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Tale a8 密会(1)

 王都ミューゼンベルクには、商業区や医療区と言った機能的な区分以外にも、絶対的な区分が存在している。


 一つは平民街。いわゆる下町と呼ばれるものだ。王都に住む大多数の人々の生活基盤を築く上で欠かせない施設が多くある。平民街という名前ではあるが、もちろん華やかな雰囲気の施設も少なくはない。


 そしてもう一つが貴族街。名前の通り、そこに住むことが許されるのは貴族だけ。彼ら専用のような格式高い店も存在しており、平民街に住む人々からしてみれば縁もゆかりもない場所になるが、足を踏み入れてみたいと夢見る者はいるだろう。


 貴族街を観光の名目で訪れることはできない。だからそこに行けるのは、非常に限られた者だけになる。


 そして貴族街の最奥に位置するのがアルスエリア王国の王城だ。先の理由からして王城に平民が、ましてや旅人が足を踏み入れることは普通あり得ない。


 自称旅人のグランは、その貴族街の正門と呼ばれる場所を目指し歩いていた。


 王女ティアナとの約束の時間は二回目の鐘が鳴る時。王都の時計塔は一日三回鐘を鳴らす。朝の六時を最初として、それから六時間おきに鐘が鳴るのだ。


 つまり約束の時間は正午。なぜ正午と言わずに遠回りな言い回しをしたのかは分からなかったが、王都に来たばかりのグランでもすぐに分かったことだ。暗号としての安全性は脆弱で、特別深い意味はないのだろうと考えるのはやめておいた。


 そして平民街と貴族街を隔てる勇ましい紋章の描かれた正門が現れる。その端で通行の邪魔にならないように白い日傘を差す、ドレス姿の銀長髪の女性が立っていた。


 彼女はグランの顔を捉えると、わざわざ日傘を閉じて深々とお辞儀した。


「グラン選手……いえ、もう大会は終わったのですからその呼び方では失礼ですね。グラン様、ごきげんよう」


「王女殿下、呼び捨てで結構です。なぜ私をここに呼んだのでしょうか?」


「では、グランと呼ばせていただくわね。あなたを呼んだ理由については、歩きながら話しましょう」


 そう言うと、ティアナは日傘を再び差して歩き始めた。もちろん貴族街の方に向かって。


 門兵が数人いる横をグランは通り抜けた。そうして初めて気付いたが、ティアナは護衛を連れていなかった。グランを助けに北の洞窟まで抜け出して来た時はともかく、傍仕えの一人でも付けておいた方が安全であり、権威を示せるのではないか。


「早速なんですが王女殿下、なぜ一人で来られたのですか?」


 当然のように呈した疑問に、ティアナは笑って答える。


「グランは目の付け所が良いですね。それも私があなたを呼んだ理由と大いに関係があります。ではどこから話しましょうか……」


 ティアナは人目を気にしているのか、日傘の内側から視線を一周させる。


「まずはあなたに謝らなければならないことがあります」


 グランは僅かに首を傾げる。


「私に仕える騎士レインがあなたに行った非礼のことです」


「レインさんの非礼?」


 グランには思い当たる節がなかった。レインと主に接したのは飲食店と大闘技場でだが、不快な思いをした覚えはやはりない。


「準決勝の時、負けを認めず、執拗にあなたに突っかかったことです」


「ああ、そのことですか。別に気にしていませんよ。私はがむしゃらに向かってきたレインさんの相手をしたまでです」


「そうですか……」


 ティアナはどこかほっとした様子だった。


「それで、私が護衛を連れていない理由でしたね。今、王城内で少し問題が発生していまして、その……狙われている人物がいるのです」


「狙われている?」


「はい。今はその人物の護衛に人員を割いているのです」


「なるほど。やはり王女殿下は心優しい方だ」


 自らのことよりも、今危険に晒されている者のことを思いやるのは、グランには流石としか言えなかった。


「まあ私はいざとなれば、コレ(・・)がありますからね」


 そう言って、ティアナは腰に携行する細身の剣をトントンと叩いた。


「そうでした。王女殿下はお強いんだった」


「グランには負けるかもしれませんね」


「またまたご冗談を。王女殿下の力があれば、私を思いのままに操ることができるのではないですか?」


 グランは、ティアナの感情操作能力のことを仄めかして聞いてみた。


「あの力を過信するのは禁物です。あれはグランのように意志の強い方には通用しないのですよ。つまり、相手の心理状態の付け入れる場所に強制的に干渉しているに過ぎません」


「完璧な力は存在しないと言うことですね」


「まさにその通りです。さて、話を戻しましょう。これよりお話しすることは少し込み入った事情があって……。場所を選んでお話ししたいと思います」


 彼女の緩みかけていた表情が一瞬で引き締まった。一刻を争うことなのだろうと、グランは感じ取った。


「分かりました」


「ありがとうございます。では、私について来てください」


 そう言われた時、グランは進行方向から威圧感を感じた。荘厳で国の権威を示すのには申し分ない迫力の王城だ。


「王城……。私なんかが入ってもよろしいのでしょうか?」


 ティアナは振り返ると少し悪戯に笑う。


「もちろんです。あなたを城に招く理由なら、幾らでもあるわ。例えば、『大会の優勝者と改めてお会いしたい』と私が言えば、あなたはここに来ざるを得ないでしょう?」


「国家権力と言うものはどの場所でも横暴ですね」


「うふふ。随分と過剰な表現ね。……さあ、行きましょう」


 城内には騎士団の人間や来訪している貴族、さらにその使用人など、多様な姿が見えた。


 出会う者全員はグランに嫌悪感を示さなかった。それは彼が大会の優勝者であることを知っているからか、それともエルケルがグランのことを貴族と間違えてしまった、立派な装備品のせいか。


 踏み心地の良い赤い絨毯の敷かれた階段をしばらく上り、一本の廊下を歩き続ける。


 一つ一つが大きな窓から外を覗けば、貴族街や平民街の街並みが小さく映った。この王城内で人生を送る者はさぞ見ているものが違うのだろうと、グランは抱いていた偏見が確信に近づいた気がした。


 ただ一人、眼前の王女を除いて。


「さて、着きました」


 ティアナは一つの大扉の前に立った。その脇にメイド服を着た侍女が二人、彼女に、お帰りなさいませと頭を下げていた。


 ティアナは二人に、しばらく休憩してくださいと告げ持ち場を離れさせる。そして、周囲にグラン以外の者がいなくなったのを確認して扉に手を掛けた。


「どうぞ入ってください」


「この部屋はもしかして……」


 ホワイトとピンクで統一されたキュートな内装。半開きのクローゼットには、王女の着用しているドレスと似た物が数点収納されているのが見えた。


「恥ずかしいですが、私の部屋です」


 ティアナは頬を少しだけ赤くして答えた。


「し、失礼します」


 緊張から言葉も仕草も辿々しくなるグラン。だが数歩入ったところで気付いた。


 正面にある、四、五人程度でティータイムを嗜めることのできる円形テーブル。その席の二つが占められていることに。

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