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Tale a9 姫の盾(1)

 今、グランの目の前にそびえ立つのは、意匠の凝らされた重厚な大扉。


 背後には何十名もの騎士が通路を挟むように列を成して立っているが、私語は一言たりとも出ない。


 そのせいか、グランは余計に緊張している。その先で待つ者にただ身構えていた。


 やがて静寂を破ったのは、入りなさいという一つの凛々しい声。呼応する如く大扉が開くと、グランはその先へと歩き始めた。


 辿り着いた先は一つの玉座の御前。その脇には既に見た顔が何人か並んでいた。


「初めまして。私は旅人のグランと申します」


 グランは跪いて敬服の意を示した。


「其方がグランか。私はアルスエリア王国の国王、シルヴァスだ。剣術大会での活躍、大義であったぞ」


「ありがとうございます」


「うむ……。では、ここにいる者を紹介しよう」


 シルヴァスは座したまま、視線だけティアナの方へ向ける。紹介を娘に任せるようだ。


「グラン、こちらがお母様です」


 一歩前に出た女性は、ティアナと同じ銀髪で、おっとりとした垂れ目だ。母性に溢れていて、グランは目が合った瞬間、彼女の暖かさに包まれた気がした。


「初めまして。私はティーゼ。既にティアナがお世話になったようで、感謝致します」


 グランは簡単に会釈を返した。


「そしてこちらが騎士レインと、王国騎士団副団長のエルケル……っていうのは既に知っているわよね」


「はい」


 そう言いつつグランは、この玉座の間にいるもう一人の人物が気になっていた。モノクルを掛けた男だ。


「最後に、こちらがオルティス。レインの、エターニア家の使用人なんだけど、同時に宰相の地位に就いて国のために尽力してくださっているわ」


 ティアナの説明したことは既にレインから聞いていたが、話を合わせるため知らない風を装って驚いて見せた。


「そうなんですか! それはさぞ光栄なことでしょう!」


 普段はこんなことをしないため、自分の反応が嘘っぽくないか、周囲の目が気になった。視線を僅かに動かしうかがってみたが、ティアナやレインは愛想よく笑っているだけだった。


 それどころかオルティス本人は満足気な様子だった。


「そんな風に言って貰えるとは嬉しい限りだ。どうぞよろしく頼むよ」


 差し出されたまめのできた手をグランは軽く握った。


「さて、では本題に移ろうか」


 シルヴァスは王としての威厳を纏わず、まるで旧友に語りかけるように優しくグランの目を見た。


 ティアナが身分に拘らず万人に優しいのは、父親譲りなのかもしれない。いや、母ティーゼの温かみも彼女は引き継いでいるだろう。グランは三人を、誰もが羨む家族だと思った。


「グランよ、其方の大会優勝を祝したパーティを開きたいと思っている」


「私のためのパーティ……ですか?」


 グランにとっては思いがけない展開だったのか、戸惑いから王家の人間を順番に何度も見てしまう。このタイミングでの妥当な提案と言えば、王国騎士団への入団を懇願されることだと考えていた。


「そうだ。例年、大会優勝者を始めに様々な者を呼んで行う。もちろん無理にとは言わないが、パーティの主役が欠けては……華がないとは思わないか?」


「それはまた随分と強制的な勧誘文句ですね」


「はっはっは! 気分を害したのならば許してほしい。私にはこの程度の言葉しか思い浮かばないのだ」


 シルヴァスは破顔し、大らかな声を響かせた。


「グラン、ごめんなさい。決して他意はないのよ」


「分かっていますよ。パーティには謹んで参加させていただきます」


「おお、そうか! では日取りを決めよう」


 その後はグランの意見を主に汲み、玉座の間に集まっていた者たちで予定を擦り合わせた。






 そして何事もなくパーティ当日はやって来た。


 グランは衣装室で、男性執事に服を見立ててもらっているところだ。


「グラン様、如何でしょうか?」


「そうですね……。もう一回り大きいサイズを用意してもらえますか?」


「かしこまりました」


 パーティは貴族が大勢集まり、しかも立食形式の場だ。その中で鎧姿でいるわけにはいかない。白いワイシャツに白のタキシードにパンツと、中々にモノトーンなコーデだが、唯一灰銀色の煌くネクタイがアクセントだ。


