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Tale a9 姫の盾(2)

 パーティが始まる直前、レインはエルケルの手を引いて、スパンコールのドレスを引き摺らないよう勇み足で歩いていた。


「エルケル、急げ!」


「わ、分かっていますから強く引っ張らないで下さい!」


 エルケルの黒いタキシード姿は一見して似合っているが、自分の姿を鏡越しに見たのか、本人は自信がなさ気だ。


「私たちを待っている者がいる」


「そうですね」


 王城へと続く道は貴族たちの雑踏で溢れていた。レインたちの到着が遅れたのは、この人混みのせいだ。


 なんとかパーティ会場に辿り着いた二人は、ティアナたちを見つけると、彼女たちを避けるように暇を潰した。もちろん、パーティー客としての振る舞いは忘れずに。


「エルケル、悪いがトイレに行って来る」


「はい。場所は……」


「私を誰だと思っている。城内の間取りは全て把握している」


 ダンスに興じていたレインはその手を解くと、そっぽを向いて会場を出て行った。


「気を付けて」


 離れる二人。祝宴場は相応の身分の者で溢れているため、平民街では目を引く彼らも、ここではチヤホヤ扱われない。


 だがその二人、特にレインを影から監視する者が一人いた。


 その者は彼女を追いかけた。そして足音立てず、気付かれず、まるで忍者のような立ち居振る舞いで、ポケットから取り出した一枚のハンカチを口に当てた。


「……!」


 レインはじたばたしながら、忍び寄った手を引き離そうとするが性差の関係か、筋力のあるレインでも抵抗できなかった。


 その力は自然と抜けていき、


(まさか……)


 睨み付ける目つきも次第に穏やかになった。


 彼女が目を覚ました時、目の前に鉛色の格子が広がっていた。


「ここは……一体」


 見た所は地下牢のようだが、王城にこのような構造の場所はあったかと記憶を探る。


「ようやくお目覚めになりましたか」


 そう言って格子の横から男が顔を覗かせた時、真っ先に目が行ったのは見覚えのあるモノクル。


「お前は……!」


 息を呑んだレインは後退りし、石壁に背中を付けた。


「オルティス!」


「そんなに大声を出さなくても、ちゃんと聞こえていますよ」


「一体何のつもりだ!」


「それはあなたが一番知っているでしょう?」


 オルティスは格子を掴んで、レインを覗き見る。


「あなたの身が、いいや、地脈の加護が必要です」


「断る」


 レインはオルティスから目を背けた。


「今の状況を考えて物を言った方がよろしいかと」


「貴様に利用されるくらいならば……」


 レインは自らの首筋に剣の刃を押し当てる。


「死んだ方がマシだ」


「ご冗談はほどほどにしていただきたい。あなたが死ねば、地脈の操り手はいなくなってしまう。それでは残された同族たちはどうなってしまうのでしょうか?」


「くっ……」


 レインは剣を収めた。


「まあ、お嬢様がどうしても反抗するのであれば、こちらも相応の対策を取らせていただきます」


 オルティスがそう言うと、一人分の足音が反響して聞こえた。


 その姿は他でもない、レインを攫った人物ザルバだ。口元を隠し、頭部は奇抜な髪色と髪型が目立っていたはずだが、今は帽子で隠していた。


 レインの視線は鋭く、オルティスとザルバを交互に突き刺した。


「お前たちは一体何者だ!」


「“脈”を追い求める組織……とでも言っておこうか。このザルバとは、金で繋がった関係でしかないがな」


「そうやって金で繋がりを持った者を影で操って来たのだな?」


「金を渡せば言うことを聞くんだ。これほど扱いやすい人形はないだろう」


「ここ数年の剣術大会に、不自然な試合結果が多かったのはお前の仕業か」


「ご名答!」


 オルティスは拍手で称えた。


「それも全て地脈の操り手を探すためです。私はこの王国に地脈の操り手がいると聞きつけ、運良くあなたの家に潜り込むことができました。まさか、すぐ近くにいたとは思いもしませんでしたが」


