Tale a2 中央広場の知らせ(2)
当たり障りのない世間話をしながら街中を行くこと数十分。
グランはストラティアの世間のことなど全く知らないので、矛盾が生じないように話を合わせるだけだったが、かなり神経を使った。
エルケルは意識的に、昨日は案内できなかった場所を巡ってくれていた。グランが昼間に一人で訪れた場所もあったが、今目の前に広がる巨大な時計塔は初見だった。
街を歩く中で、時計塔は必ず目に入る。定刻に鳴る鐘の音もグランは聞いていた。
単に時計塔のある王都のど真ん中は人通りが多いために、これまでは避けていたのだ。
「間近で見ると、思ったよりも大きいですね」
「この時計塔はミューゼンベルクのシンボルのような物です。内部は機械仕掛けになっていますよ。まあ、私にとっては機械なんて何のこっちゃですが」
グランは説明を聞きながら時計盤を見つめていた。
丁度秒針が一周し、時計塔から鐘が鳴る。針が示しているのは午後六時だ。
同時に二人の前方、時計塔を背後にする巨大な掲示板付近が騒めきだした。
そこは普段から人が溢れかえるが、今は一層その色が強かった。何かを待っている人が多かったのだ。
(なんだ?)
何かの催し物だろうかと、様子をうかがうグラン。
その隣ではエルケルがただ掲示板を一点に、力強く見つめていた。
鐘が鳴り終えると、掲示板の左右で待機していた王国騎士団員二人が面積の広い紙をそこに張り出した。
大きく分かりやすい字体だがそれでも遠く読み辛いので、グランは見える場所まで距離を縮めた。
「なに……『アルスエリア王国公式剣術大会開催』……か」
グランは難なく表題を読み上げた。
そして前方の様子を再びうかがう。集まった人々はこの知らせを胸に待ちわびていたのだと理解した。王国公式ともなれば、規模は最大級なのだろうと予測はついた。
賑わうこの中央広場の様子を眺めていると、自然と仲間たちのことを思い出した。クロス・ファンタジーでのイベント発表も、今のように数多くのプレイヤーの活気に溢れ熱量に包まれていた。
そんなグランの感情を知らないエルケルは、しばらくして口を開く。
「グラン殿、この大会に参加されませんか?」
「エルケル殿は始めから私をこの場所に連れて来たかったのですね……」
そう思えたのは、わざわざ告知がされる時間に時計塔に連れて来られたからだ。女王蜂を倒したのを見た時からエルケルが画策していたのならば、彼の執拗な接触の理由も理解できた。
「不快な思いをしたのならばお詫びします。私はあなたの剣技を初めて見た時、光る物があると感じました。それは私なんかでは到底辿り着けないような極地のレベルだと」
「……場所を変えませんか? ここでは考えることも考えられそうにありません」
過去に思いを馳せていた途中でのエルケルの申し出だ。広場の様子がゲーム内の風景と重なっている間は、感情の行き場に困ってしまう。
「そうですね。では、どこか店に入りましょう」
二人は個室のある飲食店に向かった。
和の趣きがある内装と静かな雰囲気はグランに落ち着きを与えていた。
グランは思わずグラスの水を一気に飲み干してしまった。残った氷が崩れグラスにぶつかると、無情に高い音が響く。
「なぜ私を出場させたいのですか?」
「別に悪いことに利用しようというわけじゃありません。単にグラン殿が旅をして様々な思い出を作っていく中で、剣術大会も良い思い出になると思ったまでです。強制するつもりは全くありません」
グランはエルケルの目を見つめる。鋭く睨んだように感じたのか、エルケルの視線は少し逸れた。
今の一瞬でグランは確信した。これは提案ではなく交渉だと。
彼らが今食事している場所は格式が少し高い場所。そしてグランを泊めた宿も高級。
グランは、最初はエルケルが恩人に粗相のないように行動しているのかと思っていた。それも正解だろうが、より大きな思惑が彼の中ではあったのだ。
「エルケル殿、もう私の腹を探るのは止めましょう。あなたは私をあてにしている。……違いますか?」
「……はぁ……見抜かれていましたか。その通りです。あなたほどの実力者を逃してしまえば、騎士団の再生は遠い未来のことになってしまうのでは。昨夜、あなたと別れてからそんな不安が押し寄せてきました」
「それともう一つ。私を偉い身分の人だと思っていませんか?」
「ち、違うのですか?」
グランからの真っ直ぐな言葉に、エルケルは戸惑う。
「はい。恐らくはこの鎧や剣のせいでそう思わせてしまったのでしょうが、私はただの平民です」
「では、その立派な装備品は……」
「これは……訳あって譲り受けた物。大切な、とても大切な物です」
「そうでしたか。文字を読むことも書くこともできない貴族がいるものなのかと、疑問に思っていましたが納得です」
エルケルはグランの言ったことを信じたようだ。