「こちらで如何でしょうか?」


 執事はハンガーに掛かっていた注文通りのタキシードを持って来て、袖を通させる。


 グランは少し大げさに体を動かしてみるが、


「うん、バッチリです」


「では参りましょう。間もなく始まります」


 執事に案内され、同じ王城内の祝宴場へと入る。入場の合図に合わせて拍手で迎えられるということがなくて良かったとグランは安堵する。


 会場内には既に会話に花を咲かせる貴族が、グランの予想の数倍はいた。祝宴場の規模も流石は中世的ファンタジー世界と言ったところか。


「グラン、良く似合っているわ」


 ティアナは会場の隅にいたが、見つけるのには苦労しなかった。ティアラを被っているのはこの会場内では彼女だけだからだ。


「王女殿下もそのドレス、いつもより気合いが入っていますね」


「気付いた……じゃなくて気付いてくれましたか?」


「もちろんです」


 ティアナは言葉に詰まったように見えたが、グランは気にせずにいた。


 今日のティアナのドレスは真珠で飾られている。そして首には同じ物を使ったパールネックレスを掛けて、品位が一層高まっていた。


「レインさんたちは?」


「二人はまだ見かけていないけど、時間までには来るでしょう」


 しばらくはグランとティアナで歓談に耽る。その途中、名前も顔も知らない高貴な人々から挨拶をされることがあった。緊張するグランを前に、ティアナが快活に話を取り持ったお陰で、彼としては何とか乗り切ることができた。しかし途中からはグランは口達者になり、相手の貴族たちと会話に花を咲かせていた。世間話を始めに、趣味の話、旅の話などで。


「さて、そろそろ開宴の時間ね」


 ティアナが目を向けた通用口の一つから、ぞろぞろと料理人たちがワゴンを押す。


「料理は確か、オルティスさんが料理長と考案した物が並ぶんですよね?」


「ええ。あの見た目でまさか美食家だとは……。彼も毎年パーティには参加していたけど、そんなこと聞いたこともなかったわ」


「良いではありませんか。オルティスさんの才でまた一つ王国が活気付くならば」


「そうね」


 ティアナは運ばれている料理を不安気に遠目で見るが、あながちハッタリではなさそうだ。


 人の顔の何倍もある巨大骨付き肉から香ばしさが漂い、深皿に盛られたパエリアからは大ぶりの海老や烏賊の身が顔を覗かせている。


 貴族たちは、今年は料理の趣向が違うとか、料理長が変わったのかとか、肯定的な意味で興味津々だった。それはそれで現料理長が可哀想に思えてくるが。


「王女殿下、飲み物を取って来ましょう。何になさいますか?」


「うーん……酒! ……ではなくて、適当にジュースでいいわ」


 酒と言った時の表情が生き生きとしていたのは気のせいか、グランは目を数秒見つめたが、ティアナは恥ずかしそうに目を逸らした。


「了解しました。待っていて下さい」


 グランは同じボトルからグラス二杯分を注ぎ、料理付近にできている人集りを避けて戻った。


「どうぞ」


「ありがとう、グラン」


 ティアナがグラスを受け取った時、祝宴場の中央でシルヴァス王が咳払いした。


 闘技場の実況席でも見た、マイクそっくりの魔道具を通じて彼の声が響く。


「皆の者、今年も集まってくれて嬉しく思うよ。さて、今宵の主役は剣術大会で見事頂点に立ったグラン殿だ」


 拍手が起こり、その音は次第に大きくなる。


 ちょうどその時、祝宴場の入り口に優美な二人組が現れた。レインとエルケルだ。


 彼らが気になるも、グランは優しく肩を叩かれた。


「グラン、行ってらっしゃい」


「はい」


 グランはシルヴァス王の隣に立った。


「皆様、ただ今紹介に預かりましたグランです。本日は私のためにこの会を開いていただき、そしてお集まりいただきありがとうございます」


 一斉に集まる視線に、グランは心拍が速くなる。


 深呼吸する吐息がマイクに吹きかかった。


「私はつまらない旅人の身ではありますが、剣術大会に参加して良かったです。今日はこのパーティを通して、より多くの思い出を作ることができればと思っています。皆様、今日は楽しんで行って下さい」


 ありきたりな挨拶だと心の中で笑いながらも、周囲から拍手が鳴る。


「それでは……大変恐縮ではありますが、皆様グラスをお持ち下さい」


 そして大方がワイングラスを持ったのを確認して、


「乾杯!」


 甲高い音が祝宴場に響いた。


 グランは降壇して元の場所へと戻った。


「お疲れ様。さあ、私たちも改めて……」


「ええ、乾杯」


 グランとティアナはひっそりと乾杯し直した。


 その後は料理を食べ回ったり、ダンスをしたりと、適度なペースでパーティを楽しんだ。


 あっという間に閉宴の時間は来てしまった。


 再びグランが壇上で挨拶を述べ、貴族たちが次々と帰って行く。


 彼らがいなくなってから気付いた。こんなにも広い会場は隙間風が肌に刺すほど寒々しい場所なのだと。グランは今日集まった全ての人に、心の中で改めて感謝した。


「グラン、お疲れ様でした」


「私は与えられた役を全うしただけです。あとは彼らが上手くやってくれることをただ信じるだけです」


「そうね……」


 祝宴場にはもうエルケルもレインもいなかった。パーティでは一言も言葉を介しなかった二組だが、今は彼らの行方が気になるばかりであった。

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