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はずれ祝福持ちの私が、なぜかイケメン騎士団長に溺愛されているらしいです  作者: (さ)くま


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第6話 世界の異変の影

 悲鳴が聞こえたのは、まだ朝靄も晴れきらない時間のことだった。


 寝ぼけ眼をこすりながら外に飛び出すと、村の入口の方から、大人たちが慌ただしく駆けていくのが見えた。何人かは鍬や鎌を握りしめている。ただごとではない空気に、私の眠気は一瞬で吹き飛んだ。


「マイちゃん! 大変だ、来てくれ!」


 顔なじみの農夫さんに腕を掴まれ、私は訳もわからないまま雑木林の方へと連れて行かれた。走りながら、脳裏を色んな想像がよぎる。獣が出たのか、それとも隣村との揉め事か。まさかとは思うけれど、あの「熱竜の呪い」なんて迷信じみた噂が、まさか本当だったりするんじゃないだろうな――そんな埒もない考えまで浮かんでは消えていく。


 そこで目にした光景に、私は思わず息を呑んだ。


 林の際が、ぼうぼうと燻っている。木々の一部が黒く焦げ、地面のあちこちから、揺らめく陽炎のような熱気が立ち上っていた。そしてその中心に――丸みを帯びた、真っ赤に焼けた炭のような塊が、ゆっくりと蠢いている。


 大きさは大型犬くらいだろうか。体の表面はぼこぼこと泡立つように波打ち、動くたびに、じゅうっという嫌な音とともに周囲の草がひとりでに燃え上がっていく。


 ――あれが、噂に聞く「熱気を発する魔物」ってやつか。


 行商人から聞きかじった話でしか知らなかった存在を、まさか自分の目で見る日が来るとは思わなかった。恐怖よりも先に、現実感のなさが勝る。前世でいうところの、テレビの向こう側の出来事が、いきなり目の前に飛び出してきたような感覚だった。頭のどこかが、「これ、絶対あとで大変なことになるやつじゃん」と冷静に分析している自分もいる。オタクの悲しい性なのか、こういう時だけやたらと状況把握力が働くのだ。


「クソッ、近づけない! 熱すぎる!」


 村の若い衆が数人がかりで水をかけようとしているが、桶の水は魔物に届く前に湯気になって消えてしまう。埒が明かない。水をかければかけるほど、白い蒸気が立ち込めて、あたりの視界がどんどん悪くなっていく。


 そんな中、一人の男性が、地面にうずくまって呻いていた。魔物に近づきすぎたのだろう、腕から肩にかけての衣服が焼け焦げ、露出した肌が赤く爛れている。


「ああ、あっ……! あづい、あづいいっ……!!」


 悲痛な叫び声に、私の体は考えるより先に動いていた。


「――退いて! 私が診るから!」


 自分でも驚くくらい、大きな声が出た。人だかりを掻き分けて男性の元に駆け寄る。火傷だ。それも、かなり重度の。前世の記憶が、必死に警鐘を鳴らしてくる。テレビでちらっと見た応急処置特集の記憶とか、職場の防災研修で聞いた気がする豆知識とか、ふだんはとうに忘れていたはずの断片が、こういう瞬間にだけ都合よく浮かび上がってくる。


(冷やせ。とにかく、すぐに、冷やせ――!)


 薬草籠から、いつも通りの雑草を掴み出す。摂氏マイナス二度。今この瞬間、この温度が、これほどまでに欲しかったことがあっただろうか。


「我慢して! すぐ楽になるから!」


 焼け爛れた肌に、冷やした草を押し当てる。男性がびくりと体を震わせ、それから「――ひぃっ……」と、悲鳴とも安堵ともつかない声を漏らした。


 効いている。


 トマスさんのときとは、明らかに違う手応えだった。あのときは、私の冷却はただの気休めでしかなかった。表面をなだめるだけで、体の内側で進行する何かには、指一本触れられなかった。


 でも今は、違う。


 火傷というのは、熱が皮膚の奥へ奥へと浸透し続けることで、被害がどんどん広がっていくものだと、前世のうろ覚えの知識が教えてくれる。だから、何よりもまず「これ以上熱を入れない」ことが大事なのだと。とにかく冷やせ、水で流せ、氷なんかなくてもいいから冷たいものを当て続けろ――そんな、誰に教わったのかも定かでない知識の切れ端が、今になって役に立っている。


 ――これなら、私にもできる。


 次から次へと新しい草に取り替えながら、私は男性の腕や肩の熱を奪い続けた。冷やしすぎて凍傷にならないよう、加減にも気を配る。しばらくすると、あれほど激しかった呻き声が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。爛れた肌の赤みも、進行が止まったように見えた。


「マイちゃん……ありがとう、な。だいぶ、楽になった……」


 男性が、額に汗を浮かべながらも、弱々しく笑ってくれた。その笑顔を見た瞬間、じわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。


 ――役に立った。今度こそ、ちゃんと、役に立った。


 トマスさんのときの、あの静かな虚しさが、少しだけ薄れていくのを感じる。私の祝福は、確かに地味だ。派手さもなければ、劇的な奇跡も起こせない。でも、こういう場面では、ちゃんと意味がある。


