

「なんだじゃねぇよ、道のド真ん中でくっちゃべってんじゃねぇ蹴り飛ばすぞ」

「えっとすみませんこれはサークルの勧誘でして……」

「気色わりぃヤリサーの勧誘なんざ昼間っからするんじゃねぇよ盛ってんのか?ああ?」 


 白羽と呼ばれた男性がもう一人の男性へと詰め寄る。その結果堪らず勧誘していた男性は逃げるように退散していった。その場に残されたのは私と白羽さん、そしてその二人を遠巻きに見る他の学生たちだった。


「えっと……その……あ、ありが…」


 私がお礼を言い終わる前に立ち去ろうとする白羽さん。本当に私が見えていないのか?と錯覚するくらいのスルーっぷりだった。

 でも、このままじゃいけない。追いかけなきゃ。話さなきゃ、白羽さんと。


「あ、あの……! 待ってください……!」


 ここ数年大きな声など出したことが無かったため声は掠れてしまった。しかし白羽さんには私の声が届いたようだった。


「あんだよ」


 こちらを振り返り、変わらず冷たい目線を私に向ける白羽さん。私の知っている"白羽"とはあまりにもかけ離れた目つきに思わず私はたじろぐ。だけど、ここで逃げたらきっと後悔する。だから、私はぐっと白羽さんの目を見つめ返した。


「あの……ありがとう……ございました……。助けてくれて……」


 そこまで言ったところで再び白羽さんは踵を返す。その去り際にそっとこう呟いていた。


「助けてなんてねぇよ。調子に乗んな」


 あまりにもぶっきらぼうな、乱暴な答えだった。でも私にはこれ以上ない答えだったようにも思える。

 もしも"困ってたようだったから"とか"君のために助けた"とか言われていたら、私はまた信じられなくなっていただろう。だからこそ、私の霞がかった視界に白羽さんの姿はより一層際立って見えたんだ。






 入学して数週間が経った。あの日から私はサークルや部活の勧誘に合うことはなかった。ずっと不思議に思っていたのだが、理由はある日突然判明した。


 ねぇねぇ知ってる? 3年の白羽って人。

 んー? 知ってる知ってる。あのガラ悪い人でしょ? こわいよねー。

 そうそうそれそれ。その人にさ、なんと彼女がいたんだってー。

 え? 別に彼女くらいいたって変じゃなくない? あーいうのに惹かれる子もいるっしょー。

 それがさぁ。この学校の一年らしくてー。ヤリサーに勧誘されてたところを助けてたんだってー!

 えーっ! なにそれドラマじゃん! 俺の女に手を出すなって? あー私もそういうふうに言われてみたーい!

 ねー、あの白羽さんが他の人を助けるなんて他に聞いたことないしそれが女の子だってことはー。

 そーいうことだよねー!

 ねー!

 

 ふと聞こえてきた女の子たちの他愛もない与太話。しかし私には心当たりがある。というかその当事者だ。まさかあの出来事がそんなふうに曲解されていたなんて。


 でも、それは好都合かもしれない。


 私と白羽さんが付き合っているという事実がなくとも、今のように噂として広まれば、私に声をかける人はいなくなるかもしれない。

 私には友人なんていらない。一人でいい。一人が良い。だったら、だれも私に近付かなくなればいい。その為には"不良が近くにいる"という情報は私にとって好都合だった。



 だから、私は白羽さんに、先輩に近付いたんですよ。先輩。





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