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Tale a8 密会(2)

「レインさんに、エルケル殿! どうしてここに……」


 エルケルはいつもの鎧姿、レインはラフな私服姿だった。


「それはこれからお話しします」


 狼狽えるグランに、ティアナは席に着くように示す。


 グランがエルケルの隣に座ると、


「グラン殿、優勝おめでとうございます。決勝戦、応援に行けず申し訳ありませんでした」


 小さい声で謝られた。


「いえ、無事なことが分かっただけでも良かったです」


 そしてグランは正面の王女に注目する。


「さて、みんな集まりましたね。お父様に便宜を図ってもらい、今この部屋と周囲には私たちの他に誰もいない状態になっているはずです」


 言われてみれば、部屋の外が静まり返っていることにグランは気付く。一体、どれだけ重大な話がされるのか、固唾を呑んだ。


 ティアナは一呼吸おいて、他三人の顔色をうかがってから口を重く開いた。


「全てはレインの失態から始まったことです」


「レインさんの失態? それは先ほどの……」


 ティアナはグランの言葉を遮り、首を横に振った。


「いいえ。それとはまた別の話なのです。関係していると言えば関係しているのですが……」


 曖昧な言い方に、グランはレインやエルケルの顔を見てみる。二人は押し黙っていて、現実を受け止めているように見えた。この場で事情を知らないのはグランだけのようだ。


「順番に話しましょう。ここにいるレインは召喚士の血筋を引いています」


「召喚士!?」


 グランは声を荒らげて席を立ってしまった。その様子に、ティアナたちは目を丸くした。


「グラン、なにか知っているようですね」


 ティアナは睨みを利かせるが、グランはむしろ召喚士について知りたいのだ。しかしこの場でシラを切るのは無理があるだろうと思い、グランは自分の身に何が起こったのかを一から話した。話の脱線を避けるため、ゲームの世界のことは異世界と称して。


「つまり、あなたはこことは異なる世界から迷い込んだ……ということですか?」


「はい」


 グランは真っ直ぐな目でティアナを見つめるが、流石に彼女は半信半疑だった。


「どう思いますか、レイン」


「グラン、貴殿を襲ったという渦のことだが、それは唐突に現れ、一切の抵抗を許さなかった。……そうだな?」


「間違いありません」


「ならば、それは召喚の儀によって生じた可能性はある。貴殿が一切抗えなかったのは、そこに運命が働いていたからだと思う」


「なるほどね」


 ティアナの表情はさして変わらない。


 しかし、エルケルが強めに釘を刺した。


「王女殿下、今はグラン殿の言葉を信じるべきです。今の私たちにはその発言の真偽を確かめる猶予はありません。それにグラン殿が嘘をついていたとして、それは一体どのような目的があるとお思いですか?」


「……ごめんなさい。グランが彼の者なのではないかと一瞬焦ってしまったけれど、よく考えたらその可能性はなかったわ。あなたの言葉を全面的に信じましょう」


「ありがとうございます」


 グランは再び立ち上がり、テーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げた。


「グラン、座って」


「あ、はい」


 ストラティアに迷い込んで以来、初めて本当の意味での仲間ができたような気がして、グランは舞い上がっていた。


「するとグラン殿が図書館を訪れていたのは、召喚士についての情報を探るためだったのでしょうか?」


「召喚士のことは歴史書を読んで初めて知りました。異なる世界から生命体を呼び寄せる行為が可能と書いてあったので、もしかしたらと思って。それと、『王室記録』という書物にも少しですが記述がありました」


