つゆ草の処刑台
「汐、だよな」
ふと呟いた。30秒くらい脳がフリーズを起こす。溶けたころにはドアが開き、ひょっこりと汐が顔を出した。
「入って。」
少し怒りつつも相手が夏樹だと分かったからか、表情に敵意は感じなかった、はず。
「ああ。」
腑抜けた声が体から鳴る。そのまま洗面所に入場した。
「で、何しに来たのか50字以内で端的に答えよ。答えによっては夏と言葉ではなく拳で語る必要があるから、上手に鳴けよ。」
とりあえず、処刑は確定らしい。執行者である汐は黒い前髪をヘアバンドで後ろ髪はお団子で結び、白いネグリジェを着て、椅子に座っている。
「マジで女子なのか?」
「遺言はそれでいいのかい?」
ふと思っていたことが言葉として汐の耳に届く、そしてすぐさま殺意のこもった返答を送信してきた。あまりの殺意に腰を抜かし、壁にもたれかかる。
「覗きに来たってことで宜しいのかな。な、つ、き、くーん。」
汐が椅子から立ち腕をぶんぶん回しながらこちらに迫ってくる。執行準備だろうか。ここで弁明しないとマジで死ぬ。ここで弁明しない、いやするのである。
「いや、あの私あなたに挨拶にと伺ったのですが...」
「へー。挨拶するのとついでに見るっていう作戦かー。ギルティ。」
弁明は逆にトラの尾を踏んだだけに終わった。執行者、汐は夏樹をぼっこぼこに殴った。それは一方的な蹂躙だ。汐が20発のスイッチストレートをぶち込んだ後、夏樹に話しかけてきた。
「で、もう一度チャンスをやる。何をするつもりだった?」
「いや。あの、本当にあいさつに向かっただけで。」
「脳が壊れているんだね。壊れているものって叩けば治るって聞くけど本当かなー。試してあげる。大丈夫。脳細胞の隅の隅まで治すから。」
再び汐が戦闘態勢に入る。そして右こぶしが夏樹の顔面に迫る。
「いや、待て。俺はお前がお、男だと思ってー。」
「は?えっ。」
汐の拳が止まる。あと20㎝で夏樹の顔面にヒットしていただろう。
「え。待って。あなたの認識では私は男ってことでOK?」
「OK。女だってわかってたらわざわざ風呂場まで行って挨拶なんてしないって。」
しばらくの沈黙が流れた。おばの車の中で起こった沈黙とはわけが違う。汐は少し慌てているように見える。それを下アングルから見つめる夏樹。下から見たことで小顔効果でより汐が美しく見える。叔母の子供なのだから当たり前なのだがとてつもなく雅である。そんなことを夏樹が考えている間にも汐は言い訳なんかでも探しているのだろう。そして汐が出した答えは。
「な、なぐってしまってすいませんでした。で、でも夏だって私の裸見たんだからお相子でしょ。」
素直に謝ってきたことにすごく感心してしまった。正直「知らなかったなんて関係ない。夏が見たのが悪い」とかいって殴りかかってくると予想していたから、びっくりが8割を占めている。
「はい。謝ったし、夏も挨拶済んだでしょ。だから早く出てって。」
少し強引だが汐は俺を部屋からつまみ出した。
「痛ってー。」夏樹は膝をつく。しかし目の前にいる。まじもんの執行者に気が付かなかった。
「君は脱衣所で何をしていたのか少し興味がある。しかし場合によっては君に愛の鞭を打つがね。」
叔母がいる。般若顔が限界突破して血管が千切れそうである。
「えっとー。」
「あいにく、私は汐ほど優しくはないから。お前さんの刑は死刑決定だがな。」
おわた。そのあと叔母から30分の説教を受ける羽目になった。風呂まで挨拶しに行く馬鹿がどこにいる。と一方的に夏樹の言い分を静かにマジレスしてきて泣きそうになった。叔母恐るべし。
説教がおわり、荷物を運んでいないことを思い出し叔母の言っていた3階の左の部屋に荷物を置きに行く。スーツケースが重いから階段を上がるだけでも一苦労である。とりあえず、今日はいろんなことがあり疲れた。早く風呂に入りスマホでソシャゲでもしよう。夏樹はそのようなプランを思い描きながらドアノブをに手をかけ勢いよくドアを開けた。部屋自体は6畳あるかってくらいだろう。勉強机に椅子。ローテーブルにシングルベッド、小さい冷蔵庫なんかもある。夏樹は特に冷蔵庫がいちばんうれしかった。もともとゲームをして夜更かしするのが好きな夏樹にとって、飲み物を取りに行くためだけにゲームをわざわざ中断して下に取りに行くのはだるいのである。冷蔵庫を開けてみると中にはなぜか電気ケトルがある。お湯も沸かせる。いよいよ叔母の家でニート生活ができるかもしれない。半分浮かれているが、半分は何とも言えない気持ちが夏樹の心を覆いつくした。スーツケースにはゲーム機にノートpc、ヘッドホンが入っている。準備は万端なのになぜかやる気が起きなかった。罪悪感が胸を占めていく。夏樹はなぜ自分が追い出されたのか。その答えはあっさりと出た。ずっとこんな生活を続けいているからだと。夏樹は勝手に結論づけた。夏樹は部屋の真ん中で立ち尽くす。機材も環境もそろっているのになぜかやる気が起きない。風呂に入るのもめんどくさい。別に朝入ればいいか。夏樹はベッドに向かう。
「もう、寝よう。明日もあるから。」
その透明な声色がたった6畳の監獄にこだました。




