トウモロコシの亀裂
トスを上げた。太陽がまぶしい。それでもわずかな視界を頼りにサーブを打ち込む。ボールはネットの白帯にあたりはじかれる。フォルト。夏樹はセカンドサーブを入れた。その刹那、百合は夏樹のサーブを鋭いクロスに打ち返す。前衛の汐はアタックをケアしてストレートにポジションを取っている。夏樹が気づくころには球がワンバウンドしている。夏樹は球に飛びついてみたがそれでとれるわけがない。ツーバウンドで姉妹の得点である。
「ナイスボール。百合。」
あちらはハイタッチしている。汐は
「ドンマイ。ドンマイ。次あるって。」
と言って俺を励ましてくる。
逆クロスに立ち鈴華に向かってサーブを打つ。打ったらすぐに構える。足を動かしておかないと。ボールはきれいな軌道を描きサービスコートの夏樹から見て右端に入る。しかし夏樹は知らなかった。鈴華が左でラケットを持っていることに。打った時にはもう手遅れだ。鈴華はまっすぐストレートに返してくる。汐はクロス読みでポーチに出ている。夏樹は走った。全力で。そして追い付いた。型をつくり打つ。クロスに返球する。鈴華が左利きならこのボールはバックボレーになる。さすが届くとは思えない。だがまたしても夏樹の予想は打ち砕かれた。鈴華は左に持っていたラケットを右に持ち直しフォアボレーとしてポーチに出ている。完璧に体重が乗っており、完璧にタイミングが合っている。二つの要素を満たした鈴華のボレーは汐の足元めがけて放たれた。たださすがというべきか、汐も意地を見せる。ワンバウンドで誰もいない逆クロスにボレーを返した。後ろでは百合が走ってきている。時間を稼ぐためにバックロブでボールを高く上げる。待ってましたといわんばかりにスマッシュの体制をした汐が逆クロス方向にラケットを振る。球は勢いがコートに着地しても衰えずそのまま壁に激突した。
「よし。ナイスキャッチ。夏。」
「決めてくれてサンキューな。」
笑いながら、ハイタッチをした。夏樹は軟式テニスを始めて楽しいと感じた。一人でやる硬式は技術で点を取りに行くが、軟式はチームプレイ。ゲームをやっている気分に浸る。
「次のポイント私、サービスダッシュしてそのままポーチいくわ。」
「OK。」
ポイント1-1で迎えた汐のサーブ。汐はファーストを入れそのまま前に走っていく。汐はクロスにポーチに出た。だが、
「スパーン」
夏樹たちは見くびっていた。百合は全国プレイヤーである。東海出場と硬式をかじっていただけの愚者達はあわよくば勝ちたいと考えていた。しかし、どうだろう。今の状況は。たった今夏樹たちの作戦はコートの支配者によって完全に読まれ逆にうたれ、そのボールはしっかりエンドラインぎりぎりに落ちている。じりじりと拮抗していた試合は徐々に姉妹側に傾きつつあった。その後も夏樹たちは奮闘したが100歩くらい足りず姉妹側にゲームカウント0-4で敗北した。
「「「「ありがとうございました」」」」
百合はご機嫌そうだ。大方、咎人を成敗したとか思っているのだろう。ご機嫌で帰っていた。鈴華も後に続く。その顔は申し訳ないといった心苦しいといった表情だ。コートに取り残されたのは夏樹と汐だけ。
「ちょっと夏。こっち来なさい。」
汐は夏樹の腕をつかむと帽子を深くかぶり、東屋の裏まで歩いた。腕をつかむ力は165㎝の女子高校生にしては強い。目的地に着くなり汐は足を止めた。
「汐さん?」
夏樹は口を開いた。ただホトトギスの声が聞こえる。太陽が隠れたせいか心なしか涼しい。
「汐?お前どうし…」
夏樹が言い終わらぬ間に汐は夏樹に抱き着いた。男性特有の少し硬い筋肉質の体に身をゆだねた。夏樹は焦った。どこがとは言わないが当たっている。これは一種の拷問か何かなのか。
「…ゃ…ぃ。」
「あ?なんだって?」
「悔しい。」
夏樹は別の意味で焦った。声の感じ的に汐は。
「夏。もし嫌だったら、別に無理しなくてもいいよ。」
弱弱しい声でそう呟いた。夏樹は焦った。どうしたらいいのかその答えはわからない。アインシュタインだろうとエジソンだろうと万人受けする回答を作成することは不可能である。重く冷たい夏色の空気の気流を感じ取る。
「嫌だよね。いいよ。やめても。練習に付き合ってくれたから3000円夏にあげるよ。」
違う。
「やっぱり、テニスつまらないよね。夏には。」
違う
「夏を誘った私が悪かったね…こんな気持ちにさせて」
「違う。」
汐の体がビクッと震える。
「いらねぇよ。そんな金。」
夏樹はぎゅっと枯れ木のような背中を抱きしめた。ああ、やっぱり俺は愚者だ。盟友の気持ち一つすらわかってやれていなかったんだな。
「俺は前、お前の言っていた言葉の意味を理解できなかった。でも今ならいえる。お前が弱気になってどうするんだよ。俺はテニスをつまらないなんて思っちゃいない。そもそも、そうでなきゃ夜更かし大好き人間であるこの俺が毎朝律儀にここに来るわけないだろ。」
「それはお金のためじゃないの…」
「金?んなもん副産物だ。確かにはじめは金が目的だったことは認める。でも、その気持ちはどんどん別の気持ちに変化していった。楽しさだ。ペアで点を取る楽しさ。それが今の俺の気持ち。まあその変化したのもさっきの試合からだけど…」
「…」
「とにかく、俺はお前のペアだ。ゲームするときは二人一緒だろ。盟友。」
「…そうだな。」
汐は顔をあげた。夏樹は抱きしめるのを反射的にやめる。
「うれしい。そう思ってくれたなら。」
汐はとてもかわいらしい笑顔を向けてきた。それ呼応して夏樹も笑顔で返す。
「それはそうと女の子を抱くなんてさすが男の子ですなぁ。」
「お前が先にくっついてきたんだろうが。この号泣女。」
「号泣女はひどなぁ。てか泣いてませんー。」
汐は舌を出し、あっかんべーとしてくる。その目は泣いていたからか思いっきり引っ張ったからかは定かではないが目の周りは少し赤かった。
「とりあえず、二人で優勝っていうムリゲーをコンプリートしような。」
「夏。ムリゲーじゃないでしょ。私たちならどんなムリゲーもヌルゲーでしょ。」
「調子いいこと言いやがって。」
夏樹と汐。二人の友情同盟が消失することはないと事の全貌を観察していた一人の影はそう思った。いつの間にか太陽は雲から顔を出し日差しがまたもや人々に襲い掛かる。横からの斜光で影が横に薄く伸びた。その足音は誰にも聞き取られることはなかった。




