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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
78/79

39,

 宇宙は黒い静寂で満ちている。

 星もデブリも何もないはずのその空間が、今の僕には青く輝いて見える。望洋とした虚空の中に突然コンテナが現れる。そして消える。また現れて、消える。一回で目的地に送れば手間は少なくなるものの、積荷は確認しなければならない。

 シャッフルされるトランプ、手際よく積み立てられる麻雀牌。そういうものを思い出す。目の前で素早く訳のわからないことをやられると何となく崇敬の念を覚える。

 サタンと名付けられたデーモンは静かにそれを見ていた。高速で姿形を変えるコンテナを一つ一つ把握してデータベースに流す。処理のせいで内部が熱くなることもない。二対のマクスウェル機関はジルに見合った強力な冷却機能を申し分なく発揮している。注文通りだ。

「困ったな。全然痛くない」

「マクスウェル機関の特性が戻りましたか?」

「いや……脱いでみるか?」

 僕はデーモンから降りる。少し前は集中しないといけなかったことが、今は呼吸のように自然だ。大気を火星から持ってきて、中心に重力を置く。僕がぺちゃんこにならないくらいの強さだ。光も持ってこよう。ほんの少しだけ火星の荒野が暗くなるが、それに気が付く人間はいないはず。

 とりあえず呼吸は出来るが、とにかく痛い。寒すぎる。もっと地表に近い部分から持ってくる……牛丼の匂いがするけど、さっきよりはずっといい。指がもう少しで落ちる所だった。

 デブリは僕に降らない。僕とデーモンの周囲7m全てをジルが認識して停止させている。少しの力さえあれば止められる宇宙はこの力と相性がいい。

「……宇宙がすぐそこにある。でも案外綺麗でもないな」

 何にも遮られていない宇宙を見たいという純粋な欲望があった。あったが、今無くなった。さしていつもと同じく静寂と小さな光に満ちた場所だ。それに空想を実現する力を得たのに現実のことばかり浮かんできた。

 僕は人間ではない何かになったような気がした。頭痛も震えもない。今、僕は生身で宇宙に居る。気軽な事故ですぐに死亡する、世界で最も危険な場所に居る。学習でも経験でも散々学んだはずだ。ただ、今はそれよりもノア級で僕に狙いをつけているデーモンの方が怖い。

「何をやってるのです?」

「宇宙にいる」

「生身で、をつけて下さい」

「何回か試したし平気だよ。ゴキブリが生きていられるなら僕もいける。筈だったんだが、あいつら寒くても動きが鈍るだけだな」

「接敵直前ですが?」

「パフォーマンスさ。さっきのコンテナと同じ。地球同盟軍は実際に見ないと安心しない。それでもこんなものを組み込むあたり、かなり面の皮が厚い」

 僕と同じように宇宙を漂うデーモンを見る。大気特性とステルス性を目的に設計された有機的な曲線、背後にある大型のフライトユニット。どちらも僕のために改造、制作されたものだ。ヴォーソーのような可変式の装甲が光に反応して蠢く。まあ、それが銀色にピカピカに塗られていたらそもそも無意味だろうけど。

 これがサタン。僕でも知っているぐらいにはメジャーな悪魔の名前だ。”もうこれ以上コストのかかるやつは出て来ないだろうし、景気よく一番強いやつにした”と同盟軍の整備兵は言っていた。ではもしも発展機体が出来たらどういう名前を付ける、と聞いた。”そりゃサタン2だろう”。出来の悪い映画のような命名だった。

 その内部、臓腑のようにひしめいたセンサーを捉える。着用する僕に向いているものだ。完璧に動いていた歯車じかけの悪魔から部品がひとつ消えた。

「ええ、それは認めます。今抜き取った短波送信機はマスターのバイタルデータを収集して送信していました。地球同盟軍はマスターの能力を恐れている。そして、同時に欲しがってもいる」

