第8話 カス祝福、まさかの出番
村長さんの家に設けられた即席の会議室に通されると、そこにはすでに数人の騎士が地図を広げて何やら話し合っていた。ブレイズ団長を筆頭に、あの無口な副団長さん、それから、いかにも頭脳派といった雰囲気の眼鏡の男性が一人。
――軍師枠か。誰得OTP選手権、参加者が増えたな。
場違いな考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに叩き潰した。今はそれどころではない。
「早速だが、聖女殿。貴殿の祝福について、詳しく聞かせてもらえるだろうか」
ブレイズ団長に促され、私は緊張しながら口を開いた。
「……えっと、私の祝福は、『採取した草木を、摂氏マイナス二度にする』というものです。効果は48時間持続します。それだけです」
言いながら、いつもの気まずさが胸に込み上げてくる。この能力を説明するたび、相手の顔に浮かぶ、あの「地味だな」という微妙な色。今回もきっとそうだろう、と身構えていた。
ところが。
「――摂氏マイナス二度、確実に、四十八時間」
軍師枠の男性が、地図から顔を上げて、眼鏡の奥の目を輝かせた。
「団長、これは使えます。むしろ、これ以上ないくらい、都合がいい」
「やはりそう思うか」
ブレイズ団長も、真剣な顔で頷いている。
――え。え? 何が起きてるの。
「聖女殿。此度討伐する魔物は、『熱気を発する魔物』と呼ばれる種だ。奴らは体温が異様に高く、我々の武器も、下手に近づけば柄まで熱を持って扱えなくなる。これまでの討伐でも、装備の劣化と、味方の熱中症・火傷が最大の悩みだった」
軍師枠の男性が続けて説明してくれる。
「そこに、確実にマイナス二度まで冷やせて、しかも二日近く効果が持続する薬草がある、というのは、非常に大きい。武器を定期的に冷却材で覆えば劣化を抑えられるし、隊員たちの体温管理にも使える。これまでは、簡易的な水や氷嚢に頼るしかなかったが、それでは全く追いつかなかった」
――待って。私のカス祝福が。エアコンとか冷却材みたいな扱いで、まさかの実用化。
頭が状況についていかない。今まで散々「地味」「役に立たない」と言われ続けてきた能力が、まさかこんな形で「使える」と評価される日が来るなんて、想像したこともなかった。
「もちろん、直接魔物と戦っていただくつもりはない。あくまで後方支援としてだ。だが――」
ブレイズ団長が、そこで少し表情を和らげた。
「貴殿の力があれば、多くの隊員の負担を減らせる。無理にとは言わないが、力を貸してもらえないだろうか」
真剣な、それでいて優しさの滲む声だった。
――ずるい。そんな顔で頼まれたら、断れないじゃない。
断る、という選択肢が、頭の片隅をちらりとよぎらなかったわけではない。事なかれ主義、隅っこ暮らし希望の私の信条からすれば、こういう「大事」に首を突っ込むのは、本来は避けたい展開だ。討伐現場なんて、危険この上ない。魔物とか、熱波とか、そういうものに近づくなんて、正直、御免被りたい。
でも。
――トマスさんのときも、この間の火傷のときも。私に、ちゃんとできることがあったじゃない。
脳裏に浮かぶのは、村の男性が、冷やした草でようやく落ち着いた呼吸を取り戻したときの、あの安堵した表情だった。あのとき感じた、小さな灯りのような達成感。今回も、もしかしたら、同じように誰かの役に立てるかもしれない。
「……わかりました。私にできることがあるなら、協力します」
気づけば、そう答えていた。自分でも、少し驚いた。隅っこ暮らし希望の私が、まさか自分から前に出るようなことを言うなんて。
「感謝する。無理はさせない。危険な場面には近づけないと約束しよう」
ブレイズ団長が、心底ほっとしたような笑みを浮かべた。その笑顔がやけに眩しくて、私は思わず視線を逸らしてしまった。
――い、いや、深い意味はない。ただ、単純にイケメンの笑顔が眩しかっただけ。断じてときめきではない。
「では、明日の早朝、出立する。聖女殿には、後方の陣で薬草の冷却と、負傷者の応急対応をお願いしたい」
「はい、了解しました」
しっかりと頷きながらも、私の心臓は、緊張とも別の何かとも判別のつかない速さで脈打っていた。
会議が終わり、家に戻る道すがら、私はぼんやりと空を見上げた。今日もまた、燃えるような夕焼けが広がっている。
――明日から、私は「戦力」の一部として扱われる、のか。
柄にもないことだと思う。地味な祝福を抱えて、隅っこで生きていくつもりだった人生に、こんな展開が待っているなんて、少し前の自分に言っても、絶対に信じてもらえないだろう。
不安がないと言えば嘘になる。でも、それと同じくらいの重さで、胸の奥に、小さな高揚感も生まれていた。
――カス祝福でも、こんなふうに、誰かの助けになれるんだ。
その夜、私は薬草籠いっぱいに、明日のための雑草を摘み溜めた。いつもより丁寧に、いつもより真剣に。冷やしながら、一枚一枚、確かめるように手のひらに乗せていく。
明日は、きっと長い一日になる。そんな予感を抱きながら、私はいつもより早く布団に入った。




