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Tale a3 葛藤と決意(1)

 翌朝、図書館の開館と同時にグランは蔵書を端々から読み始めた。


 机には、自然科学や魔術に関する本などが山積している。


 自分たちを襲った奇妙な闇の渦が魔術と関連があればと思い手をつけた。しかし基礎が無いためか、グランがその内容を理解することは出来なかった。


「一旦休憩するか」


 他の利用者の耳に届かないくらいの小声で呟き、手元の本を返しに行く。


 そのついでに無料で飲める水を一カップ分貰って一飲みすると、再び本棚に向かった。


 次に検討をつけて抱えた約十冊は歴史書だ。


 グランは人並みに勉強できるが、理系よりかは文系の科目が得意だ。元よりストラティアや王国の歴史を把握して情報を得ようとしていた。


 実際、収穫はあった。それも明るい希望が見出せるようなものだ。


 『ストラティアの世界史』と題された本。上巻と下巻に分かれ、総ページ数で言えば六百程度のボリュームだ。


 そこに興味深い記述があった。異界より生命を呼び寄せることのできる稀有な才を持つ“召喚士”と称される存在が、確認されているということだ。


 彼らは各地方でモンスターと人との共存を目的に活動しているらしい。


 ストラティアには幾つかの種族がいる。それぞれが離れた土地で暮らしており、種も違うと言うのに、その目的は同じとは、召喚士の全貌は不思議で包まれている。だからこの歴史書の著者は、召喚なる能力を有する者は元は一人で、その意思の継承者が各地へ散らばったのではないかと残している。


(召喚士……。奴らの誰かが俺たちを……? いや、そう考えるのは早計か)


 グランは本を読み進める。しばらくしてまた、目に留まる記述を見つけた。


 『王室記録』という本というよりは、王家に仕える者たちが長く綴ってきた日記のような物だ。


 検閲が入っており、その全てが残っているわけではなかった。あくまで王国や王家に興味を持って欲しい意で編纂されている。


 何百年も前の記述になるが、王室に召喚士が来訪したようだ。


『今日は召喚士様が遊びにいらして下さいました。お互い公務がない日、侍女たちも交えてお茶会に興じることができて有意義でした』


 ページを少し捲ると、同じ人物による別の日記が。


『今日は召喚士様の機嫌が良くなかったように感じます。私への態度も少し冷たかったような……。大丈夫かな、……』


 最後の名前が入っていた部分は黒く塗り潰されていた。


(王族と召喚士に繋がりがあるようだな。いやしかし……)


 以降、召喚士の文字は出て来なかった。年代を遡れば少しはあったが、グランが発見した記述の前後だけに留まった。


(収穫としては十分か……。今日はここまでにしておこう)


 王族と召喚士の関係を掘ることを課題に残し、グランは図書館を出た。


 街を歩いていると、あちこちに剣術大会の貼り紙を見た。どの施設でも見つけ、道に立つ騎士団員は周知のつもりか同じ紙を配っており、最大規模の行事というのは嘘ではないようだ。


(剣術大会……)


 グランは本当の所は出場してみたいのだ。何より状況が状況でなければ、昨晩の誘いに即答しただろう。


 その外見から見立てられているのか、グランへの声掛けは他よりも多かった。


 始めは一人一人に丁寧に接するも、やがて愛想笑いを繰り返し、疲労の色が浮かんだ。


「嬉しい誘い……と言い切れないのがな……」


「グラン殿、如何しましたか?」


 突然の背後からの声に、グランは驚きながら振り返る。


 何度見たか、そこには王国騎士団副団長がいた。


「エルケル殿、こんにちは。こんな場所で何を?」


「例の大会の準備を今から少しずつしているのです。今日はビラ配りだけですが」


「そうですか」


「……やはりグラン殿は参加に積極的ではないようですね」


 顔色をうかがって、エルケルはそう言った。


「私の気持ちは昨日お話しした通りです。私にはやらなければならないことがあります」


「そうですよね……。これは私個人の気持ちというわけではなく、あくまで大会を運営する側としての意見ですが、グラン殿のような方に参加していただけると大会が盛況することは間違いなしです。この行事は経済的にも大きな効果をもたらすので……」


「つまり私を諦める気はない、ということですか?」


 エルケルは強く頷く。


「もちろん、グラン殿が抱えている事情を私は知りません。ですので、少しでもお手伝いできればと思っています」


 グランはすぐに返事をしなかった。


 エルケルを全く信用していないわけではない。情報共有ができれば嬉しいことこの上ないが、書物を読んだ限りでは情報の乏しかった召喚士について彼が知っていることがあるか分からない。少なくともストラティアの現代においては、召喚士の記述が見当たらなかったからだ。


 エルケルが欲しい情報を持っているという確証がないうちは、グランは事情を話す気にはなれなかった。たとえ他の人物であってもだ。


「お気持ちは嬉しく思います。ですが、これは私が解決しなければいけない問題。どうかご理解下さい」


「……そこまでの強い信念があるならば、これ以上は呼び止めません。グラン殿の旅路にご武運を祈っています」


 エルケルは目を閉じ、静かに祈る。


「それでは……。落ち着いたら、その時はまた屯所にでも顔を出して下さい」


 後悔なく去って行くエルケルに、グランは自分の対応が冷めていたのではないかと自責した。


(俺はどうすれば良かったんだ。自分の気持ちに正直に……いやしかし……)


 道の真ん中に残されたグラン。周囲での雑踏に気持ちを掻き乱される。感情よりも理屈を優先してしまうことに気付いていながらも、その性格に難儀しているようだ。


(今日はもう駄目だ。休もう……)


 引き摺るような足取りで宿に向かう。


 その道中、通りかかった屯所が何やら騒がしかった。思わず耳を立てると、


「それ、大丈夫ですか!?」


 一人の団員の乱れる声だ。


「いや、放置はできまい。大会の開催にも大きく関わる。西の道が潰されれば、中立領からの集客が見込めなくなる」


 対して答える団員は、落ち着いているが深刻そうだ。


「とにかく至急討伐隊を編成しないと! ええっと、副団長には……」


 屯所内から物音が騒がしく聞こえる。


「落ち着け。そもそも奴を見たというのが真なのか、それを先に確かめる必要がある。先に偵察隊を向かわせるべきだ」


「そ、そうですよね!」


「ああ。副団長の指示を仰がねば行動に移せないがな」


 それから屯所内は静かになった。慌てていた後輩団員も冷静さを取り戻したようだ。


(ただ事ではなさそうだな)


 グランは事態を憂うと共に、この屯所で良くしてもらったことで今、自分が生活できていることを思い出した。


 騎士団の窮地を救うことから始まり、金銭という恩を受け取り、それならばその恩に対して自分もまた一つ恩返ししても良いのではないかと、グランはそんな理屈か感情か分からない思いを胸に、目前の扉のノブを掴んでいた。

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