Tale a8 密会(3)
ティアナは書庫に鍵を掛け、テーブルや椅子の周囲を片付け、然るべき準備をした。
「さて、行きましょうか」
扉を開け、侍女とオルティスのもとへと出向く。
スラッとした体格に、毛先が丸まった黒髪。顔の皺が数箇所目立つが、それほど年は取っていないだろう。モノクルを掛けた学者風の佇まいのこの男こそがオルティスと呼ばれる男だ。
「オルティス、ごきげんよう」
ティアナはドレスを持ち上げて挨拶する。
「突然押し掛けてしまい、申し訳ありません、王女殿下」
「構わないわ。それで、急ぎで相談したいことと言うのは?」
「現在検討している徴税についてでございます」
「そう言ったことはあなたに一任しているはずです。私の出る所ではありません」
ティアナは帰るようにとオルティスにそれとなく伝えるが、彼はむしろ歩みを進める。ティアナの私室に向かって。
「オルティス?」
「王女殿下、皆様の意見を参考にするのも、私が執政する上で重要なことです。幾つか案を用意して参りましたので、ゆっくりお話ししましょう」
「わ、分かったわ。今開けるから待って頂戴」
「……ところで、今は何をなさっていたのですか?」
「二人で紅茶を飲んでいたのよ。最高級のものがノーチェルから入ったのでね」
「ほぉ……お嬢様とですか」
オルティスは羨ましそうな声を上げた。
「レインには剣術大会の疲れを取るため、非番を許しているわ。エルケルと飲んでいたのだけれど、ついさっき帰ったばかりよ」
「そうでしたか」
ティアナはごく自然にオルティスを部屋に入れた。グランたちがいた痕跡は消してある。椅子は整然と並んでおり、机には飲みかけの温い紅茶が置いてあった。
オルティスは目線が安定していなかった。ティアナの私室に何かあるのか、落ち着かない様子だ。
最後には鍵の掛かった専用書庫を見つめていたが、
「では、あなたの案を聞かせて」
「かしこまりました」
席に座るよう言われ、オルティスは数枚の紙を机に広げた。
一方、ティアナの隠し通路を進んでいたグランたち。隠し通路はいわゆるダクトであるが、王城というスケールの大きさもあってか、幅にはかなり余裕があった。
しかし鎧姿のグランとエルケルにとってはギリギリだったようだ。時々金属の擦れる音を発したり、鎧の突起したパーツが引っ掛かったり、さらにグランは聖盾まで持っていたため移動は困難だった。
「オルティスとは一体誰なのでしょうか?」
グランは前方に声を飛ばして尋ねる。すると、レインが前進したまま答えた。
「オルティスは私の家の使用人だ。三年前、路頭に迷っているのを見つけた父が雇ったのだ」
「そんな素性も分からない人を?」
「父はお人好しでな。それに、ちょうどその時は人手が欲しい時だったのだ。そんな理由で、家の者は誰も反対しなかったさ」
「それで、レインさんの家の使用人が王女殿下に何の用があったのでしょうか?」
「オルティスには政治の才があったのだ。それから彼は宰相の地位を与えられ、今は国の発展に貢献している」
「宰相ですか……。それはまた稀な昇進ですね」
「本人が一番驚いていたな。まあだから、用事と言えばそれ絡みだろう。もっとも、なぜこのタイミングかは分からないが……」
「と言うと?」
レインの視界は煙で擦れ始める。
そして自分が早く進み過ぎていることに気付き、後続のエルケルが見えるまで待つことにし、話を続ける。
「姫様の部屋と周囲の立ち入り禁止の話は、家の者にも伝わっているはず。それを無視するほどに火急の用事なのかと思ってな」
「なるほど。よく分かりました」
グランたちはレインに追いついた。それから約一分ダクトを這い続けると、油の弾ける音が耳に入った。
レインがダクトに取り付けられた格子を押し外した。何かが破損したのかと、厨房内のシェフたちは目を丸くして、各々の握る調理器具を手放した。
「いやー、煙臭くて敵わんな!」
突然ダクトから成人女性の頭が現れれば、驚かない者はいないだろう。厨房の人間は全員、レインを凝視していた。
「レイン様、なぜそのような場所から!」
大声を放ったのは、厨房を取り仕切っていそうな一際長い帽子を被った男だ。
「レイン殿、早く降りてください」
煙たくて我慢できないのか、エルケルがレインの靴底を強く叩く。
「分かってるから押すな。……よいしょ」
三人は順々にダクトから抜け出した。
「すまないがタオルをくれ」
「は、はい」
ろくに掃除されていない場所を通ったのだ。レインだけでなく、グランたちの髪は煤などで汚れていた。
料理長からタオルを受け取り、髪や鎧などを拭く。
「私たちがここに来たのは内密に頼む。では……」
レインを先頭に、王城を後にした。それから貴族街の一角でグランは二人と別れた。
レインは王女の命で、自分の家にすら帰れないらしい。エルケルを必ずそばに置くようにと言うことらしいので、今晩はエルケル宅に下宿する。
