スターチスのパラドックス
汐は「??????????????????????????????????????」みたいな顔して黒髪少女を凝視している。たぶん脳の処理が追い付いていないのだろう。なんか低年代のパソコンみたいで面白い。当の夏樹は「姉さん」という言葉を聞き逃さなかった。鈴華に妹がいるのは前に鈴華に教えてもらっていたが*(10話参照)ここまで鈴華と同じだとは思ってもみなかった。
「ああ。百合。ラケットと帽子ありがとう。」
白髪少女はそういって黒髪少女に近づく。二色のストレートロングが触れ合う。
「姉さん、テニスするのになんでラケット忘れるかね。」
「ごめん。ごめん。楽しみすぎて忘れちゃって。」
文字に起こすといつも通りに見えるが、汐の前だから声色は初めて会った時と同じだ。それよりもテニスするのにラケット忘れるとは…。何をしに来たのか。夏樹は笑いそうなのをこらえる。
「で、姉さん。そちらの方は?」
茶色い瞳が10㎝の身長差のあるカップルをとらえる。
「あれ。言ってなかったかしら。前、服忘れたときに繕ってくれた人よ。男子のほうが有賀夏樹君で女の子のほうが成瀬汐さんね。」
鈴華は微笑みながらそう告発する。それに対して黒髪は少し気まずそうに言葉を紡ぐ。しかしその声はとても芯が通っていて聞きやすい凛とした声だった。
「水谷ゆ、百合です。今紹介していただいた通り私は姉である鈴華の妹。つまり私たちは双子の姉妹であります。なので齢も16です。」
一応自己紹介しといたほうがいいか。そう感じ夏樹も話し出す。
「有賀夏樹です。年は16で、出身は神奈川です。事情があって今はこの隣の人の家に居候させてもらってます。」
隣の方はようやく脳の処理が完了したのか目に光が戻ってきた。そして元気のよい声で話し始める。
「成瀬汐です。年は17でみんなと同じ高校二年生です。隣の馬鹿野郎の居候を手助けしてます。」
「おい。馬鹿野郎とはなんだ。それはお前だろ。」
居候させてもらっているが馬鹿野郎といわれるようなことはまだしていない。それなのにそういわれるのは心外だ。
「それはない。じゃなかったら初日に私の裸を覗かないでしょ。」
空気が凍り付きました。夏の朝9時はかなり暑い。それなのに空気だけはこの気候を超越した何かになっている。鈴華はクスクス笑っている。たぶんそんなことは進んでしないとはわかっているが面白そうだから黙っておこうといった意図が見て取れる。そして相方の方は夏樹をゴミを見るような目で見つめている。彼女の中で夏樹は人間から言葉を交わす価値すらないゴミくずにランクアップした。やったね。じゃなくて。まじでこいつの方が馬鹿野郎である。
「なに言ってんだおまえぇぇー。」
「夏。事実を言って何が悪い?」
盟友は薄く笑った。人をぶん殴りたいなと思ったのはこれで2回目だ。ただ抑えないといけない。さすがにここで拳を交えれば圧倒的に俺の立場が死ぬ。ここは穏便に。
「百合。汐さんも夏樹君も面白いでしょ。見てて飽きないの。覗いたのは故意ではないと思いたいですが。」
「姉さん。行こっか。」
ゴミを見るような目は変わらないが鈴華のフォローなのか死体蹴りなのかわからない発言のおかげで、百合からみた夏樹の立場がこれ以上下がることはなかったのである。
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成瀬家と水谷家はそれぞれで予約したコートで練習を開始する。成瀬家が1コート。水谷家が2コート。つまり隣同士である。気まずい。さっきから妹君の痛い視線が夏樹の精神に継続ダメージを与えてくる。夏樹は汐にいった。
「お前なんであんなこと言ったんだよ。」
半ば怒り気味に言ったが、
「ああ。それはちゃんと理由があるわけ。さすがに意図がないのに夏の印象下げて楽しむような無能以下のゴミくずじゃあないよ。」
意外である。汐が何か考えて発言するなんて。ただいったいどんな目的なら俺の評価を下げていいことになるのか。いささか疑問である。
「まあ夏は知らないと思うけど百合ちゃんってすごいテニスプレイヤーなんだよね。」
「はあ。」
こうとしか返事のしようがない。だって知らないからね。
「確か目白谷高校の子なんだけど、東海大会優勝して全国でもベスト16に入るくらいうまいんだよね。」
汐さん絶対火をつけたらいけない奴だったのでは?汐の目標は優勝だ。ただえさえ百合が汐よりも強いことを考えると勝算は低いのになぜ火をつけた。もし当たったら俺らぼこぼこにされるのだが?
「で、話は続くんだけど。彼女ちゃんとした公式戦以外は手を抜くことで有名なのよ。たしか高校で表彰されないならやる必要がないとかって噂らしいけど。」
いやなおさらなぜ火をつけた。隣のコートからは球が破裂するんじゃないかってくらいの音が聞こえてくる。ネットうちしてるだけなのにどこからそんな音が出るの?
「それならほんとになんで敵をあおるようなことしたんだ?」
「簡単。簡単。私は百合ちゃんに本気でやってほしいの。手抜かれて勝ったってうれしくないじゃない。」
「それはそうだが…」
正々堂々と真正面から戦おうとする姿勢は立派だ。夏樹も見習うべきことだろう。だからと言ってもうちょっと別のやり方があったのでは?
「不服そうだねー。ちなみに優勝出来たら私の1500円と優勝賞品は全部夏にあげるけどどうする。」
「やらせていただきます。」
ガチャの軍資金が2倍になるのだ。それに優勝賞品とやらも気になる。それを優勝したらすべてくれるとは。それならこの件は水に流すとしよう。これはマジになる必要がありそうだと感じた。
「じゃあ、練習しようか。」
「押忍。汐番長。」
そういって道化師と操り人形はベンチから立ち上がりコートに入場していった。