「今はそれを集めたからといって再現出来る訳もない。マステマは破壊した。だけど十年、百年経てば……まあ可能かもな。重力の操作が僕の何十分の一でも大惨事になる。どんな情報だって渡すわけにはいかない。だろ?」

「一々あちらで消すのも面倒と言ったのは私ですが。ここまで危険な手段をとる必要が……」

「あったし、やれた。でも心配させたのは謝るよ。そしてありがとう。よく気付いたな」

 ジルは少しだけ黙った。

 踵を返して正面を向いた。重力を偏向して床のような力場を作るのも簡単にできる。暗黒に浮かんだ6隻のノア級宇宙航空母艦と、地球を隠すように浮かぶアツィルト。こちらはたった一隻しかないのに随分な陣容だ。

 それでも僕の心に浮かぶものは無い。恐怖も闘争心も無い。この後のことと、くだらない思い出ばかりが浮かんでくる。忘れられないということは苦痛も2倍だ。

「何というか、変なことばかり思い出すな。何で褒めたんだ僕は」

「こちらとしてはもっと軽率にやって欲しいですが」

「まあ、そうだろうな。僕もそうだった」

 何でも良いから褒めて欲しかった。子供らしい考えだ。忘れていたはずのことは、もう消えはしない。

 フラッシュバックし続ける悪夢。第二次火星戦争、父親の裏切り、人工筋肉の調査、全てのことから逃げられない。そして最初のこと。誰も帰ってこない部屋。何もないしじま。

「父さんが帰ってきても特に嬉しくはない。どっちもたまにしか喋らないし。じゃあ何で褒めて欲しかったんだ?」

 これでいい。肉体的な苦痛に喚くことは出来ないし、しない。あの家の中での視線が消えないのならそれで良い。忘れることは何も無かったことになるのと同じだ。

「何もかも変えられないのに、何で今になってまともになったんだろうな」

「運でしょうか。受け入れて下さい。もっとまともになる道もあります」

「どういう?」

「生き延びて、重力の力をもつマスターが政治的な闘争に身を沈めることです。責任を取るということ」

「君が生き延びてほしい、の間違いじゃないのか」

 デーモンがひとりでに動き、僕を素早く飲み込んだ。指紋をわずかに切り取って重力とともに認証部分に押しつける。0.1mm単位の精密性。こんな曲芸を全く意識もせずに行える。重力は完璧に僕の一部となった。そして、もう身体への負担はない。

 もしも危惧していた通りに状態が悪化していったなら、アーチボルドはとっくに死んでいた。もっと簡単に考えるべきだったな。だけどこれも幸運のひとつと安直に思えはしない。マクスウェル機関と一緒でないと狂う以外に副作用がないのであれば、それなりに運用方法も見つかる。

「やっぱ死なないといけないよな。一週間とちょっとでこんなになるんだから。もう頭は痛くないんだ」

「生きようと思えば出来るはずです。アルクビエレドライブで逃げれば……」

「それで?重力レーダーには引っかかるんだから、そのうちに捕捉される。そもそも生きているだけで研究されるだろう。この力は誰にとっても必要じゃない」

 これがまた芽生えた自殺願望か、僕は分からずにいた。理性は死にたくなんかない、と言っている。正しい判断だとは思っている。重力はせめて、マクスウェル機関だけのものにしておくべきだ。

 夥しい数のエンジェルが動き出す。重力波が飛び交う。いよいよ戦争が始まる。ようやく現実に戻れる。


「少将、注文は何だ」

『出来るだけ被害は少なくしてくれ。彼らも元々は同胞だ』

「了解した」

 通信を切る。馬鹿じゃないかな。

 スラスターを点火。星々を線に変えながらサタンは前進する。常人なら失神する程度の速度、リキベントシステムは正常に稼働している。

 僕は頭に流れてくる18975発のミサイルをアツィルトへとワープさせる。全てがグリアミサイル、デーモンなら数十万機は一瞬のうちに焼き尽くせる量だ。地球を覆い隠す甲虫の色彩の上に、グリア粒子の透明感のある赤色が塗られる。