 ティアナは心当たりがあるようで、すぐに頷いた。


「あの大衆向けに編纂された記録ね。それを読んでグランはどう思った?」


「召喚士と王族に関係性がある事は読み取れましたが、それ以上のことは何も」


「そうでしょうね。実際、私たち王族はエターニアという召喚士の血を引く家系とは、最も親しいと言って間違いないわ。それも遠い昔からの付き合いよ」


「姫様……」


 顔を合わせたティアナとレインは互いに嬉しそうだった。


「でも、それが仇になるとは……。心のどこかで予想はしていたけれど、まさか本当のことになるなんて……」


 ティアナは急に思いつめた雰囲気になり、頭を抱える。それを見たグランは、


「私のことはひとまず置いておきましょう。その仇というのは?」


「『王室記録』に召喚士のことを載せてしまったばかりに、その存在を狙う者が現れたということよ」


「つまり、狙われている人物とはレインさんのことですか」


「ええ」


 ティアナは恐る恐る頷く。


「ちなみにレインさんが召喚士であることはどうやって分かるものなのでしょうか? 私の目で見れば、レインさんはただの騎士としか外見だけでは言えません」


 その疑問に口を開いたのはレイン本人だ。剣術大会で伸び伸びと剣を振った姿からは程遠い、後悔した様子だ。


「その通りだ。むしろ、ただの騎士であるように見せかけるため、私たち一族が王家に仕える教育係になったと言えば良いだろうか」


 それならば一体レインの何が、彼女を召喚士であると証明してしまったのか、グランは考えた。


 その結果、剣術大会中に彼女の様子が豹変してしまった瞬間が一度だけあったことが気になった。


「レインさん、私が【神力顕現(セイントオーラ)】を使った時、少し態度が変わりましたよね?」


「【神力顕現(セイントオーラ)】……というのは?」


「この光のことです」


 グランはその力を発動させ、自身に眩い光を纏って見せた。するとレインは目を見開いて頷いた。


「ああ、その光か。確かにその通りだ。私は貴殿のその姿を見て、あなたが同族であると勘違いしてしまったのだ」


「私のことを召喚士と?」


「あの時は本当にそうだと妄信していた。姫様が止めに入っていなければ、私は貴殿を……どうしていただろうか」


 目線を下に、レインは当時の試合のことを再反省する。そんな彼女を、エルケルは鼻で笑った。


「レイン殿がどれだけ立ち向かおうが、グラン殿に害はなかったと言い切れましょう。実際レイン殿は、自分で張っていた罠に引っ掛けられたのですから」


「はっ……返す言葉もないな」


 いつものレインなら反論の一つでも清々しく返しそうではあるが、今は本当に余裕がないらしい。


「ちなみにこの光は、ただ単に自分の光属性の力を強めるだけのものに過ぎません」


「……そうだったのか」


「それで私の光を見て錯覚したということは、レインさんの召喚士たる力というのは……」


 レインは小さく頷く。


「私が試合中に祈りを捧げていた時があっただろう? あれは地脈の加護を得る儀式で、エターニアの血を引く者にしか使えないのだ」


「……そんな力を試合中に?」


 グランは当時の試合中、神々しさが感じられる力をレインが纏っているとは思ったが、唯一無二のものだとは思いもしなかった。


 同時に、その力を数多の人々の前で見せ開かすのは軽薄なのではと思ったが、その思考がティアナにトレースでもされているのか、


「グラン、気持ちは分かります。私も同感です」


 と言われた。


「確かに、レインは勝負すると決めたらとことん勝負しますからね。相手に敬意を払って相応の力を出すのは良いことだと思います。私はレインのそんな所が好きです」


「姫様……」


「ですが、あなたは血を途絶えさせてはいけないのです。地脈の加護を後世に残していかなければいけないのです。あの場でその力を解放したのは失態でしたね」


「申し訳ありません……」


 レインが今回の件絡みで怒られるのは、今が初めてではない。


 準決勝戦の後、ティアナはレインの身柄を確保し、王城の一室に軟禁した。その時にはもっと怖い剣幕で絞られた。


 ちなみにエルケルが準決勝戦後から姿を消していたのは、ティアナにレインの護衛を頼まれたからだ。召喚士は秘匿されるべき存在であり、事情を知る者は限りなく少ない。だからエルケルに任せるしかなかったとも言えようが。


「一つ聞いても良いですか?」


「何かしら、グラン」


「レインさんが召喚士だから狙われるというのは、レインさんが稀有な存在だからですよね?」


「ええ」


「その地脈の加護という言葉が私の琴線に響くのですが、それは一体どのようなものなのでしょうか?」


「私もね、召喚士についてその全容を把握してはいないの。ここにいるレインも」


 グランは驚き戸惑う。


「召喚士であるレインさん本人も?」


「情報が少なすぎるのよ。エターニア家の蔵書を調べ尽くしても、真新しい情報は出て来なかった」


 一族以外の者に悟られないようにするため、わざと記録を消したのか。あるいはそんな工作なしにエターニア家の持つ情報が本当に少ないのか。それは分からないが、召喚士の家系が召喚士について知る所が少ないのは不自然だと、グランは思った。