「王国の伝統行事をそのような荒事のために利用するとは……。貴様、絶対に許さん!」


 レインは格子を剣で殴るが、弾かれた。


「無駄ですよ。これは王城の地下牢とは比べ物にならない強度を誇る特注の檻です。さて……」


 オルティスは何も喋らず立ち尽くしているザルバを一瞥する。


「お喋りが過ぎました。お嬢様を輸送しますよ」


 それとなく命令を受けたザルバは、懐から武器を取り出した。


 レインは身構え、ザルバを睨む。


「殺さない程度に」


 しかし、なぜオルティスは気が付かなかったのだろうか。


「傷付けても構わない」


 ザルバの持っている物が短剣ではなく、


「さあ!」


 聖剣であることに。


「……!?」


 剣の柄で強打されたオルティス。状況を把握できていないのは、間違いなく彼だ。


 この一連の流れは、一つの練られた作戦に基づいて起こった出来事だった。




 パーティの数日前、ティアナがグランの宿泊先を訪ねた時のことだ。


「作戦とは一体?」


「もちろん、黒幕を陥れるための作戦よ」


 ティアナは優雅に紅茶を飲んでいる。


「その黒幕を特定するために、これから動くのではないのですか?」


「……ごめんなさい。それはもう済んでいることなの」


「えっ?」


 自分の耳を疑ったグラン。ならば先日の話し合いは何だったのかと、そう言いたくなった。


 そして立て続けに、


「あと、レインが地脈の加護の力を借りてしまったというのは、彼女の演技なの」


「え、え、演技?」


「そう。王国に潜む、召喚士をつけ狙う何者かに引導を渡すための。実際、演技にハマって相手も動いてくれたのは助かったわ」


「そ、そうですか……」


 まさか自分すらも騙されていたとはと、グランは開いた口がしばらく塞がらなかった。


「話を戻すわね。あの日、誰も近づけさせないようにと言って開いた密会。もし、それを伝えた上で介入してくる者がいたら、その人物が限りなく怪しいと私は思うの」


「それはつまり、オルティスが黒ということですか?」


 ティアナは自身ありげに頷いた。


「実はね、彼が怪しいと思ったのには他にも理由があるの」


「理由? どんな?」


「決勝戦のあった日、私はエルケルにレインを連れて魔術師協会に行くように命じたの。そしたら彼女に追跡魔術の痕跡があることが判明したわ」


 追跡魔術とは、発信機を取り付ける行為のようなものだ。


「私ね、レインを匿った最初の日、つまり準決勝戦があった日の夜ね、エターニア家の人には接触を許したの」


「魔術が掛けられたのはその時だと?」


「そう考えれば、自ずと怪しい人物を絞れるわ。召喚士の血を継いでるのは母方なんだけどね、レインのお父様がわざわざこのタイミングで行動を起こすとは考えにくい。兄弟の誰かでもないでしょう。だから、使用人の誰かというところまでは目をつけたのよ」


「なるほど」


「あとはね、あの話し合いの後、オルティスを部屋に入れたのよ。その時の彼の様子が挙動不審で……。多分、レインの追跡魔術に反応して私を訪ねたと思うの。部屋に入りたがっていたこともあるし、これは確実だと思うわ」


 オルティスが、二人で紅茶を飲んでいた相手をレインと名指ししたことについても、ティアナが彼が黒幕であると判断した証拠だ。その発言を誘発させるために、追跡魔術の解除をあえて行わなかったのだ。


「……理由はよく分かりました。では、どのようにして彼の陰謀を阻止しましょうか?」


「こちらから行っても、シラを切られるだけ。ならば向こうから行動を起こすための罠を敷きましょう」


 その罠こそが、グランを祝うためのパーティだった。


 まず、レインとエルケル、ティアナとグランはそれぞれの姿に扮した。実際にレインに被害が及ばないようにするためだ。


 魔術には、偽装魔術と呼ばれるものがある。姿や声をある人物そっくりに変えてしまう奇術だ。それを行使できるのは熟達した技量を持つ者だけだが、王都の魔術師協会にお願いしてその魔術を掛けてもらった。


 そしてレインに扮したティアナはわざと人気のない通路に出て、敵であるザルバの接近を待った。


 攫われることまで想定に入れていたが、眠らされた後が重要性を秘めていた。


 エルケルに扮したグランはザルバを尾行し、時を見計らって奇襲を仕掛けた。それから彼の身(ぐる)みを剥ぎ、ザルバの格好をするという二重の変装をした。


 帽子を被っていたのは、咄嗟に彼の髪型を真似できないし、そもそも髪色が違うからだ。


 そしてザルバがオルティスと合流しそうな場所の検討もついていた。ティアナはレインから、オルティスを雇って以来、エターニア家に地下室が作られたことを聞いていた。そのどこかだろうとオルティスの不在を突いて事前に騎士団に調査させたところ、格子扉付きの小ぢんまりとした隠し部屋を見つけた。


 だからグランはティアナを抱えてその場所まで赴いた。


 かくして今オルティスは伏せて倒れ、二人の偽装魔術は解けているが、そのトリックを彼は知らない。


「王女殿下、下がっていてください」


 グランは格子をどう破ろうか、器用なことは考えずに聖剣を光らせる。


「【聖なる輝剣(ホーリーブレイド)】!」


 特注と自慢の格子は断ち切れ、歪んで破片が散った。


「怪我はありませんか?」


 グランはティアナに手を差し出す。


「ええ。少し頭がぼんやりするけど」


 ザルバに嗅がされた睡眠薬のせいだろう。


「やはり糸を引いていたのはオルティスでしたね」


「今にしてみれば分かりやすい囮作戦だったけど、こんなにあっさり成功して大丈夫かしら……」


 ティアナはさらなる裏を読もうとしているが、


「大丈夫でしょう。偽装魔術は一般的な魔術ではないですし、それを警戒していない可能性は十分にありましょう」


 グランは彼女を安心させるため微笑んだ。


「……まさか、王女自らの替え玉作戦とは……」


 そんな彼らの横で震えながら起き上がるオルティス。倒れた衝撃のせいなのか、モノクルのレンズは割れていて、二人を睨みつけていた。


 グランは軽く殴っただけだったので、気を失っていた時間は実に三分程度だろう。


「レインを、地脈を狙う理由は一体何なのか、答えなさい!」


 ティアナは剣を真っ直ぐに向けた。だがオルティスは彼女の才を知っている。


「王女殿下よ、その剣を収めなさい。さもなければ私は……」


 ティアナはその指示には従わなかった。ここで罪人の言いなりになる必要はないと、むしろその切先を喉仏に突き付けた。


「そうですか……。それでは……」


 天井を見上げるも、ティアナを下方に睨むオルティス。両手を挙げ投降を示した。


 ――わけではなく、


「王女殿下!」


 オルティスが悪粗に笑うと同時に、グランはティアナを守るように二人の間に入り、


「【聖なる輝盾(セイントシールド)】!」


 構えた聖盾の複製体を飛ばし、オルティスを突き飛ばすも、その直後、


「爆!」


 と叫んだオルティスの全身は爆発した。狭い室内で巻き起こったその爆風が、グランたちの身を焼く。


「私の後ろに隠れて下さい!」


 グランは不動の佇まいで、鎧にしがみつくティアナを守り抜いた。意識があるうちはずっと、歯を食いしばり決死の表情で。

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