 だが、それでも地球は隠されたままだ。未知の組成に構築されたナノマシンの塊は既に再生しきっている。アツィルトが巨大すぎて有効打になっていない。こちらのノア級を前進させて火力を増やすか、もしくはブラックホールに飛ばしてしまうか。契約を守るためには前者しかない。

 彼らの注文はひどく面倒だった。自分達よりもずっと戦力の多い敵艦隊を壊滅させずに拿捕したいなんて狂気の沙汰だ。そもそも勝利さえも困難だ。机上での暴論と言っていい。人間なら。

「とりあえずノア級を何とかするか。どうやって?やれることが多すぎるな」

 青紫色の炎が点く。6隻の宇宙空母がゆっくりと前進する。乗っているうちに知ったけど、あれが最大速度らしい。本来の役割がアルクビエレ・ドライブだからそんなにスラスターは要らないのだ。

 HUDより、宇宙より視界よりも深い場所に数字が浮かんでくる。座標だ。僕はそこへ光を伸ばす。数列はさらにその威容を増していく。現実の冷酷さを書き換えるために。

 ノア級、アツィルトからエンジェルと艦船が発進した。予想よりも早く乱戦を選択した。ミサイルを消したからだ。まだ弾数自体は残っているけど、向こうはわざわざ無効化された手段に頼らなくともいい。最悪だな。星雲のようにプラズマ推進器の色が宇宙に散らばる。

 そして、消える。スラスターへ燃料を供給するパイプをテレポートさせた。今頃グリーゼ581dのゴミ収集業者は悲鳴をあげているだろう。宇宙は制御を失った機械と噴き出た燃料で汚らしくなった。

「半分くらい減ってもいいか。特にエンジェルなんて、あっても特に何にもならない。コントロール出来ないなら」

 マクスウェル機関のネットワークを構築させるために無駄に量産され、治安を乱すだけ乱した。しかも人間以上に制御不能だ。せめてもう少し情勢が落ち着いてくれたら……いや、そういう展望を考えてもな。僕は神様じゃない。やるべきことをやるために、ナイフを手にしただけ。

 ただ、人間が入っていないから破壊しても問題ない。それぐらいに留めておこう。

 空間を過重に折りたたんでいく。重力はその過程でその効力を増していく。全て物体は星と同じだ。紙の上の紙は井戸の底へ落ちる。ごく小さな一点へ。イメージだ。アルクビエレドライブは便利だが、それでも問題がある。破壊は不可能だということ。

 かなり大きな目標、さっきミサイルをぶつけたアツィルトやノア級の部品を幾つか抜いたとしてもそのまま動き続けるだろう。ならもっと大きく切り取れば?それは物体そのものが残ってしまう。それに大量のデブリをまた何処かに消す手間が増える。

 ブラックホールに投げ捨てればいいかもしれないが、じゃあここにそれを作ってしまえばいい。重力爆弾だ。

 光が割れる。補足した全てのエンジェルの中心から極大の重力が発生して、物理的強度を無視して破壊する。一瞬ののちに重力反応は消えた。実感が湧かない。たった今想像した全てでエンジェルの大群が無力化されたのだ。

「エンジェル、80パーセント破壊。87、90。重力を収めて下さい」

「了解……出来たのか?意外と簡単だった」

 景色はかつて見たような不可思議な破壊の後に似ている。極限の熱によって燃え尽きた灰と、溶融して出来た何かたち。被害を免れたデーモンの群れもそれにぶつかって無様にもがいていた。推進に使える重力なんてそんなものだ。

 デブリを作らないように心がけても、これか。デーモン

「先程から何度もワープを使っているので、こちらからすれば予想出来ますが。今の攻撃で第一波は撤退を開始しました。しかしアツィルトは健在。いずれ第二第三波は来ます」

「中に人間はいない。今の企業が5年かけて開発するようなドローンがみちみち詰まってる。生産力を落とすことは完全な破壊でないと不可能か……かといってそうするには地球に近すぎる」

