プレインツリーの螺旋
「マエストロ?」
百合の瞼が微かに揺れる。それは今にも夏樹に殴りかかるといわんばかりの鋭いとがった眼光だった。
夏樹は煽る。
「もしかして、マエストロの意味、知らない感じ?」
目には殺意とその奥に触れられない黄色の感情が渦巻いているが夏樹はそれを読み取ることはできない。
「アドバイスしてあげた人を煽るとかいい度胸だね。ほんといい性格してる。」
「よく言われるよ。」
「あなたアイロニーってわかってる?」
此奴頭大丈夫かってくらいの表情を向けられる。それに対抗するように夏樹は笑っちゃうくらいの笑顔で応戦する。
「マエストロって…あなた、姉さんと仲良しだって言いたいってこと?てかもしかして変なことしてないわよね。」
「おい、変な妄想垂れ流すのはやめろ。まあそれなりに仲はいいぞ。でもそれはあなたたちも同じだろ。こうやって自分の姉のことを知るために俺に会いに来るくらい。なんなら鈴華に俺の居場所でも聞いたんじゃないか?」
百合は最初に「用なんてあなた以外ないでしょ」といった。つまり百合は夏樹がここにいることが分かっていたのではないか。夏樹はそう考察する。百合は苦虫をかみ砕いたかのような顔を作る。ビンゴのようだ。
「大切な、大切な姉がどこぞの馬の骨と仲良くしてたら探りたくなるのはわかるぜ。」
「うるさい。理解したような顔をするな。」
「言葉にとげが出てきてるよ。妹さん。」
苛立ちを隠せない魔女を夏樹は見下す。さっきまででかく見えていた彼女が今は小さく見える。
「ほんと、よく自分の姉のためにそこまでやるよ。」
一応夏樹には姉がいる、また兄もいた。
「…姉さんのため。姉さんに変な虫がつくのは許せない。」
つまり夏樹を鈴華から引き離すのが目的だと夏樹は考えた。
「まあ、相当難しいと思うぞ。この関係は鈴華公認だし。あと鈴華が音楽を続ける理由だからな。」
「え?」
そんなのありえないといった表情。ころころとお面を付け替えるかのように表情が変化する。まるで能楽をみているようだ。
「そろそろだな。俺もあなたには聞きたいことがある。お前にとって鈴華はどんな奴だ?」
純粋に気になる。ここまで百合が夏樹を毛嫌いするのは最初の自己紹介の話と鈴華が最近出ていくわけとリンクして変な妄想を展開しているからだろう。
「…最高の姉よ。」
百合はなぜか表情が一切動かない。表情筋がスクレローシスになったようなそんな顔。その目線は夏樹ではなく辛い暗い黒い空をとらえる。
「最高の姉ねぇ。どんなところが最高だと感じているんだ?」
「質問は一つって言ったわ。」
「なるほど。これは一本取られたな。」
彼女の質問は確かに一つだけ。彼女ははじめ以外何も質問をしていない。夏樹を乗せただけだ。波を作っただけ。それに夏樹が勝手に乗った。
「今更気づいたのかしら。私の手の平の上で踊っているって。」
「あんたも対外じゃないか。人の性格どうこう言えた義理じゃねぇぞ。」
「あら、ごめんなさいね。時には自分の性格や理念を変えてでも勝ちとらなければいけないものもあるのよ。」
「ほんと、つくづく鈴華に性格が似てねぇ。」
「私と姉さんは姉妹だけど違う人間だもの当たり前よ。」
確かに。姉妹だからって性格が似ているという考えは傲慢だ。
鈴華は思いつきで行動することが多いが、百合はどちらかというとしっかりと考えて行動する感じだ。猪と軍師といったところだろう。
「でも、ちょっと鈴華に過保護すぎるんじゃないか?もう少し自由にしてやらないとあいつの息も詰まるぜ。もっと信用してやれよ」
「…なんて?」
「あ?」
「今なんて言った?」
「だから少しはあいつを信用してやれって。」
「だまれ。」
風が勢いよく吹き抜けた。あたりの暗闇を混ぜ合わせたような夜の風。
「お前が知った口を利くな。」
「は?お前。なんだよその言い方。さっきのアドバイスもそうだけど、お前は言葉がきつすぎるんだよ。受け取る側の気持ち考えたことあるのか?」
「ええ。私は口に出す前にちゃんと脳で反芻してから言葉を口にしているわ。そしてなぜあなたに攻撃的な言葉を使ったのか、それは簡単。私があなたを敵だと判断したからよ。」
「じゃあ、最初から仲良しこよししようとは思っていなかったんだな。」
「ええ。あなたは私にとって害しか及ぼさない害虫と同じよ。」
腕を組み、風に髪が揺れる。巻き上がる。それは不意に堕天使の翼のように見えてしまう。
「俺に鈴華に接近することをあきらめろといったもので宜しいか?」
「ええ。」
「しょうがないナーといいたいが無理だ。俺はあいつの音楽に惚れている。姉妹ならわかるだろ。あの包み込むような幻想的な音を。」
夏樹を天界に連れいていくあの音がもう聞けないのは堪えられない。夏樹はそれだけは譲れなかった。
「無理というのはわかってた。でも私は諦めないわ。」
百合はくるりと振り向き歩く。
「ではまた試合で。」
最後に吐き捨てるように彼女は夜の闇に消えていった。夏樹も帰路につく。彼女の目的はわかったが、どういう理由で動いているのかはわからない。会話を思い出しながら道を歩く。横の道路を車が通り過ぎていく。その時ネズミをひいていったことに夏樹は気がつかなかった。
おつかれです。海月です。今回誠に勝手ながらep18を二つに分けさせていただきました。理由としては、後から読んで自分でもさすがにあっさりとしすぎかなと感じたのでって感じです。話の根幹にかかわるところは修正していないので大丈夫だと思います。ではよろしくお願いします。




