野茨のファーストサービス
あれから1日が経過した。今日も当たり前のように練習である。朝6時に家を出るのきついのですが。
「ほら頑張る。頑張る。朝から運動するのは気持ちがいいぞ。」
そんな夏樹の思いを感じ取ったのか汐は励ましとも煽りともとれる言葉を投げてくる。あれから本当に外食しに行った。ただのファミレス。ただ一つ一つのメニューは高く、定食一つで1000円。二人分で計2000円のお買い上げです。夏樹の財布から諭吉が一枚巣立っていったのだった。
「朝から3kmも自転車漕がされたら疲れるにきまってるだろ。」
「うるせー。口を動かす暇があるならチャリを全速力で漕げ。」
そう言いながら、汐は自転車の速度を上げる。一応汐と夏樹が乗っている自転車の性能差はほとんど皆無なはずだ。しかし、目の前のおてんば娘はぐんぐんと加速し、だんだんと夏樹との距離が開いていく。このままだと夏樹はおいていかれるだろう。夏樹は負けじとペダルに力を入れた。
テニスコートに着いた頃にはすでにへとへとであった。水谷姉妹はすでにいた。鈴華は相変わらず長そで長ズボン。熱中症にならないか心配な服装である。たいして黒いの。彼女はテニスウェアにハーパンを履き、長い黒髪はポニーテールにしてキャップをかぶっている。テニスする気満々の服装に圧倒される。それにどこがとは言わないが汐よりかわっといった感じである。
「あら。ごきげんよう。汐さん。そして夏樹君。」
だぼだぼなズボンのせいでいつもよりも鈴華の脚が短く見える。トコトコとこちらに走ってくる。
「昨日の練習はどうでした?夏樹君。」
お嬢様モードで話している鈴華をみるとやっぱ違うと感じてしまう。これは素の鈴華のほうが触れる機会が多かったからだろう。
「昨日はほとんど素振りで終わっちまったよ。鈴華さんはどうでした?昨日の練習は?」
「私は百合に見てもらって、完璧だと言われたので、ほとんど打ってませんよ。」
鈴華はウフフと笑った。これは余裕か煽りか挑発かーー。
「姉さん。練習するよ。私たちは優勝するの。こんな人にかまっている場合はありませんよ。」
そういい鈴華の腕を引っ張り、コートに引きずり込んだ。鈴華はふざけて「あーれー」とかぬかしている。お気楽なものだ。
「練習しよっか。夏。」
ここまで口を開いていなかった汐が言う。
「そうだな。」
青空6、雲4の空に夏樹の声は消えた。
「今日はサーブをします。打ち方はボールを上に上げて打つだけ。やってみろ弟子よ。」
汐は鼻高々に説明するが、これは説明になっていないなと夏樹は思った。ただ、言われればイメージできる。テレビとかで硬式のプロの選手がサーブを打っているところは見たことがある。その通りに打てばいいのか。それに硬式のテニスはやったことがある。その感覚で行けば多分大丈夫だろう。夏樹は逆クロスのポジションに入った。頭にその映像を投影する。そしてボールを持ち、自身の頭の頂点にトスを上げる。すぐさま右足を左足とくっつけて体重を後ろに持っていく。この姿は汝弓のごとし。夏樹はラケットのトップでボールをとらえる。その反動で体重を前に押し出した。それにより只得さえ力強く放たれた球は体重がのりより加速する。そのボールは美しいまでの斜線を描き叩きつけるようにしてサービスコートの左角に入る。
「えっ。」
汐は目を見開きつぶらな瞳でサーブを打った男を観察している。信じられないといわんばかりに口まであんぐりとしている。
「夏?あなたテニスやったことなかったはずだよね?」
汐が聞いてくる。
「ああ。軟式はな。硬式の経験はある。それに打つ時の感覚自体はバレーのスパイクと変わらないだろ。一番高いところで力を入れて振り下ろすだけ。そんな感じでやればたぶんできると思ってやったがどうだった?」
正直自分でもうまくいきすぎていてびっくりである。硬式の打ち方と軟式の打ち方が同じなのかは知らないが入れば何でもいいだろう。
「そんな転生ものみたいな展開あります?って思いでいっぱいですね、夏さん。ただ一つ懸念点を上げるなら、今のままだと完璧にフォルトです。」
?????。なぜだ。Why?夏樹の頭は混乱した。それもそうだ。ちゃんと打って入っているのになぜフォルトなのか。
「だって、あなたベースライン踏んでるじゃん。しかも誤魔化せるくらいのちょっとの奴じゃなくてかなりでかい奴。」
夏樹は宇宙を見た。そんな気がした。
「あら、フォルトだったのですか。かなり良いサーブでしたのに。」
隣のコートから鈴華が歩いてくる。さすがに格好は長ズボンに長そでではないが、黒のスパッツを全身に纏い、そのうえからテニスウェアとスコートを履いている。
「でしょ、鈴華ちゃん。ただ完璧にフットフォルトなんだよねー。」
「あらら。それは残念です。」
しゅんとした感じを出しているがたぶんそんなこと1mmも思っていないことは揺れる青い虹彩を見れば明らかだ。
「鈴華ちゃんはどうしてここに?」
「ああそれは…」
鈴華は思い出したかのように言葉を綴る。
「姉さん。また練習抜け出して…」
「私たちと練習試合しないかってお誘いをしたくて。」
「「「はっ?」」」
夏樹、汐、百合の三人のソプラノ、アルト、テナーの音がきれいに重なり、一小節限定のハーモニーを作り出した。