 地球を破壊しても良いならそうするけど、あれの中にはマクスウェル博士がいる。壊すだけ壊して計画は既に終了していたなんて事には出来ない。捕まえて胃液が黄色くなるまで吐き出させる。

「第二波、来ます」

「さっきと同じだ。そして犠牲も必要になる、と。少将殿?」

『一体何だね。君の行動なら、転任派以外の攻撃は認めている。実質的に自由だ』

「そうだな。それはそうとして、あちらの指揮官は転任派か?特に艦長は」

『それは……一部違う。ウィリブライド、エラスムス、3番艦と19番艦の指揮官は中道派だ』

「だったら良いか」

 通信を切った。中道派ってことは、こんな時勢になってまで転任派にも統治派にもなりきれなかった半端者の集まりだ。頭を失ったとしても生えてくる。たぶん。

 数列はノイズに編まれていく。夢ではない、これは今から行く場所だと分かる。僕は嫌な思い出を無理くり切り取った。ノア級からノア級へ、GJ581dからケプラー452bへ。船の中心部分にある機関部だ。小さな船はよくあるモジュラー式の脱出艇。たまにピンク色がこびり付いたそれを回収していたから知っている。

「やあ」

 目を開ける。2mもない脱出艇の内部はサタンにとって狭すぎる。でもアラートはない。目線を動かすとフライトユニット、ウイングの輪郭に沿って内装が消滅している。ジルがやったことだ。

 目線を下へ。眼下にはへたり込んだ同盟軍の将校。それなりに太っていて、軍服の下のシャツが見えた。顔は当惑に暮れて見開いていた。だからどうした、ということも無いのだが。僕は腰部のホルスターからオバゾアを抜いて、それに撃った。

 反動は感じない。人間でも扱える程度の火器だからだ。何回か引き金を下ろすのを繰り返すと、目の前の将官は死んだ。ぐったりと倒れた体は床に落ちたゴミ箱のようだった。僕はすぐ元の宙空へと戻った。

「こんな感じか。次からは銃弾だけでいい。感覚は掴めた」

「了解しました。6隻それぞれの司令室と通信が集中している場所を流します。私の能力は人間が居ることまでは分かりますが、その個人までは判別できません」

「ありがとう。充分だ」

 ということは、さっき殺した奴が脱出するなんてことはバレていた訳か。つくづく腕が無かったんだな。

 僕はオバゾアを戻し、背部から武装を取り出す。使い慣れたSAR対デーモン用ライフル。重力が操れるならグラディウスのような火力は必要でなかった。3割ぐらいはそうで、残りの理由は武器が足りていないせいだ。腰だめに構えて、射撃を開始。

 狙いは視界でつけるのではなく、頭の上にある器官で行う。反動が腕に伝う。銃弾は消えていく。ジルが見つけた場所へと。

「ミサイルは……いや、変えてきたな」

 僕は頭の中に来た数列がいきなりその速度を増したことを感じる。サタンが軋むような音を立てている。負荷が上がっている。サタンに二基搭載された量子コンピューターはそれぞれノア級のサーバホストマシンに繋がっている。処理能力はまだ使い切っていない。

 飛来してきたのは砲弾。対艦、対エンジェル用のレールガンから撃ち出されたものだ。消す。グリアミサイルは極めて合理的な兵器だが、対応策もある。到達する前に迎撃が可能なこと。つまりそれよりも早く攻撃でき、しかも射程距離が長い兵器があれば。消す。

 僕が撃った銃弾は彼方の頭目たちを殺していく。12.7×99mm弾は対物ライフルに使われていたこともある。その死体はIEDで損壊したように破裂しているはず。腕や脚、あるいは胴体が引きちぎられて。消す。貫通力ももちろん高い。周りにも被害はある。