独り身の男の家なんかに行くものかとレインは軽く嘲笑っていたが、姫様の命令ならばと大人しくエルケルについて行った。
対してグランは、もはや実家の様に慣れ親しんでしまった宿に帰る。そこで借り受けた本を読みながら次の動きを待つ方針で腰を据えた。
翌朝、目を覚ましたグランはテーブルの上の一冊の本を手に取った。題目はなく、褐色の粗末な見た目だ。
グランに与えられた使命は、召喚士について理解を深めること。それが次にティアナたちに会う時に話を円滑に進めるために必要なことであり、同時に自分の今後の道を示すのだと、彼は心して表紙を捲った。
召喚士とは、異界より生命を呼び寄せる力を持つ者のこと。そして人とモンスターとの共生、より広義に言えば全ての種族の共生が存在理念である。最初のページにはそう書いてあったが、それはグランも知っているので新鮮味はない情報だ。
その才は決して後天的には与えられない。召喚士の血筋を引いていなければいけないわけだが、これも先日の会話でなんとなく察することはできた。
しかし次のページを捲った時から、グランはそこにある記述にのめり込んでいった。
召喚士はストラティアの根幹となる事象に干渉することができるらしい。この世界には“属性元素”と称される物があるが、これは炎、水、風、土、光、闇に分類される。魔術師協会が魔術を分類する際に用いる基準も、この属性元素に則っている。
そして、その属性元素のエネルギー源を成すものを“脈”と呼ぶ。
グランはここまで読み、一つの予想が浮かんだ。そして次の項で、それが仄めかされる。
すなわち、ストラティアにはそれぞれの脈を操れる召喚士がいるらしいということだ。
グランは、レインが試合中に自分のことを消息不明になっていた同族だと勘違いし、思う感情をそのままにぶつけていたのではないかと予想した。
それ以上の具体的存在については一切の記述がなかったが、グランにとってはこれだけでも大収穫だった。
気の遠くなる話だが、召喚士を巡れば自らを召喚した主が明らかになり、元の世界に帰還する方法を見出せると考えたからからだ。
ちなみに、レインはグランを元の世界に帰すことはできない。彼を召喚した張本人が彼女でないからだ。グランの告白を聞いた時、そのようなことを言われた。
召喚士と呼ばれる存在がどのようにして誕生したか、その起源のことも気になったが、書いていないのだから確かめようがない。少しむず痒い思いをしながらも、グランは本を最後まで読んだ。
「ふぅ……。こんなものか」
結局、それ以上の情報は出て来なかった。
実は、破れて抜け落ちたページが散見された。長い歴史の中でこの本を引き継ぐ過程で、そうなってしまったのだろう。
不意に切なくなったグランは、その思いと感謝を以って本を閉じた。
それから数日後、一人の人物がグランの宿を訪れた。その者は従業員に話を通したのか、なんと客室まで足を運んだ。
ノックが部屋に鳴り渡った時、グランの気は引き締まった。そして扉を開けると、鉄色の鎧姿の者が立っていた。なぜか兜で顔を隠していたが。
それでもグランには、彼が誰であるか容易に分かった。
「エルケル殿!」
「……」
「エルケル殿?」
鎧姿の者に疑心感を抱くグラン。
不安を的中させるように、その人物は客室に押し入り、扉を閉め、鍵を掛けてしまった。
グランは危機感を覚えたが、後退りするしかない。立て掛けてあった聖剣を瞬時に構えた。
「……ンー」
ところが、兜の中から聞こえるのは悶えるような声。
「え?」
グランは様子がおかしいと思い、鎧姿の人物に近寄る。そして脱ごうとして脱げない兜を外してあげると、
「お、王女殿下! なぜここに……というか、なぜその姿で?」
汗まみれのティアナが眉間に皺を寄せて立っていた。
ティアナは鎧も脱ぎ捨て、風が欲しいのか手で一生懸命に仰いだ。
「これも……さくせケホッケホッ!」
ティアナの息は荒かった。
「まずは汗を拭くか、流すかしたらどうですか?」
「そうさせて……貰うわ」
数分の間、グランはシャワーの音が聞こえる室内で、ティアナが着ていた鎧を磨いていた。
「お待たせしたわね」
「王女殿下、ではなぜこのような状況になっているのか、説明をお願いします」
「ええ。座ってゆっくり話しましょう」
二人はソファーに対面して座った。
「まずは先日、エルケルにあなたを迎えに行かせると言った件について。あれは全くの嘘よ」
「嘘?」
「ええ。もしあの場で誰かが乱入したらということを想定して、第二の話し合いの場を設けるよう画策したのは事実よ。もっとも、あの二人は知らないけどね」
「エルケル殿とレインさんは知らないんですか?」
「そうよ。あの二人をこれ以上動かすわけにはいかないわ。護身に努めてもらわないと」
「では、今日は二人だけの話し合いなのですね」
納得したグランを、ティアナは笑って否定した。
「いいえ。今日は作戦会議に来たのよ」
「作戦? 一体どのような?」
「それはね……」




