第7話 誰得OTP、はじまる
王国騎士団が村に到着したのは、討伐要請を出してから、ちょうど三日後の昼下がりのことだった。
地平線の向こうから響いてくる馬蹄の音に、村中の人間が我先にと村の入口に集まった。私も例に漏れず、野次馬根性丸出しで人だかりの後ろの方に紛れ込んでいた。
――厳めしい、歴戦の武人。頭が固そうな、いかにも「規律です」みたいな顔をした人。
昨夜、あれこれ思い描いていた騎士団長のイメージは、土煙を切り裂いて現れた本人を見た瞬間、粉々に打ち砕かれることになった。
先頭を駆けてくる馬上の男性は、まず、若かった。それから、明らかに、顔がいい。茶色い髪を短く整え、碧い瞳がまっすぐに前を見据えている。鎧の上からでもわかる、鍛え上げられた体躯。馬を止めて颯爽と飛び降りるその一連の動作すら、なんだか妙に様になっていた。
「王国騎士団、団長のブレイズ・ヒースだ。討伐要請を受け、参上した」
よく通る、力強い声だった。村長さんが慌てて前に出て挨拶を交わしている間も、私はといえば、人だかりの隙間から、その一団を食い入るように観察していた。
――待って。待って待って。これは。
オタクの血が、こういう時だけ異様な速さで沸き立つ。
団長の後ろに控える副団長らしき人。無口で、無表情で、でも団長の一挙一動をさりげなく目で追っている。その隣には、まだ若い新人らしき騎士が、緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。
――これは。この構図は。
(無口な副団長×団長。いや待て、新人騎士×団長という線も捨てがたい。いやしかし、あの副団長の、団長を見る目の温度……これは、間違いなく、何かある……!)
誰にも聞かれていないことをいいことに、私は脳内で猛烈な勢いで組み合わせを吟味し始めていた。名付けて、誰得OTP選手権、開幕である。
もちろん、誰も得しない。私しか得しない。それどころか、私自身、この妄想が何かの役に立ったことは一度もない。それでも、この止まらない衝動だけは、前世から変わらず私の中に息づいている。
――ああ、尊い。会って数秒でこの供給量。今日は良い日だ。
「――そちらの、聖女殿とお見受けするが」
突然、低くよく通る声が、こちらに向けられた。
はっとして顔を上げると、いつの間にか、ブレイズ団長がこちらをまっすぐに見ていた。碧い瞳と、正面から目が合う。
――しまった。妄想に浸りすぎて、反応が遅れた。
「あ、は、はい……! 聖女の、マイと申します……!」
慌てて背筋を伸ばして頭を下げる。心臓が、いつもとは違う理由でどきどきしていた。決してときめきとかそういうのではなく、単純に「見られていた」という恐怖からくる動悸である。多分。
「此度は迷惑をかけることになる。討伐が終わるまで、しばし世話になる」
そう言って、彼は軽く頭を下げてきた。騎士団長ともあろう人が、田舎娘の私に対してこんなにも丁寧に接してくれるとは思わなかった。予想外の腰の低さに、私は内心でますます動揺した。
――え、なに、この人、感じいいじゃん。厳めしい系じゃなくて、爽やか系だった……。
脳内での彼のポジションが、瞬時に「厳格な上官キャラ」から「爽やかで面倒見のいい上官キャラ」に修正される。これはこれで、これはこれで需要がある。
「マイちゃん、団長様にご挨拶したのかい? しっかりしとくれよ」
村長さんに小突かれて、私は我に返った。周りの村人たちは、この輝かしい一団の登場に、すっかり浮足立っている。子どもたちは目をきらきらさせて騎士たちの鎧を見上げているし、若い女性たちの何人かは、頬を染めてこそこそと囁き合っている。
――気持ちはわかる。わかるけど、私は違う視点で興奮してます。
誰にも打ち明けられないその興奮を胸に秘めながら、私はブレイズ団長たちが村の広場へと案内されていくのを、少し離れた場所から見送った。
この後、村長さんの家に設けられた即席の会議の場で、討伐作戦の詳細が話し合われることになるらしい。私には関係のない話だろうと、そのまま自分の家に戻ろうとした――のだが。
「――聖女殿にも、同席していただきたい」
ブレイズ団長のその一言で、私の平穏な帰宅計画は、あっさりと崩れ去ることになった。
「え……私も、ですか?」
「ああ。この村の事情に詳しい者の話は、貴重だ。それに――」
彼は、そこで一度言葉を切って、私をまっすぐに見つめた。
「貴殿が先日送った紹介状――聖務院の記録によれば、貴殿の祝福は、この討伐に関わる可能性がある。詳しい話を、聞かせてもらいたい」
その言葉に、私の背筋にすっと冷たいものが走った。
――嫌な予感しかしない。
隅っこ暮らし希望、事なかれ主義の私の人生において、こういう「詳しい話を聞かせてほしい」という展開は、大抵ろくなことにならない。前世の記憶がそう教えてくれる。
でも、断れる雰囲気でもなかった。碧い瞳に真剣に見つめられて、断れる人間が、この世にどれだけいるだろうか。少なくとも私には、無理だった。
「……はい。わかりました」
観念して頷きながら、私は内心で盛大にため息をついていた。
――せっかくの誰得OTP鑑賞タイムだったのに。これは、面倒なことになる予感しかしない。
でも同時に、頭の隅っこの、いつもの妄想担当の部分が、ちゃっかり呟いていた。
(あの副団長さんの視線、もう一回よく観察したいな……一挙手一投足をつぶさに見てるなんて、そんなの、ねえ?ふふふふふふふふふふふふ)
オタクとは、業が深い生き物である。