 犠牲は将校だけでない。恐らくはその周りにいたただの兵士、それか避難民さえもいるかもしれない。それも犠牲と言えばそうだ。消す。通信が集中しているのは司令室だけか?ジルは可能性がある限りそこを表示するだろう。その程度で済むなら、まあいい。消す。殺す。

 空になった弾倉を交換する。全ての目標が消えて、砲撃もその頻度を減らしていく。やっと終わったか。疲労がある訳でもないが、処理できなければ死ぬ。


 攻撃はすこし落ち着いた。散発的に僕の肉体を破壊しようとするものの、その程度なら問題なく防げる。むしろ気に掛かるのは僕以外のことだ。転任派のノア級が前進しなければ統治派の拿捕は出来ない。無視して進むことも可能だが、契約は契約だ。

 かといってここで戦い続けるのも消耗するだけだろう。いくら重力の力があっても、デーモンは燃料や銃弾を使う。これからは転任派に任せるべきだ。

「少将、敵の司令官は殺した。統治派は混乱しているはずだ」

『ああ、こちらも確認している』

「さっさとそちらの部隊を動かしてくれ。立ち直られたらまたやる事になる」

『君が早すぎるんだ。まだ6分しか経っていない』

 それだけあれば出撃可能だろう、と僕は思う。アラートが鳴った。敵勢力はまだ足止めしている。単騎だ。

「マスター。来ます」

「分かってる。そりゃ居るよな。統治派についた企業も。主観的に見たその最たる例だ」

 統治派は地球間国家同盟がかつてのように全てを管理することを望んでいる。もしも彼らが望む世界が実現したなら、企業の自由はかなり無くなるだろう。それでも味方する企業はいる。マクスウェル博士が作り上げたものたち。

 僕がいた企業もその一つだった。ラウンケル社。ナノマシンを主に取り扱う軽化学工業会社。そしてそこにいた仲間とも呼べない人間たち。

『気楽なこったな、くそやろう。神様気取りか?』

「わざわざオープンで言う事かい。ジルは僕の味方だぞ」

『うるせえよ』

 恒星のようなスラスターの炎をあげ、一機のデーモンがやってくる。全てをバラバラに何処かへ飛ばしてやることも出来る。装甲の一片、ケーブルの一本、銃弾の一発、グリスのひとさし、ただ一人の人間。だけど僕はそうしない。

 目の前にいるのはアゲナ・バラード。意識的に忘れていたが、意外と声だけで思い出せるものだ。彼と向き合うのは自罰的な感情か?

『お前の傷、ナノマシンで塞げば動いたぜ。ずりい手使いやがって』

「そうか」

 視界に映るデーモンは一機のみ。こいつ、本当に一人で来たのか?

 敵の機体はヴォーソー。サタンの改造元でもある最新鋭のデーモン。だがラウンケルに金はもうないらしい。度重なる補修のため、シルエットは歪だ。装甲はサブノックとビフロンス、ウイングやセンサーも他のデーモンの継ぎはぎ。本来のステルス性能の何分の一が発揮されているか。

『死ね』

「訓練にはちょうどいいか。ジル、動かしながら目標を補足してくれ」

「了解しました」

 銃弾とマイクロミサイルを避ける。頭の中に流れ込んでくる数列を感じながら、現実の光景に対処していく。バレルロール、コブラ。ドッグファイトの三次元戦闘は久しぶりだ。活かす機会はない方がいいが、それでも行う可能性がある。そんな言い訳をした。

 グリア粒子の赤い炎がきらめく。ヴォーソーが発射したミサイルは何にも触れる事なく爆発した。遅い、いやサタンの速度が思ったよりも出ているのか。演算機能と最低限の武装以外は全て機動性に回してくれという要望は叶った。

