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夏の帰郷は白く咲く  作者: 海月
一束  カスミソウ
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2/21

両葉草の芽吹き

夜。9時前の電車内。隣には誰もいない。電車が走る音しか聞こえないのだからだれも車内にいないのだろう。ボーっとしていると「次は、水波、水波」といったアナウンスが流れた。少し深呼吸をして有賀夏樹は立ち上がり開くドアの前に立つ。他二つのドアにも人が2,3人開くのを待っている。誰もいないと思っていたが、何人かはいたようだ。ドアが開きすぐに改札を抜ける。抜けた先にはパーキングエリアが広がっている。そこまで夏樹は歩きながら、一台の車を探す。

「おーい。こっち、こっち」

声がしたほうへ歩き出す。夏樹の眼には一目みて高そうな白い車とすらっとした女性が車のボンネットに左手で体重をかけて待っている。

「ありがとう。おばさん」

「おばさんじゃなくて、なぎさお姉さんでしょ。」

「そうですね。善処します。」

そういってピカピカの白い車に乗り込む。このおば、ではなくお姉さんは成瀬なぎさ。夏樹の母の妹。つまり夏樹から見ると叔母に当たる人物である。たしか車のモーターを作る会社の社長かなんかだったはず。何より顔が30代後半に見えないほど若々しく、スタイルもモデルなんかに引けを取らないレベルだ。それに比べて夏樹の母はおば、お姉さんと2つしか変わらないのに最近小じわができ、すこし贅肉ができているとおもわれる。とりあえずおばさんは(もう言い直すがめんどくさい)神から寵愛を受けたかのような人物なのである。で、なぜ夏樹がそんなバリキャリで美しい叔母の車に乗っているのかというと...

「いやー。それにしてもびっくりしたよ。姉さんから急に夏をそっちに行かせたから面倒見てあげてなんて言われて。」

「俺も訳わかんなかったです。いきなり母から「おばさんのところに行きなさい」って言われて30万円とスーツケース渡されて、家から追い出されましたし。」

「まあ、お互いに姉さんの謎行動の被害にあったわけね」

なぜ追い出されたのか。この感じだと叔母は何も知らないのだろう。理由は母さんだけが知っている。どれだけ正解を導こうとしても、車窓から見える長く、暗い畦道のように永遠にわからない気がする。有賀夏樹。16歳。5月21日生まれ。好きなものはゲーム。AB型。秘密は一つ。なんの特徴もない、いや面白味もない男子高校生である。こんな人間が社会にもとめられているのだろうか?かつて哲学者のエリクソンはアイデンティティーの確立が重要だと訴えたが、夏樹からするとほとんどの人間が成績上位者の下位互換に思えて仕方ない。それでも努力したりして乗り越えるべきなのだろうけど、はたしてどのくらいの人が自分の上位互換がいると知って負けじと努力することができるのだろうか?少なくともこの叔母は確立できているのだろう。夏樹が逆立ちしたって勝てるわけがない。欲しい。叔母の才能が美貌が人格が。叔母の脳や体ましてや細胞一つ一つまですべてを夏樹の体とリンクさせることができたなら夏樹は前を向いて進むことができるのだろう。だが現実は違う。他者の体や経験、知識を自身にリンクさせることはできない。自分じゃ憧れに届かないと感じると、人は大抵諦めるが一部の負けず嫌いが人を妬むのだろう。執念が深いとその黒い欲望の呪いに雁字搦めにされてしまい、自分を見失ってしまう。そして、その妬みをとったら、自分に何が残っているのか。自問自答して精神が崩壊しそうである。だから大半の人は諦めて人生楽しんだもん勝ちみたいな人生を謳歌するのである。叔母はあの会話以外何も言わなかった。沈黙というモノトーンが深く車内の雰囲気を塗りつぶしている。車は走り続ける。早く、速く、疾く。叔母は微温そうな水を飲み、アクセルを強く踏んだ。それに呼応するかのように車は風のごとく走った。家に着いた。表札には「成瀬」とある。やはりというか、知ってたっていうか、流石社長って感じの家だ。家の大きさ半端なく、3階まである。すげーって心でつぶやいたのと同時に、五分ぶりに叔母が口を開いた。

「ここが私たちの家。たいしたもんはないけど、まあゆっくりしてってな。」

「はい。運転ありがとうございました。」

いつ帰れるのか。それはわからないそれでも夏樹は進むしか、選択肢がなかった。

家に入るとかしこまった和室に通された。客間というやつか。夏樹は机から一歩進んだところにある座布団に腰かける。叔母は長旅を労ってくれてか麦茶を持ってきてくれた。夏樹がそれを丸飲みするかのようにコップにかぶりついている間に叔母は夏樹と反対側の座布団に腰かけた。

「とりあえず、この家でのルールを一つ。窓は割らないでね。火事も起こさないでね。人を殺さないでね。以上。」

吹き出しそうになった。当たり前のことすぎた。正直あってないようなものであった。でも少し体から力が抜けていくような感覚がした。

「わかりました。」

「あと、すぐに風呂入りたいと思うけど、今汐が入っているからちょっと待ってね。あ、寝泊まりする部屋なら3階に上がって左側にあると思うよ。」

そういって叔母は客間から出て行った。汐はおばさんの子供で夏樹からすると盟友だ。盟友といっても一度しかあったことがないからそう言えるかも怪しい。でも、ゲーム好きだし、一緒にカブトムシを取りに行ったこともある。とてつもなく懐かしい。盟友は今どんなになっているのだろうか?俺と同じ年のはずだから、高校2年生か。とっくにゲームなんか飽きてそうな感じはするが、挨拶だけはしておくとしよう。叔母さんたしか風呂場にいるって言ってたよな。よし、風呂場まで行って挨拶するか。風呂場はどこかは知らなかったが、微かに入浴剤の香りが漂う。客間を出て、左から二番目の部屋だろう。さすがにのぞきはしない。脱衣所まで入り風呂のドア越しに挨拶できればと思っている。そんなことを念頭に置き、勢いよく洗面所のドアを開けた。

「汐さん。これから何日かわからんけど、一緒に暮らすことになったから、よろ、し、く?」

なぜこんな支離滅裂な挨拶をしたのか。それは簡単。汐が風呂から出て体をふいていたからだ。それだけならよいのだ、ただ汐の体はとても滑から体つきに膨らんだ胸。なにより相棒がない。夏樹が固まっていると、汐は顔を真っ赤にして

「出てケー。」といい夏樹をぶん殴り、ドアを壊れるんじゃないかってくらいの勢いで閉めた。

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