Tale a4 闇夜に潜む者(2)
「グラン殿!」
エルケルは異質な雰囲気を察知すると、グランの背後の空間を斬った。
「助かりました。……今のは?」
「この気配、間違いない! ナイトメアだ!」
何もいないじゃないかと思ったグランだったが、一瞬だけ視界内で何かが揺らいだことに気付いた。
外見は聞いていた通り“馬”そのものだ。馬の形を維持した青い炎とでも言えば良いだろうか。まさに生命よりかは霊体に近しかった。
「なるほど……。これがナイトメアですか」
グランは落ち着いて聖剣を構えた。
刀身は光り輝き、目前の邪気を寄せ付けない。だからか、ナイトメアは気が触れたように鼓膜を突き刺す奇声を上げた。
「……っ!」
二人は耳を強く押さえる。
長く感じた数秒の後、ナイトメアが立ち位置変わらずそこにいることを確認したグランは、次こそはと、もう一度剣を構えた。
――しかし足が動かない。一体何が起こっているのか、怪訝な顔で下を向くと同時、
「グラン殿――!」
同じようにして態勢を整えたエルケルが叫んだ。
その意味はすぐに理解できた。
グランの足元には、半径数メートルの円形に広がる闇があったのだ。
(これは一体……。まるであの時と同じだ)
まるでその内部に浮いている錯覚に陥りながら、ライを始めとした仲間たちの姿が幻覚として映る。
(だが、今は迷いはない! 俺は俺のやるべきことを成す!)
鋭い目つきでグランは聖剣を地に、闇に突き刺した。
そこから眩い光が滲み広がり、足元の暗闇は打ち払われた。
そして立て続けに響く奇声に、グランはもはや動じなかった。
「これ以上、被害を拡大させるわけにはいかない。……【聖なる輝剣】!」
一瞬で詰めた間合いから、光纏う剣撃が振り下ろされる。
肉体を斬った感覚はなく、空気を裂いたような手応えが返る。しかしながらナイトメアの体は真っ二つに切断されていた。
接合する様子もなく、ナイトメアは炎が風に吹かれ消えるように姿を消した。
「倒した……?」
達成感ない呆気なさに、グランは力が抜けている。
「お、お、お見事です!」
称賛しているエルケルが驚いているということは伝わる。
「あの……あれが騎士団が苦しめられたというナイトメアで間違いなかったのですか?」
「もちろんです! 私たちがあれを相手取ると、なぜだか剣が躱されてしまうのです。斬ったはずなのにです」
「なる……ほど」
グランにはおおよその察しはついた。ナイトメアを霊的なものだとすれば、ただの剣による物理的干渉だけでは事足りなかったのだろうと。
グランの一撃が効いたのは、聖剣に光の力、すなわち光属性を付与していたからだ。
「それこそ、騎士団長だけがあのナイトメアと張り合うことができていました」
騎士団は紛うことなき人材不足に瀕している。それは事実なのだろう。そして早急に解決すべきことでもあるだろう。
「とにかく、やるべきことは果たせました。帰って大会の準備をしなくてはいけないんじゃないですか?」
「グラン殿に言われるとは! やる気が十分ですな!」
「さあ、行きましょう」
グランが軽く笑って流すと、二人は歩き始めた。
「それにしても、なぜナイトメアがここにいたのでしょうか?」
グランは兼ねてからの疑問を口にした。しかし、その答えを知りたいのはエルケルも同様だ。
「私たちはナイトメアが一体しかいないと思っていましたが、違うのかもしれません」
「それは複数を同時に確認したことがないから……ですか?」
「まさしく。ですがどちらであったにせよ、ナイトメアが今まで存在していたということが引っ掛かります」
「生み出す元の魔王軍幹部が死んでいるからですよね」
エルケルが怪訝な顔で頷く。
「『ナイトメアは思念体』と仰っていましたが、それならば先ほどのは残留思念と考えることができないでしょうか?」
「残留思念ですか……」
エルケルは平坦な唸り声を出す。仮にグランの説を認めたとして、魔王軍幹部死亡から今までの五年以上の間、残留し続けることがあるのだろうかという思いだった。
「……そういうことに今はしておきましょう。これから調査すれば、真相が分かるかもしれない」
「ええ。今は波を一つ退けたと思って、次のことに集中しましょう」
何事もなく帰路を進み、王都が見えてきたその時、背後から何かが小さく音を刻みながら近づいて来る。
背後を振り返ると、暗闇から一つ目が現れた。それは間違いなく二人に接近して来ている。
残留思念だの霊体だのオカルトチックな話ばかりしていたので、彼らは驚いて道から外れた。
しかしよく目を凝らして見れば、一つ目はただのランタンの灯火だった。そして音の正体は外装豪華な馬車を引く一頭の馬と車輪だ。
「びっくりしましたね」
エルケルは本心を吐いて笑った。
「こんな夜遅くに馬車が走っているものなのですね」
「……あの馬車、王室専用の物ですね」
騎士団副団長が言うのだから間違いはないだろう。
馬車は止まることなく、やがて二人の側を通る。その時、窓の閉められていたカーテンが揺らぎ、中が少し見えた。
長い銀の髪に、装飾豊かなティアラを被った女性がこちらを見ている気がした。
――いや、気のせいではなかっただろう。グランは相手方と目が合ったのだ。
「あの方は……王女殿下ですね」
エルケルにもカーテンの隙間から見えていたのだろうか。彼はそんなことを口にした。
「そんな方がなぜこのような真夜中に?」
「剣術大会には王女殿下もいらしてくださりますからね。王女殿下は献身的な方で、自ら親しい貴族の方々を招致に行っていたのかもしれません。帰りが遅いのは、長旅になることもしばしばですので仕方のないことでしょう」
「そういうことは書簡でやるものだとばかり思っていましたが……」
「まさに。私はたまに陛下に任務で呼び出されていましたが、その際によく王女殿下との口喧嘩になっていたのを思い出します」
「娘の身を案じる父と役に立ちたい娘……ですね」
「私が見せられていたのはそれに違いない。あれはあれで面白い日常風景だったが」
二人が話に花を咲かせるうちに、馬車はとっくに王都に到着していた。
「……さて、私たちも参りましょう」
「ええ。大会が楽しみです」
王家に関与していた召喚士。王族が剣術大会を見物すること。
自分が好成績を収めれば、接触の機会ももしかしたら……とグランは発言通りの期待を胸に孕んでいだ。