『何とか言えよ。ジョージもセキスイも!お前のせいで死んだ!』

「うーん」

『ジョージは俺を庇って死んだ。ミサイルに焼かれて、叫び声をあげながら!デーモンの中で焼かれて、骨も残ってねえんだ、どこにも帰れないんだぞ!』

『セキスイもだ!自爆ドローンが寝てる時にやってきたんだ、怪我で苦しんで逃げられなかった!身動きも出来ず死がやってくる、お前にその気持ちが分かるのか!?』

「分かる訳ないだろ。僕は死んでもいないし。君たちを助ける義務はなかった」

『お前が見捨てたんだ』

「困ったな。全く罪悪感がない。僕ってここまで最悪な人間だったか」

 ライフルは構えなかった。撃つ意味が無い。ひたすら攻撃を避けていく。ジルが動き回るアゲナを補足していても、現実を塗り替えるほどの負荷はない。彼の言葉にも。

 あの2人が死んでいるということについて、何か心が動くようなことは無かった。まあそういうこともあるだろうな、というだけだ。もっと親しい人間が……例えばミランが死んでも……同じだろうけど。

 ヴォーソーは極めて乱暴に、そして殺意を隠さずに動き続ける。銃撃を避けた位置へ自爆ドローンを向かわせて、衝撃で回避行動をずらす。CILWSでカメラを狙う。マイクロミサイルをマニュアルで散らす。対処が面倒臭く、そして見事だ。僕が避けることに徹していなければどうなっているか。

 彼の技量は少し前の見る影もなく、熟達している。知る由もないがたくさんの任務が彼らに襲い掛かったのだろうと考える。ネリーは僕たちがいた部隊に限らず、沢山の戦力を動かしていた。そんな人間が死んだのだから彼らの待遇は想像出来る。ああ、僕は良いところで抜け出したと見られなくもないのか。

 憎悪を燃やして戦う彼を見て、僕は一人の狂人のことを思い出した。アーウィン・リース。感情をむき出しにしたまま戦いを楽しむ、おそらくは僕に最も近い人間。アゲナはむしろ嫌悪してすらいる。おそらく、を持ち込む暇もなく反対の人間だ。

『お前があのクソババアを殺したから!俺たちは!』

「誤解される言い方で言うなら、僕のせいじゃないな。それこそネリーのせいだ。僕たちを攻撃したのが悪手だった。勿論、アゲナが彼女に雇われていたことが間違いだったということもない。運が悪かったってことさ」

 僕も彼も悪い選択をしたわけではない。むしろ以前の状態であったら十分に未来を見据えた現実的な選択をした。

『この……』

「やっぱりいいや。何か考えるものがあるとは思ったけど、何も無かった」

 つまりはいつもと同じ。僕は想像した。彼が宇宙に投げ出され、死にいく姿を。銃弾と自爆ドローンが目の前を通過していった。サタンは最高速度を保ったままかなりの角度で旋回できる。アウターシールドに損傷はほぼ存在しない。凍って、体内にある水分が弾けていく。苦痛を感じていられるのは少しの間だけだ。

 アゲナがそうなる。いい気分だろう。憎んでいるとまで行かないものの、かなり嫌いな人間だ。それが惨たらしく死んでくれるなら嬉しい。でもそれをして、何になるのかと言われればそうだ。私怨でしかない。殺すしかないならそうするが、あいにく選べるような力があるのだ。

 だけど殺してもどうにもならない。結論はそれだった。スーパーパワーを手に入れて、決意を新たにしてもやはり変わらないんだな。

「じゃあな。また会おう」

 何かを振り挙げていたヴォーソーは青い光の中に消える。アルクビエレ・ドライブ。検証は終了だ。格闘戦時の負荷も、ジルの処理能力を妨げない程度にしかならない。使わないだろうけど、そういう強度まで追い込むのが商品テストだ。

「どこへ飛ばしましたか?」

「僕の家。ひとまずは安全だ」

「……私たちの自宅へ。どうして……」

「咄嗟だったから。ああ。殺す意味もないだろうし。不出来でも、救うことは出来るってことは……多分、父親なんて関係なかったんだな」


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