「うおおおおおおおおおおっ!!」


 浮かれかけた私の耳に、村の男たちの絶叫が飛び込んできた。振り返ると、あの真っ赤な塊が、こちらへ向かって転がるように移動を始めているところだった。動くたびに地面が焦げ、周囲の草木がぱちぱちと爆ぜていく。


「みんな、逃げろー! 近寄るなー!!」


 村長さんの声が響き渡る。誰もが我先にと後退する中、私も慌てて焼け爛れた男性を抱えるようにして距離を取った。火傷の男性を背負って走るには、正直、私の細腕では心もとなかったけれど、恐怖がそんな心配を全部押し流してくれた。


 幸い、魔物の動きは緩慢だった。人を追いかけて襲ってくるというよりも、ただ熱を撒き散らしながら、あてもなく彷徨っているだけのようにも見える。それでも、あの体に触れれば、今の比じゃない大怪我をするだろうことは、火を見るより明らかだった。


「こんなもん、俺たちだけじゃどうにもならん……!」


 村長さんが、苦々しい顔で吐き捨てる。

 村には、魔物と正面から戦えるような武装した戦力はない。せいぜい、鍬や鎌を振り回すのが精一杯だ。あんな異形の熱の塊を相手に、まともに立ち向かえるはずもなかった。


「王国騎士団に、討伐要請を出すしかない」


 村長さんの言葉に、周囲の大人たちが一斉に頷いた。

 その日のうちに、正式な討伐要請の書状が、王都へ向けて送り出されることになった。同時に、村は「厳戒態勢」を敷くことが決まった。日暮れ以降の外出禁止。子どもたちは家から出ないこと。井戸や畑への往来も、最小限の人数でまとめて行うこと。あの熱い塊がいつどこに現れるかわからない以上、しばらくはみんなで固まって行動するしかない。


 のどかだった村の空気が、一気に張り詰めたものに変わっていくのを、私は肌で感じていた。冷えピタをねだる子どもたちの声も、心なしか今日は控えめだった。


 夜、家に戻った私は、火傷を負った男性の容態が落ち着いていることを聞いて、心の底からほっとしていた。同時に、胸の奥に、これまでとは違う小さな灯りが灯っているのも感じていた。


 ――カス祝福、意外と、役に立つかも?


 トマスさんのときはあんなに無力感に打ちのめされたのに、今日は違った。冷やす、というたったそれだけの単純な力が、誰かの苦しみを本当の意味で和らげることができた。その事実が、思いのほか、私の心を軽くしてくれていた。


 ――もしかして、私にも、それなりに使い道があるのかもしれない。


 柄にもなく、そんなことを考えてしまう。地味だ、カスだと自分を卑下し続けてきたけれど、案外、捨てたものじゃないのかもしれない。今日みたいに、ちゃんと誰かを助けられる場面が、これからもあるのかもしれない。そう思うと、少しだけ、自分のことを好きになれる気がした。

 ……この浮かれた気持ちが、この後すぐに、盛大なしっぺ返しを食らうことになるとは、この時の私は、もちろん知る由もなかった。


 王都からの返事は、思いのほか早くやってくることになる。しかもそれは、私が想像していたような、悠長なものではなかった。


 王国騎士団、それも、王国騎士団長自らが率いる部隊が、この村へと派遣されることが決まったのだ。

 どうしてそんな大事になるのか、この時の私には、まだわからない。ただの村の外れに湧いた魔物一匹の討伐に、わざわざ団長自ら出張ってくるなんて、あまりに大袈裟な話に思える。何か、私の知らない事情があるのかもしれない――そんな漠然とした違和感を抱きながらも、私はそれ以上深く考えることをしなかった。


 村の空気がにわかに慌ただしくなっていく様子を、私はぼんやりと眺めていた。宿の女将さんが「騎士団長様がいらっしゃるなら」と、慌てて空き部屋の掃除を始めている。子どもたちは子どもたちで、「きしだんちょーって、つよいの?」「かっこいいの?」と、恐怖そっちのけで無邪気にはしゃいでいる。


 私はといえば、宿の女将さんほど浮かれる気にはなれなかった。騎士団長というのは、たしかヒロインが助けを求める物語なんかによく出てくる、遠い存在だ。前世の記憶にある、鎧姿の凛々しい人たちのイメージが、頭の中でぼんやりと像を結ぶ。きっと厳めしい顔をした、いかにも歴戦の武人という感じの、近寄りがたい人が来るのだろう。私のような、隅っこ暮らし希望の地味な祝福持ちには、挨拶を交わすことすらないまま、任務を終えてさっさと王都へ戻っていくに違いない。


 ――まあ、それならそれでいい。目立たず、騒がず、平穏に。これが私のモットーなんだから。


 そう自分に言い聞かせながら、私は寝床につく準備を始めた。窓の外では、いつも通りの生ぬるい夜風が、乾いた土の匂いを運んでくる。今夜だけは、脳内BLシリーズの続きを考える余裕もなく、私は珍しく何も考えないまま、目を閉じた。


 平穏だった日々の終わりが、静かに、しかし確実に、すぐそこまで迫ってきていた。

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