「でも、地脈の加護については流石に知っているわ。レイン、説明をお願いできる?」


「心得ました。まず、地脈というものについてだが……」


 話は核心へ、レインが説明を開始した時、部屋に静かなノックが響いた。


「誰かしら……」


 レインは黙り、ティアナが音のした方を睨む。


 ティアナは三人に黙るように、鼻に人差し指を当てて示す。彼らが頷いたのを確認して、足音を立てないように入口へ歩いて行く。


 中にグランたちがいるのが分からないよう、扉をほんの少しだけ開けて外の廊下をチラ見すると、追い払ったはずの侍女が一人、困った顔で立っていた。


「どうしたの? しばらく離れるようにと言ったはずだけど」


「も、申し訳ありません。オルティス様が急ぎの用と仰るので……」


「オルティスが? 帰ってもらうわけには……」


 ティアナが侍女の顔をうかがうと、眉根を寄せて首を横に振られた。


「いかないわよね。……分かったわ」


 ティアナは深呼吸して焦りを搔き消す。


「少し準備するから、待つように伝えて。それと私が迎えに行くから、オルティスを近づけさせないで」


「了解しました」


 侍女がオルティスと呼ばれる者のもとへ向かうのを隙間から見送ったティアナは扉を閉める。そして足早に三人のもとに戻った。


「ごめんなさい。急に来客が来ることになったわ」


「来客?」


 本当に急な話だなと、グランは先ほど押しかけて来た者のことが気になった。


「オルティスっていう男なんだけど……」


 その名前を聞いて、エルケルはため息を吐く。


「オルティス殿か……」


 一方でレインは、


「なぜ彼が……」


 オルティスが今、王城内にいることに疑問を抱いていた。


 二人の様子を見れば、オルティスが訳ありの人物であることはグランにも容易に想像がついた。しかし彼について聞くことは敵わなかった。なぜなら、


「本当にごめんなさい。今は説明している時間はないの」


 そう言ったティアナが別室に続く小さな扉を開き、


「こっちに来て」


 と三人を手招きしたからだ。


 その先の部屋は小さな書庫だった。なんでも王女専用の書庫だとか。


 その一角の本棚から、一センチメートルあるかないかの厚さの古びた冊子を手に取ると、それをグランに手渡した。


「本当はゆっくりお話しする予定だったけど、仕方ないわ。それは私が持つ、召喚士に関する事柄が載っている唯一の本。それを読めば、あなたの疑問が少しは解消されるはずよ」


「ありがとうございます。それで、私たちはこれからどうすれば良いのでしょうか? 皆さんの様子から察するに、オルティスなる人物との接触は避けたいようですが……」


「こんなこともあろうかと、緊急の脱出路を用意しておいたわ」


 ティアナは何の変哲もない正方形のタイルが敷き詰められた床から、その一枚を取り外した。すると、梯子が垂直に続いているのが見えた。


「これは、姫様が子供の時につまみ食いをするために勝手に作った秘密の道だ」


 ティアナを幼少の頃から知るレインが、感心ならない様子で言い捨てた。


「レイン! 今はそのことはどうでもいいでしょ!」


「そうですね。ここを通るしか、オルティスの目を掻い潜る方法はないでしょうし」


 レインは我先にと、その脱出路の梯子に手を掛けた。次に、エルケル、グランと男二人が続いた。


 そしてグランが梯子を数段下りた時、


「今日の話の続きはまた近いうちにするわ。オルティスの警戒の目がなくなってからになるけど……準備ができたらエルケルに迎えに行かせるわ」


「はい。お待ちしています。王女殿下、上手くやり過ごしてください」


「もちろんよ」


 ティアナは得意気に笑った。そしてグランが梯子を下り切ったのを反響音で判断して、タイルを被せた。

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