そして料理が数品給仕される。それらをフォークで突きながら、エルケルは話を続けた。
「騎士団の話を少ししても良いでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「王国騎士団の存在理念は……もうお話ししましたね。私が団に所属してから、誇りに思わなかった日はありません。ただ、あの時を除いて……」
「あの時……と言うのは?」
「もう五年以上も前のことです。ある村が魔王軍の襲撃を受け、我々騎士団は軍を派遣しました」
「魔王軍……ですか」
「あの日、騎士団は魔王軍の不自然な動きを感知していました。だから軍の派遣は迅速に行えたはずなのですが、結局村は壊滅、村人はほぼ死亡してしまいました。それでも魔王軍を討伐し、一人の女の子を助けることができましたが……」
「それほどに大規模な戦いだったのですか?」
「大規模というより、敵将が自ら戦場に立っていたからこその熾烈な戦いだったと思います」
「敵将と言うと……」
「魔王軍幹部のゲーリュス。残忍で冷酷な、悪魔と呼ぶに足る悪魔の中の悪魔です。私も現地に赴いていれば……」
「エルケル殿はその時どちらに?」
「私はあの日、団長に命じられたのです。『お前は王都で待機していろ』と。私の力が及ばなかったのでしょうか……」
エルケルの弱音を吐くような物言いに、グランは首を振った。
「それは違うと思います。その団長という方はあなたを信頼して、ここの守りを託したのでしょう。魔王軍の陽動作戦の可能性も考慮していたのでは?」
「ええ、本当は分かっています。ですが、今でも悔やみきれなくて……」
エルケルが自分を責めてしまうのは、一つの村を守ることができなかったからだろうか。
「……団長ファルクスは当時の戦いで死傷しました」
「……」
食事中のグランの手が止まった。
「生き残った団員の報告によれば、ゲーリュスと相打ちだったそうです」
「それは……辛かったでしょう」
「国民の安全や平和のために尽力するのが私たちの役目ですから、一つでも多くの危険を打ち払い、命を救うことができたのならば本望です。団長も同じ気持ちだと思います。ただ……」
「ただ?」
「団長には個人的に善くしてもらっていたので、今でも心のどこかに穴が空いたような感覚です」
グランはエルケルの気持ちが痛いほど分かる。まさに彼もそのような状況に置かれているからだ。
「新しい団長は?」
「いません」
ファルクスの代わりになるような人物が騎士団にいないから、団長の席を空白にしておくのは当時から今までの団の総意らしい。
階級からして言えば、エルケルがそのまま昇級することも大いにありそうだが、彼は実際その話を断ったそうだ。
それでも今の騎士団の事実上のトップがエルケルであることに違いはない。
「ですが、団長をいつまでも亡くなったファルクス殿に任せておくのは可哀そうじゃないですか? そろそろ解放されてはどうですか?」
「そう……ですよね。そこで、先ほどの剣術大会の話なのです」
アルスエリア王国が年に一度開催する公式の剣術大会。参加者は毎回千を越え、数日間に渡って王都がお祭り状態と化す。
成績上位者には賞金が授与される。さらには王国騎士団が腕の良い者を見極める機会にもなっているため、騎士団から声が掛かるというのが賞金以上の大義だ。実際、入団を志して腕試しとして参加する者も少なくない。
グランは剣術大会の概要を聞き、エルケルの狙いを悟った。
「つまり騎士団を立て直すためには、先代の団長に匹敵するほどの腕利きが必要。それが私ってことですか」
「はい。騎士団への入団機会はこの剣術大会か、定期的に行われる入団テストだけです。大会上位者の入団となれば待遇も幾分良くなりますので、この機会を逃さない手はないかと……」
「騎士団にとってはそうでしょうね」
グランはそう言った後で、黙って考え込む。エルケルの愛想笑いを目にも入れずに。
何より騎士団に入団できたとして、グランが獲得するメリットが思いつかない。仲間を捜すのであれば、組織の柵に囚われるよりも旅人を名乗り続けた方が良い。情報だって集めようと思えば集められる。そう思っていた。
「申し訳ありませんが、私は出場できません。ここに長居する訳にはいかないので」
「……そうですか。残念ですが、グラン殿がそう決めたのならばその意思を尊重します」
食事処を出てエルケルと別れた後、グランは浮かない顔で通りを歩いていた。きっぱりと断りを入れたはずなのに、それを否定するように強く打つ胸の鳴りを鬱陶しく思った。
Tale 2 完 です!
「ここまでの話が良かった!」とか、「続きが気になる!」と思いましたら、率直な評価をしていただけると励みになります。
Tale 3 では、グランが情報集めに取り組む一方で、エルケルの粘着に苦悩します。お楽しみに!




